魔王は成長するそうな
「どうぞ、道中お気をつけて。マオーさん。」
「あぁ、爺さんもな。モーモ、ありがとう。美味かったよ。」
街へと続く街道に出たところで、爺さんたちに別れを告げて、俺は手描きの地図に示された場所へと向かう。
街へ続く道を脇に進み、橋の架かる川を超えて少し行くと、集落が見えた。
どうやら、ここに目的の女はいるらしい。
爺さんも家の場所までは知らないらしいからな。
とりあえず、村をまずは見て回ろうかな。どこかでばったりと出くわすかもしれないしな。
<あ。さっそく、第一村人、発見!アルくん。>
「そうだな。声かけてみるか。」
畑仕事をしている農民に声をかけると、意外と社交的な農民だったようで、気さくに話をしてくれた。
その後も、色んな人に出会ったが、皆、話が通じる相手ばかりだ。
しかし・・・。
<みんな、その女の子のことを聞くと、よそよそしくなったね。地元の人たちも、噂を信じてるみたい。>
「そうだな。まぁ、家の場所も分かったし、行ってみるか。噂は噂だ。この目で見ないと、分からないことも多いからな。」
少し高台にある屋敷を見上げながら、俺は小さく息を吐く。
全てを判断するのは、この目で真実を見てからだ。
遥か昔から、魔王として生きていた俺には、噂に踊らされる人間たちが愚かに思えて仕方なかった。
逆に噂を利用して、人間たちを混乱の渦に貶めてやったこともある。
終いには、人間同士で戦争まで始めるくらいだ。
噂というのは、いくらでも湾曲することが出来る分、信用できないもの。なのに、不思議と拡散しやすい病、いや、一種の呪いのような側面がある。
それを知っているのは、やはり、噂を流された本人以外にいないだろうさ。
「だから、それを確かめに行こうじゃないか。化け物と罵られる本人に。」
<本当に化け物だったら?>
「そりゃ、ありがたい。なんたって、俺は魔王だからな。化け物の方が、話しやすい。」
<ふふ。そうだね、魔王だもんね。>
くつくつと、笑いながら、屋敷を見上げる。
ここから見える屋敷は、他の民家と比べて大層大きいな。
村人の話では、鬼退治から桃太郎が帰ってきてから、大きくなったらしいな。鬼ヶ島に集められた財宝を持ち帰ったという話は、間違いなさそうだ。
でも、今は一人きりで、あの家に住んでいるらしい。
なんでも、育ての親はもう他界しているとか。
<なんか、アルくんが魔王になった頃に似てるね・・・。>
あぁ、そういえば、そうだな。俺もルーシーと契約して魔王になってすぐは一人だったっけ。一人で、小さな城を築き、そこに居座っていたんだ。何百年も。
それから、闇魔道士や四天王やら、眷属やら他の魔王たちが出入りをするようになって、ガヤガヤと騒がしい、あのホームになっていったんだったな。
「そうだな・・・。できるなら・・・。」
桃太郎という女もそうなってくれればと思う・・・。
昔を思い出し、少し感傷に浸っていると、村の入口から、大勢の人間がこちらへ近付いてくる気配がある。
「仰々しい装備に身を包んだ集団。この国の偉い奴か?たしか、大名とかいう役職だったか。どちらにせよ、あぁいう輩は、権力を振りかざして面倒だ。関わらないに限るな。」
俺は物陰に身を潜めると、二十人ばかりの集団をやり過ごした。
大名らしき集団は、ゆったりと高台を登っていく。
<ねぇねぇ、あれって・・・。>
「あぁ。国一番の美女を妻や妾にと家に押しかけてくる、か。なんだ、こちらも間違いじゃなさそうだな。」
しばらく眺めていると、屋敷に着いたのか、屋敷の周りをぐるぐると、家来らしき奴らが巡回をしていた。警護のためだろうな。
しかしすぐに、屋敷は騒然となる。ガチャガチャと、慌ただしい様子が、遠方にいるこちらにまで伝わってくるようだ。
そのまま、慌てた様子で大名たちは、高台を転がるように降りてくる。
<なんだろ?まるで、何かに怯えているようだね。>
「だな。何があったのか、最後尾のヤツに聞いてみるかな。」
最後に走って着いてきていた荷物持ちらしき人物を呼び止めてみる。
「ちょっと、待った。そんなに慌てて、何があったんだ?」
「ひぃひぃひぃ!なんだよ、退いてくれよ!こんな所、とても長居なんてしたくないのに!」
「話してくれたら、解放するよ。いったい、あの屋敷で何があったんだ?」
脇を抜けて通り過ぎようとする家来の首根っこを掴んで引き止める。
ふん、人間くらいの力で、俺の拘束が振り払えるわけないだろうが。
「女がいた!でも、そいつは、噂に名高い化け物、桃太郎だったんだよ。思い出すだけでも、恐ろしい!しかも、そいつは、うちの主人に問答無用で掴みかかったんだ!まるで、その姿は鬼のようだったぞ!あぁ、そうさ、アイツこそ鬼だ!やはり、噂は本当だった!」
「ふむ・・・。だけど、そもそも、この話はおかしいだろ?噂では、女は美しいが化け物だという話じゃないか。そんな所に、わざわざ大勢で出向いて来るもんか?」
「“噂”だったからさ!噂になるほど美しいなら、どんな女か、見たくなるのはどんな男だって一緒だ。あわよくば、手に入れたいとも考える!化け物って噂は、女を護りたい親や、どこかの富豪が流した嘘だと、その時までは思ってたんだ。」
「“美しい女”は信じて、“化け物”は信じなかったと?まったく、お前たち人間はどうしてそう・・・。はぁ・・・もういい、行けよ。」
俺は呆れ返って、それ以上何も言う気が起きなかった。
あちらの世界でも人間はそうだった。
自分の都合のいいことは信じて、都合の悪いことには目をつぶっていた。
どうせ信じるなら両方信じるか、どちらも信じないようにすれば、もっと、合理的に動けただろうに。
そうやって逃げ帰る姿を見せるだけでも、十分に恥だと何故気づかないのか。アイツらの治める領土の民が可哀想に思えてくる。
「呆れてものが言えんな。」
<・・・アールーくん?>
「食べたいのか?やめとけ。あの類は腹壊すぞ。きっと、今以上に胸くそ悪くなる。」
<うん、確かに・・・。>
俺は胸のペンダントを撫でながら、屋敷を見上げる。
今行くのは得策じゃないか。相手方も気が立ってるだろうしな。
「夜にするか。戦闘力は、夜の方が闇の大精霊の加護で、少し高くなるしな。」
<うん。それがいいかもね。それに、私の本体が言うには、今日は満月らしいし。>
「そうか。なら、魔族らしく。正々堂々と!闇に紛れて!桃太郎と合間見えようじゃないか!カッカッカッ!」
<正々堂々?>
俺は屋敷の側の大木の木陰に腰を下ろすと、少し目を閉じ、夜まで身体を休めることにする。
まぁ、魔王の身体は休養なんて、本来いらないんだけどな。
こうして大人しくしてると、自然と世界から魔力を供給されるからな。もちろん、経口摂取で魔力と体力を回復もできるし、生き物を仕留めても僅かながら魔力を強奪することが出来る。
その気になれば、相手に触れるだけで、エナジードレインも出来るんだぞ?ふふん!魔王、スゴいだろ?
「あ、そうだ。もしかしたら、戦闘になるかもしれないな。英雄と呼ばれる存在だし、警戒はしておいて損はないだろう。この世界初めての、ステータスチェックだ。ルーシー。」
<はい!こんな感じだよ。いつも通り、頭の中に表示するから、目を閉じてねー。>
「あいよー。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Name:魔王リベリアル
Lv6
HP 10,005
MP 10,005
魔素濃度 10%
称号:黒の魔王/人間の敵/闇の支配者/魔物の王/世界を救いし者(NEW)/女神のマブダチ(NEW)/異世界より来る者(NEW)/優しい魔王(NEW)
ユニークスキル:マブダチ式無限復活(NEW)/眷属召喚/眷属復活
魔法:無色の魔法(小)/赤魔法(小)/白魔法(小)/黒魔法(小)
※魔法は現在、魔素不足の為、セーブ中
加護:闇の大精霊の加護/女神の加護(NEW)/■■■■の加護(NEW)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「少しステータス伸びてる。うわわわ、称号増えてるなー。あってもあんまり関係ないんだけどね。魔法は変化なし。それよりも大事なのは、加護系だな。ん?女神の加護?あの、美女さんか?やっぱりあの女、女神だったか。」
<女神の加護の効果により、経験値増加だって・・・。今更、経験値って言われてもねー?アルくんは、レベルはとっくにカンストおおおぉぉえぇぇ!!?>
「どうした?奇妙な声上げて。バグったか?」
<あ、アルくん・・・。レベル、レベルが・・・。>
「レベルがどうし・・・・・・6?」
表示された文字に俺は思わず、絶句する。お馴染みの99は消え去り、新たに書かれていたのは“6”の文字。
奥さん、嘘でしょ?レベルが下がってるじゃないの。見間違いかしら。いやいや、本当に尋常じゃないくらい下がってるじゃないの!
「なんでぇー!?どうして!?死んだから?一度死んだから!?」
<え?でも、今まで、復活したら、レベルも引き継ぎだったでしょ?まさか、異世界に来たから!?>
「う、うむー。あれ?そういえば、ユニークスキルも変わってるな。」
表示されたユニークスキルの欄に注目すると、その内容が表示された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ユニークスキル:マブダチ式無限復活
スキル所持者は死亡を確認され次第、“マブダチ”の手により、復活することができる。しかし、その際に、死亡した時のレベルは魔力に変換されマブダチに譲渡される。
復活時、基本ステータス値は全ステータス1%上昇される(重複可)。
復活時、基本ステータスは死亡時の値が保持される。
必要MP/36,500
女神譲渡MP/死亡者の死亡時MP+死亡者Lvを変換した数値
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えーっと、つまり、俺のレベルを魔力に変換して、俺の復活に当てたわけか。あの女!やりやがったな!?てっきり、アイツに底知れない魔力でもあるのかと思ってたのに!」
<あー、でもこれいいかも。>
「なにが?いいんだ?レベルを取られたんだぞ?」
<だって、基本ステータスは死んだ時と同じなんだよ?カンストしたステータスからスタートだから、無限にレベル上げ出来るよ。>
「え?あ、そういうことか。」
<しかも、女神さんがいる限り、瞬時に復活できるし。でも、今のままでも十分に強いんだから、簡単に死なないよね。となると、また、レベルカンストした時は、いよいよアルくんを倒せる存在なんて居なくなるかもしれないね。>
「そりゃ、困る。勇者とは、拮抗した勝負だからこそ、やりがいがあるのに。勇者がお役御免になっちゃうじゃないか。」
そしたら、どうなるの?勇者は事実上の無職だよ。誰も成りたがらないじゃないか。それじゃあ、歴代の勇者たちが不憫すぎる。
闇魔道士に、勇者と同じくらいのステータスになる魔道具を作ってもらわないといけないな。
<時々、魔王の負けた理由を考えるんだけどね・・・。たぶん、その優しさがダメだと思うの。大体、魔王が勇者を甘やかしすぎなんだよ。要所要所で、道案内したり、レベル上げに見合った魔物を送り込んだり、強力な装備を作ってあげたり。魔王が魔王を倒すための道標を作ってどうするの!?>
「それでもなお、倒してこその魔王だと、自負しておりやす!」
ドーンと胸を張って見せると、ジト目で睨むような視線を感じる。
懐かしいな。魔物たちとの会議でも、よくそんな顔をされたもんだ。
<結果勝率は?>
「100%で、俺の作った“対魔王装備”の勝ちだな!」
<全敗じゃないのさぁー!うわあぁーん!大精霊まで味方してるのに、この勝率なんなの?旦那が優魔王すぎて、つらいよぉー・・・!>
「いつも、サンキューな。どんな時でも、最後まで側に居てくれて。君がいてくれるだけで、どれだけでも頑張れる。」
<あぁーん!好き♡大好き♡愛してる♡>
「(嫁がチョロすぎて、つらい。)」
俺は胸元でハートを振りまく、闇の大精霊に苦笑すると、そのまま静かに眠ることにする。
夜までまだ時間はあるしな。ゆっくりさせてもらうとしよう。