弐 ーー 遠い日の姿 ーー (8)
過去の行動には、今思えば恥ずかしさに襲われることもあるかもしれない。けど。今思えば情けなくなっても、昔は真剣だったんですよね、やっぱり。
8
「よくまぁ、あんたも写真にこだわるわね。お父さんもだけど、あんたはそれ以上ね」
リビングの食器棚に置いてあるカメラを取り出して触っていると、母親が食事を終えて、後片付けをしながら呆れるようにぼやいた。
「別にいいじゃん」
何か言われるのも面倒で、素っ気なく答える。部屋に戻ろうとしたが、カメラを眺めているとふと顔を上げる。
「そうだ、写真ってあったの…」
「あぁ、あれ。あったわよ」
母親は洗い終えた皿を拭いていた手を止め、リビングをあとにする。隣の和室に向かった。
奥の襖を開いてしゃがみ込み、ゴソゴソとしている間、学は持っていたカメラを食器棚に戻して母親を待った。
ややあって、母親が厚い束を手にしてリビングに戻ってくる。どこか不敵な笑みを浮かべているように見えたが、学は無視を続ける。
「はい、これ」
母親が持っていた束は、数冊の茶封筒であった。封筒には数字が書かれている。数字を確認すると、自分の部屋にあった茶封筒の前にさかのぼる数字かあり安堵した。
茶封筒から十一年前、学が最初に撮った写真の茶封筒を手に取る。
「それって、あんたが最初に撮った年のやつでしょ」
再び食器を拭き始めた母親は、首を伸ばして封筒を見るが、学は無視を続け、中身の写真を取り出す。
現れたのは真っ青な晴天の空。雲一つない空の写真が一番上になっていた。
数枚、写真をめくってみる。表情はいくらか変わっていても、やはり空の写真ばかりであった。
これには学も呆れて苦笑してしまう。
「しかし、あのときは驚いたわよ。プリントアウトしてって言われて、印刷したらあんな写真が出るんだから」
「うるさいな。別にいいだろ」
以前、話していた女の子の写真を指して茶化そうとするのが見え見えで、学は訝しげに言う。それでも、母親は不適に笑い続ける。
数枚めくっていると、母親の指す写真が現れ、学の意識が強く写真に向けられた。
「それを撮った二、三日後だったかな。あんたーー」
「ーーちょっ、これって、本当に十一年前なのっ」
話し続ける母親の声を遮り、学は声を張り上げて母親を見た。
突然の大声と学の剣幕に圧倒され、母親は体をビクつかせ、面喰らってショボショボと瞬きを繰り返した。
淡々と「そうよ」と答える母親に、学は声を詰まらせてしまう。
「それからよ。大変だったのは。あんた、そこに写っている「お姉ちゃん」がいなくなったって騒ぎ出して」
写真には、笑窪を浮かべながらも、どこか痛々しくも見える笑顔を浮かべた一人の女子高生の姿が写されていた。
お姉ちゃん。
「どうせ、引っ越ししただけだとか、女子高生なんだから、友達とか恋人と遊んでいて忙しいだけだって何度言っても、あんたは聞き入れないし。最後には泣き出してしまうんだから、ほんと、参ったわよ」
あのとき、確か何度も公園に行った気がしていた。お姉ちゃんを探そうとして。確か由紀、あいつも一緒に行った気がする ーー
曖昧な記憶を巡り、今ならぼんやりと思い出せた。
「そうしたら、もうお父さんも調子に乗って、あんたを茶化しちゃうんだから。その子は、もういないんだ、“神隠し”にあったんだって。それを聞いたら、さらに酷く泣き出す始末で」
「神隠しって、誰かが急にいなくなるって話だっけ?」
「そう。そんなの。鬼にさらわれたとかいうやつ。そういえば、あんたが、こういうホラーのことが怖くなったのも、これが原因なのかな?」
「怖いんじゃないっ。嫌いなだけっ」
圭介と同じやり取りをまたするとは思っておらず、学は怪訝に突き放した。
まじまじと写真を眺める。
「これって、確か十一年前だったよね」
「そうでしょうね。封筒に書いてある月を見たら」
テーブルに置いた封筒を眺めて確認すると、確実にこの写真を撮った年月は十一年前に撮られていた。
十一年前? ーー
何かが突っかかってしまい、頭を抱えてしまう。
「……十一年前…… 神隠し……」
「何、ブツブツ言ってるの。それ、せっかく出したんだから、自分の部屋にちゃんと仕舞っておきなさいよ」
皿を洗い終え、食器棚に皿を戻しながら、独り言をもらす学をいかがわしく眺めて注意する。
「……十一年前って、まさかっ」
脳裏にある光景が走ると、テーブルに置いていた封筒を掻き集め、慌てて自分の部屋に向かった。
「ちょっ、学っ」
慌ただしさを注意する母親だが、学は耳にも留めず階段を駆け上がった。
部屋に戻り、扉を閉じるとそのまま扉に凭れて静かに息を吐き捨てた。
「あり得ないだろ」
一言嘆くと、手に握り締めていた写真を顔の辺りまで持ち上げて眺めた。痛々しい笑顔の女子高生と目が合う。
制服は見慣れている制服。細かな変更はあるが、学が通っている高校の制服であった。
そして、そこに若林望が写っていた。
写真は十一年前に撮られたはずなのに、彼女が写り込んでいる。今の、十七歳の若林が。
学は困惑に倒れそうになりながらも懸命に保ち、ベッドの上に置かれていたスマホを掴んだ。
目の前にあるものは、絶対にあり得ない現実。望んでなどいなかったもの、あってはいけないもの。だからこそ、信じたくないのかもしれない。拒みたいからこそ、現実なのかもしれない……。




