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オレンジ色の空とキミの影  作者: ひろゆき
22/27

 参 ーー 二人の存在 ーー (3)

 辛い過去と向かい合うのは勇気がいるもの。誰にも理解してもらえないと、殻に籠もるしかないのかもしれないが、逆に誰かに話すことで、向かい合うこともあるのかもしれない。

               3



 索漠とした白い天井。ベッドに座り、殺風景な天井を見上げる時間が若林望にとって、嫌いな時間であった。

 数分後、いつも襲われる苦しい頭痛、嘔吐感。嫌悪感を幼いながらも、自分の体が壊れていくと実感していた。

 友達と一緒に遊びたい。そんな儚い願いであっても許してはもらえず、手にしていた小さなカプセル状の薬を呑むのを大人から強要される。

 エフ、エル…… ーー

 手の平に乗せられた二錠の白いカプセル。目を細めて見ると、「FLOWER」と青く書かれていたが、英語が読めない望にとって、何が書かれているのか理解できずにいた。

「早く呑みなさい」

 薬を呑むのを躊躇っていると、ベッドの脇で立っていた一人の大人に注意される。周りには白衣を着た大人が何人もベッドを囲うようにいつも立っていた。

「望、呑もう」

 大人の隙間から、優しい声が飛んでくる。

 白衣姿の大人の隙間の先にも一席ベッドが並んでおり、望と同じようにベッドの上に座る一人の女の子がいた。

 望の姉、由紀であった。

 彼女も望と同じように手に二錠のカプセルを持っており、不安がる望にそっと笑みを送ると、小さく頷いた。

 姉に促され、望も小さく頷くと、手にしていたカプセルを口に放り込み、ペットボトルの水で一気に喉の奥に流し込む。

 二人がほぼ同時に薬を服用すると、大人たちはこぞって時計を眺めて時間を確認し、手に持っていたカルテに何かを書き始めると、次第に騒がしく会話を始める。

 この先、どうなるのかは何度も体験している望たち姉妹は理解していた。薬を呑んでからほぼ十分後、自分の体に異変が起きるのを。

 いつも喉の奥が痛み出すのが始まりだった。それから頭痛が起き、胸の辺りが締めつけられ息苦しくなる。このままもがき苦しみながら死んでいくのか、と思うほどの辛さが待っている。

 耐え切れない苦しみを前にしても、望たち姉妹は拒絶しなかった。

 なぜ?

 強いて言うならば、両親のためである。

 二人の両親は何年も前から口論を続け、険悪な雰囲気が続いていた。すべてにおいて対立しない日はほとんどなかった。

 そんな両親でも、仕事に対して対立している姿を見たことはなく、両親が関わる仕事、実験に付き合い、成功すれば二人の仲は元に戻り、また一緒に暮らせるのではないか、と淡い期待を抱いていた。

 十分後、待ち構えていた苦しみは襲ってきた。三十分、長くて一時間。それだけ我慢すれば苦しみは治まる。

 二人はそう思っていた。

 しかし、今回は違っていた。

 容赦なく襲ってきた痛みは一時間をすぎても立ち去ろうとせず、望の体を蝕んでいた。痛みに苦しみ、ベッドでもだえながら隣を見ると、由紀も同じようにベッドの上で体を丸めて苦しんでいた。



 痛みが続き、一週間がすぎようとしていたとき、望の意識は途切れようとしていた。

 高熱と痛みがこれまでの域を超えていた。体中を炎で炙られたみたいな痛み、頭痛は酷く、普段の痛みとは違い、髪を引っ張られるような痛みさえあった。

 さらにはいつも感じない骨を直接握り締められているような痛みが特に苦しく、全身が傷口になったみたいで、着せられていた白いパジャマの生地が肌に触れるだけで激痛が走る。

 冷や汗が噴き出るが、感触としては毛穴すべてから血が噴き出しているようで、熱かった。

 耐え切れなくなった望はついに意識を失った。

 このとき、隣にいるはずの由紀の姿を確認するだけの余裕がなかった。



 目を覚ましたのはそれからどれだけ時間がすぎていたのか分からない。けれど、目を開いたとき、飛び込んできたのは索漠とした天井で、皮肉にも自分は生きているのだと、安堵させられた。

 しかし、すぐに異変があった。体が自分の体でないような奇妙な感覚。全身の脱力感に。

「……望」

 なんで、そんな寂しそうな声で呼ぶの? ーー

 寂しそうに呼ぶ姉の声に、周りがざわめき、ベッドの周りに大人たちが集まりだしていたが、彼らと目が合ったとき、望は全身に鳥肌が立った。

 視線だった。

 これまでも二人に注がれるのは冷たい視線であったが、今はまた違う。白い視線。まるで異物を捉えるような、蔑んだ眼差し。

 なかには、眉をひそめ、ヒソヒソと話す者もいた。何を話しているのかは聞こえなかったが、望に対していいことではないのは見て取れた。

 お母さん…… お父さん…… ーー

 声なき声で望は両親を呼んだ。両親は彼女と同じ部屋にいた。が、彼らは望に近づこうとしない。望は二人の姿を見つけていたが、彼らが一番、望に対して恐怖に似た眼差しを注いでいた。

 望から一番距離を取った部屋の隅で体を背け、望を拒むようにして。

「……お母さん」

 ようやく声が出るが、母親は顔をしかめ、望を拒絶した。

 涙が頬を伝った。

「……望…… 望」

 絶望の淵に追いやられた望に光を射し込んだのは、隣のベッドに横になっていた由紀。導き出されるように望は顔を横に向けると、横になる由紀と目が合った。

 自分の体も苦しみに耐えているはずなのに、痛みで何度も声を詰まらせながらも、由紀は望の名前を呼んでいた。

 涙を流しながらも、動かすのも辛いはずの左手を伸ばして。

 姉の優しさに触れたくて、望も右手を伸ばした。

 そして、姉の手を掴んだ瞬間、望は自分の体に異変が起きたことに気づかされる。

 二卵性の双子で顔は似ていなくても、背丈だけは二人とも同じぐらいだった。それなのに、そのときに握った由紀の手は、自分の手よりも遙かに小さかった。目の前にいる由紀はいちもと変わらないのに、自分の手が異様に大きく見えた。

 変だと考える間もなく、望は由紀から手を放して痛みを忘れて身を起こした。 由紀の姿を確認しようと横を向いたとき、由紀を挟んだ先のベッドでもう一人、ベッドから同じように身を起こしてこちらを見ている女の子の姿があった。

 目が合ったのは高校生ぐらいの女の子。戸惑う眼差しを眺めていたとき、奇妙なことにぶつかった。

 部屋にベッドは元々、二組しか設置されていなかった。望と由紀のものしか。

 望、由紀と並び、由紀の右側にベッドなどなかったのである。

 二つのベッドの横にあるのは、調合された薬が整理された棚。ガラス張りになった扉に反射した姿が映っていた。

 見たことのない女の子。望にとっては、お姉ちゃんと呼んでいいほどの人物に「誰?」と尋ねる間もなく、望は自分の手の平を眺めた。

 意識が遠退く前に見た自分の手の平とまったく違う手。幼い脳裏が状況を理解するのに時間がかかってしまう。

 私なの? ーー

 ガラスに映る十七歳ほどの姿。自分の姿を考えたとき、戸惑いの眼差しを注いでいる人物が自分であるのだと問いかけるしかなかった。

 視線を傾けると、ベッドに横になった由紀が泣きながら望を眺めている。

 彼女も同じ薬を同じだけ、同じ時間に服用した。なのに、由紀の姿は変わってなどいなかった。

 なんで? どうしてお姉ちゃんは変わってないの? ーー

 戸惑いと微かな苛立ちで呆然と眺めていた。



 これは悪い夢。

 困惑する時間をすごすなかで、望は自分を納得させようとした。

 眠ることを望み、無理にでも眠ってしまい、目が覚めたとき、元に戻っているのを期待して。

 だが、目覚めて手を眺めても、元の小さな手の平に戻ってはなく、鏡を見れば見たことのない顔が目の前にいた。

 皮肉にも、成長した体は時間を重ねるにつれ、違和感なく動いてしまうことがさらに望の苛立ちを強めてしまう。

 その間、由紀と会うことはなかった。大人の思惑があるのか、彼女が避けているのか、あるいは望が拒んでいるのか分からない。

 誰かと話したい。

 誰とも話したくない。

 複雑な思いで毎日をすごしていた。 

 目の前で向き合わなければいけないことは、現実には絶対にあり得ないこと。その辛さを和らげるのに、誰かを責めることは簡単でも、それができなければ、ずっと耐えるしかないのかもしれない。

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