魔王は桃太郎に出会ったそうな
「黒魔法・重力操作。っと!」
<おー、さすが、黒魔法の魔王さま。鮮やかなお手並みですね。>
屋根くらいまで落ちたところで、自身の重力をカットして、ゆっくりと屋敷の庭に着地する。
下手に地面に穴ぼこでも開けたら、家主に後で何を言われるか分からないからな。
足元が綺麗なままなことに、ほっと胸を撫で下ろすと、視線を感じ顔を上げる。
「ん?あぁ、君が噂の英雄かな?」
「・・・・・・。」
団子だろうか?それを口に入れようとしたところで、俺が空から降りてきたから、びっくりさせてしまったようだ。
目を白黒させながら、口を開けたまま、固まっている。
急な来訪を、しかも、予想外の場所から登場した俺が悪いよな、常識的に。謝罪した方がいいか?
「あ、あのー、すまないな?急に押しかけて。昼間に一度、来ようとしたんだが、大名だか、君主だか、わからんやつが邪魔してな。また、時間を改めて来たんだが・・・。またしても、タイミングが悪かったか。すまない。」
「・・・え?あ、いやいや!大丈夫よ?来た時間より驚いたのは場所だもの。まさか、空から人が降ってくるなんて思いもしなかったから、意表を突かれただけよ。」
クスクスと口元に手を当て、女性は笑うと、俺を眺めてまた目を丸める。
「貴方、人間ではないのね?」
「ん?あぁ、人間ではない。魔王だ。といっても、聞き覚えはないだろうな。この国には魔王はいないそうだし。」
「マオー?知らないわね。外国から来たの?最近、海の向こうから、異邦人がやってくるって、皆が言っているのは聞いてたけど・・・。」
「厳密には違うな。外国からではない。異世界から来た。」
「異世界?外国より遠いの?」
女性は縁側から降りると、カランコロンと下駄を鳴らして、俺の前に歩み寄る。少し、警戒心が見て取れるのは当然だろうな。
「あぁ、この世界と別の世界。人によっては、過去や未来かもしれんな。パラレルワールド、異次元、名前はなんでもいいか。とりあえず、文化も種族も何もかも違う遠い遠い場所から来た。」
「へぇー。よく分かんない!」
にっこりと女性は笑うと、その長い黒髪を揺らして、首を傾げる。可愛らしいな。大人っぽさの中に、少しの幼さも見え隠れする。
「で?そんな、異世界の人がなんで、私の家に来たのかしら?」
「英雄がいると聞いてな?手合わせを願いに来た。それと、もう一つあるが・・・まぁ、それは後でいいか。とりあえず、今は桃太郎、君と勝負がしたい。」
魔剣ディアボロスを抜き放ち、目の前の女性に突き付けてみせる。
女性はキョトンとした顔で、魔剣と俺の顔を交互に見比べると、深くため息をついて、ヒラヒラと手を振り返した。
「私の命を取りに来たなら、別にいいわよ?貴方になら、あげてもいいわ。この世界の男たちに、散らされるくらいなら、異世界の人の方が幾分かマシだもの。」
踵を返して、縁側に戻ると団子を口に放り投げ、酒を干す。そうして、そのまま俺に向かって盃を掲げると、にっこりと微笑んだ。
「私は独り身だもの。この命なら、露と消えても、誰も気にもとめないわ。だから・・・ね?私を殺す前に、酒に付き合いなさい。丁度、今日で最後にするつもりだったのよ、私も。最後くらい、楽しい思いをして、この世を去りたいわ。」
「・・・自害するつもりだったのか?」
「そう。死にたくなるほど、月が綺麗だったから。」
そう言って、女性は空に浮かぶ月を眺めると顔を歪ませ、やがて、咽び泣き始める。
「私、もう一人ぼっちだから・・・ひっく・・・。どこにも、居場所が、ないもの・・・ぐす・・・。うわあぁーん・・・!」
「そうか・・・。」
<アルくん・・・。>
泣いている女性に武器を振り下ろすほど、俺は非情な上に、非常識ではない。魔王だけども、魔王なりの筋は通しているつもりだ。
俺は桃太郎に近付くと、彼女の握りしめた盃を奪い、じっくりと観察する。
「ふむ。丁度よかったな。この世界の食べ物や酒には、興味が出てきたところだ。付き合え、桃太郎。」
彼女の手を取り盃を返すと、縁側に腰掛け、収納空間から黄金色の盃を取り出す。
「この盃に合う酒だといいがな。」
「スンスン・・・。清酒しかないわ。それで良ければ。」
「原料はなんだ?」
「米よ。」
「米?んー・・・近いのはライスか?」
「らいす?ふふ・・・本当に異世界の人なのね。まぁ、見た感じから分かるけど。マオーの世界のこと、教えてくれるかしら?」
「まぁ、分かることならな。」
注がれた酒を見つめ、俺は一気に酒を干す。口に転がし、鼻を抜けて酒の香りを楽しむ。
「うむ。悪くない。」
「ふふ。ツマミもあるわよ。あと、これは私、桃太郎お手製のきびだんご。料理には、自信あるのよ?」
「ほう?俺は魔王だぞ?魔族の王だ。うまいものを見極める舌は、長い年月で鍛えてきている。俺の舌を満足させることは、そう簡単にできるとは思わぬ事だ···くくく!」
「ふふふ!全ては食べてから言いなさい!喰らえ!マオー!」
隣で含み笑う桃太郎は、女性らしいその細く長い指で、きびだんごを摘むと、俺の口に放り込んできた。
「っ!?うまぁー!ちょ、なにこれ、チョー美味いんですけど♡」
<え?美味しいの?アルくん、私も食べたーい!>
▼桃太郎はきびだんごを振舞った!
▼魔王に会心の一撃!魔王は怯んだ!
「やるじゃないか!だが、この煮物はどうだぁー?」
「ふふ。いもの煮っころがし。これも得意料理よ?」
「ほう?あむ・・・。くっそ!美味いじゃないか・・・!」
<アルくん!私も!私もちょーだい!>
▼魔王に会心の一撃!魔王は弱っている!
「魚はどう?」
「魚は向こうで食べ飽きた。他のを・・・『御託はいいから!』むぐ!?・・・あれ?俺が食べてきたのって、メダカだったかな?こんなに美味しい魚なんて知らない・・・。」
<ジュルルルルルル・・・。アルぐ~ん・・・。>
▼魔王は過去の料理と目の前の料理を比べて、混乱している!
「参ったか、マオー!でも、まだまだあるわよ。実は作り過ぎちゃってね。できれば、そっちの子も食べてくれると助かるけど・・・無理かしら?」
<じゅるり・・・。え・・・?私!?>
「なわけないだろ?お前の声は、契約者である俺にしか届かないはずだ。向こうでも、そうだったろ?」
<そ、そうだよね?>
ルーシーは大精霊だ。今はこのペンダントを依り代にしているといっても、この世界と関わるには、顕現するしかない。
顕現していないルーシーは、この世界へ一切の物理干渉は出来ないのだ。顕現するのは、食事の時とルーシーの力が必要となった戦いの時だが、それも、俺とルーシーの合意がなければ成立しない。
今は顕現していないので、お互いの精神でしか会話できない状態なのだ。
「いや、だから、聞こえてるって言ってるのよ。えーっと、名前は?女の子なのは分かるんだけど・・・。」
「・・・だれが?俺は男だが?」
「そりゃ、貴方は男でしょ。十分にカッコイイわよ。そうじゃなくて、女の子よ。可愛らしい声の。近くにいるんでしょ?」
<や、ややややっぱり、聞こえてるよ!アルくん!>
「はぁ、だから間違いだって。慌てるなよ。カチャカチャいわせたら、怪しまれるだろ?」
胸元を抑えて、焦って暴れ回っているペンダントを落ち着かせる。
「あ、もしかして、その胸元で揺れてる水晶にいるの?なに?小人かしら?」
隣の桃太郎が、俺の胸元を覗き込んでくる。明らからに、胸の中に興味津々である。
<だああああ!?やっぱり、聞こえてるよ!アルくん!>
「おいおい、マジかよ。」
俺は観念して、胸元のペンダントを取り出すと、桃太郎の前にぶら下げる。
「へぇー、すごいなー。知り合いに一寸の男の子はいるけど、こんな小さな小人は見たことないよ。」
<あ、あんまり見ないで~!恥ずかしい!>
「勘違いを正すと、中に人は入っていない。俺と契約した大精霊が宿っているんだ。」
「へぇー!神様みたいなもんだ!すごいなぁー!」
<えへへー!そうなの、ルーシーはすごいんだよ!>
「ルーシーちゃんっていうんだ!よろしくね!」
<よろしくね!桃太郎さん!>
女子二人は仲良く、キャッキャウフフと語り合い始める。
それを横目に、俺は首を傾げていた。なんで、契約者じゃない桃太郎にルーシーの声が聞こえるのか。不思議で仕方なかった。
契約というパイプが繋がっていなければ、語り合うこと以前に“大精霊に気付くこと”もできないはずなのだがな。
「こく・・・こく・・・ぷはー・・・。ん・・・?あ。」
ふと、自身の持つ盃を飲み干して、気が付いた・・・。
あぁ、やらかしてるわ・・・俺。
隣を見ると、“黄金の盃”でこくこくと美味しそうに酒を呑む美少女の姿があった。
自身の手に持つ盃を再び見る。白い陶磁器の美しい盃。
「っ!?だああぁぁぁ・・・!やらかしたあぁぁぁ・・・!」
「な、なに?どうしたのよ、急に!?」
<どうしたの、アルくん?>
「すまん!桃太郎!お前、死んだ!」
「え?えぇーなんで・・・?」
俺は桃太郎を見ると、深々と頭を下げることしかできなかった。