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オレンジ色の空とキミの影  作者: ひろゆき
23/27

 参 ーー 二人の存在 ーー (4)

 「大丈夫」「がんばれ」と、落ち込んでいるときにどんな言葉をかけられれば、気持ちは晴れるんだろう。それでも、時として、傷つく言葉になるかもしれない。何も言ってくれなくても、普段通りに接してくれる方が、ありがたいことになることもあるかもしれない。

               4



 現実離れした告白に、学は視線を泳がせるしかない。うなだれそうな体をゆっくりと起き上がらせるが、口は開かない。

 若林の横顔を伺うと、胸が一気に詰まる。若林は告白のあと、目を真っ赤に腫らしているのに、必死に平静を保って笑っていた。

 痛々しく目を細める姿は無理をしているのは明白であった。

「ほんと、笑えるよね。私が私じゃなくなっちゃうんだから」

 頬を引きつらせながら、弱々しくもらす若林は、そのまま崩れるように学の胸に顔をうずめてきた。

 突然のできごとに戸惑い、オドオドとする学だが、若林の肩が小刻みに震えているのが密着する体に伝わってくる。

「……若林」

 ガラスみたいに繊細で怖かった。すぐにでも崩れてしまいそうで。

 緊張で宙を彷徨っていた腕が自然と若林の背中に回り、弱々しくも彼女を抱きしめた。

 嘘じゃないと、信じなければいけないの? ーー

 若林の言葉に嘘はない。学にもそれは伝わってきた。それでも、これまでの話は真実なんだ、と受け入れるには心が揺らいでしまう。

 残る疑念は由紀の行方。

 彼女は本当に存在している。これは、混乱するなかで嬉しい真実であった。

「……ゴメン。もう大丈夫だから」

 気持ちが落ち着いたのか、若林は学から体を離し、目をこすりながら照れ臭そうにはにかんだ。声の割にはまだ目が充血している。

「本当に大丈夫?」

 若林は目尻をこすりながら頷き、その場に腰を下ろし、鉄柵に凭れ、学は鉄柵に肘を突いた。

「私がこんな体になったのは、新薬の副作用だっの。体内で溶け込んだ薬は、私のすべての細胞を急激に促進、成長させたの。そのせいで、まだ六歳だった私は、見た目では高校生、年にして十六、七ぐらいの容姿になったの」

「そんなことって。大体、普通、いきなり人間でそんなことするの? テレビとかじゃ、たいがい、動物実験、ほら、ネズミとか」

「それをするのがあの会社なの。表向きは評判のいい薬品会社だけど、裏では利益と実績だけを優先するね」

 背中にある会社のビルを肩越しに親指を突き出して指す若林は、皮肉めいた声になっていた。

「それにちょっと待って。変じゃないか。話を聞いていると、由紀だって薬を呑んだんだろ」

 由紀には異常などなかった。彼女は普通の女の子だった。

 この疑問はとても重要であると思え聞くと、若林は黙って頷く。

「私も体が変わってからそう思った。「なんで、私だけ? お姉ちゃんはどうして大丈夫なの」って。だから、しばらくはお姉ちゃんに会うこともなかった。会えば、お姉ちゃんを責めてしまいそうで怖くて。

 けど、一週間ほどしてお姉ちゃんに会った。大人たちは私を実験台としてしか扱わないのに、お姉ちゃんだけは違った。普段と何も変わらないように接してくれたの。

 でも、私は違った。変わっていなかったお姉ちゃんをやっぱり責めてしまった。嫉妬や悔しさで、「自分は何も変わっていないくせにっ」って強く当たって」

 膝を抱える若林の肩が再び震え出しているのを、学は見逃さなかった。

「でも、それは間違っていた。私が見た目に変化があったように、お姉ちゃんには、目に見えないところで異変が起きていたの」

「由紀に?」

「うん。お姉ちゃんはね、時々、コソコソと何かを隠していることに気づいたの。そのころ、お姉ちゃんに嫌悪感を抱いていた私は強引に問い詰めたの。高校生が子供を責めるなんて簡単だから、すぐに嘘なんて暴けた。そしたら、お姉ちゃん、私の知らない薬を呑んでいたの」

「ーー薬?」

「そう。私はそれ以降、薬に対しての頭痛や発熱は治まっていたの。だから、薬の副作用は、体の成長を著しく狂わせただけだって決めつけていた。だから、お姉ちゃんは平気なんだって思ってた」

「違っていたのか?」

 目に見えない副作用の存在に学は怖気づき、息を呑んでしまう。

「話を聞くと、お姉ちゃんの体調は一向に回復しないで、毎日薬を服用しないといけなくなっていたの」

 薄れていた由紀の姿を思い浮かべる。彼女の異変。体を酷使したときによく喘息に襲われて苦しんでいた姿が蘇る。

「まさか、喘息が副作用なの?」

 確信を得て聞いた。だが、若林は頷かない。

「それはまた別の副作用。本当の副作用は、内臓にあったの」

「ーー内臓?」

「お姉ちゃんは、薬によって臓器の機能が著しく低下していたの。それこそ、子供なのに老人の内臓みたいに。どの臓器も薬を服用しないと、すぐにでも停止してしまうように。喘息に似た症状や発熱は、機能を活性化させる薬の副作用なの。

 知らなかった。お姉ちゃんが苦しんでいるなんて。私の前では辛い態度なんて微塵にも見せなかったのに。それなのに私は酷く当たっていた。ほんと、私って子供なんだよね。見た目では私の方が大きかったのに」

 何も言えなかった。学は由紀を普段から見ていた気でいた。それなのに、彼女の苦しみを知らなかった。目の前にいる若林も。

 自分が情けなく声が出ない。

 しかし、それが由紀の失踪に関係があるのかは分からなかった。重い話に気が滅入りそうになるが、学は気持ちを奮い立たせる。

「けれど、あいつがいなくなったのと関係が」

 本来の疑問を思い出して聞く。

「それからの検査で分かったの」

「違うっ。そんなの聞きたいんじゃーー」

「ーーお姉ちゃんの臓器はもう長くないのっ」

 学の声に若林の叫び声が重なる。

「ーーどういうこと?」

「お姉ちゃんの臓器はどれだけ薬でごまかしても、十年が限界だって検査を繰り返しているうちに分かったの」

「嘘、だろ?」

「それは私にも当てはまった。急激に体の成長を促進させた私が、本来の年齢に似合った状況に成長したとき、そのあとの体に及ぼす影響は計り知れなかった。私のリミットも十一年先、ちょうど、今年だったの」

 突きつけられる現実。その計り知れない深さに何もできないのは、自分の未熟さを痛感するだけ。何もできないのは、軽はずみな言動が人を傷つけると分かっているから。

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