弐 ーー 遠い日の姿 ーー (1)
小説や漫画、ドラマや映画。様々な作品を面白いと感じるのはどういうときなんだろうと思います。現実離れした奇抜さが面白いから? それとも、自分の境遇に似た現状に共感を抱くから? いろいろと理由はあるのだろうけど、どちらが心に強く印象が残るのかな、とふと考えてしまいました。
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何かのきっかけで青年の記憶が消えてしまう特質な体をしていた。
少女は自分のことを思い出せないままでいる恋人のそばにいながら、恋人が自分のことを思い出してくれるのを待っていた。
「……大切な人、か」
屋上でデジカメをいじりながら、昨日、圭介が持っていた文庫本の内容を思い返し、ふと呟いていた。
「待たせるのと、待つこと…… どっちが辛いんだろう……」
「何、さっきからブツブツ呟いているの?」
そばで筆を動かしていた若林は手を止め、しゃがみ込んでいる学を見下ろす。
「あ、いや。実は、圭介の奴が僕の知ってる本を読んでいて、なんとなく話の内容を思い出したんだ」
独り言を聞かれていたのを恥ずかしながら返事をすると、若林は「あぁ」と、宙を眺める。
「あの本? 私も昔から何度か読んだことがあったな」
「知ってるの、あの本?」
以前、圭介は若林とあまり話したことがないと言っていたので、彼女から圭介の話題が出るのには少し意外でもあった。
「あれ、知らない? 進藤くんって結構小説とか詳しくて、本好きの女の子とかは彼にお薦めを聞いたりしてるんだよ。だから自然と、今読んでいる本とかも薦めたりしてるみたいで。まぁ、私は聞いたことないんだけど」
明るく社交的な性格は認めるが、そんなことをしているのは初耳で、意外な一面を知って感心する一方で、羨ましくもあった。
「でも、意外なのは高原くんよ。小説とか読むんだ」
「あの本だけね。昔に薦められたんだ」
「進藤くんに?」
目を細める若林に、学はかぶりを振るが、詳しくは話さなかった。
「じゃぁ、話の結末って、知ってるんだよね」
念を押してから若林は空を見上げた。
「あれって、辛い気がするんだよね。お互いに」
「かもね。ま、でも、小説じゃん」
「ちょ、何その言い方。私、結構あれって切なくて好きなのに。今でもカバンに入ってるもん」
あまり興味がなく皮肉ってみると、若林が珍しく声を荒げ、座り込む学を一蹴し、気を損ねたのか、顔を遠くの街並みに向けた。
雰囲気としてはしばらく無視をされそうで、学はうつむき、手に握ったデジカメをマジマジと見つめた。
待っている、か ーー
「まぁ、実際、誰かを待っていたり、捜したりしている人はいるんだろうけど」
力ない眼差しをデジカメに注いでいると、不意に由紀の姿が脳裏をかすめてしまい、学はつい口走ってしまう。
自分は果たして当てはまるのだろうか、と考えてしまう。
「どういう意味?」
「ーーん? 別に。ただ、現実には誰かを待っている人はいるんだろうなって、思って」
「何? もしかして、高原くんも、誰かを待っていたりしているの?」
冗談っぽく投げられた問いが、学には鋭く胸に突き刺さってしまう。
渡瀬由紀を捜している。と話してしまいたいが、自分の奇妙な一言に逡巡してしまう。
不思議そうに見下ろす若林の眼差しを気にしながら、学は迷う。
「……バカみたい」
思い切って話そうとした瞬間、若林から蔑んだような冷たい声が放たれ、学は面喰らい、声を詰まらせる。
見上げると、若林は遠くのビルを真剣な目でじっと睨み、微動だにしなかった。強い剣幕すら漂わせる雰囲気に圧倒されてしまう。
「待つなんて…… 辛いだけかもしれないのに……」
さらに放たれる一言。
それまで見たことのない若林の姿に、学は何も話しかけられずにいた。
誰かに、「意外だね」と言われたことってありますか? でも、それってみんな普通にしているんだろうけど、どうしても新鮮に見えたり思われたりするんでしょうね。




