魔王は興味深い話を聞いたそうな
さて、お爺さんと娘さんの案内で街に向かっている魔王リベリアルであるが、早速、問題が発生していた。
「なに!?ここには、魔物という存在はいないのか?」
「マモノというものは、分かりません。そうした存在に近いものなら、妖でしょうか。山姥や天狗、妖狐や狗神、どこかの湖には龍神がいると聞いていますな。あとは、離島の鬼といったところでしょうか。」
「う、うむー・・・。」
困ったな。魔物がいれば、俺の話を聞いて、元の世界に帰る協力でもしてくれると思っていたが、考えが甘かったか。
知能のある上級の魔物なら、この世界の魔王の配下になっているだろうから、紹介でもしてもらおうと思ったんだが。
「ていうか、魔王自体いるのか?」
「マオウですか?聞いた事ありませんな・・・。」
うっそーん。魔王自体いない世界なの!?困ったわ。詰んだわコレ。
<アルくん、アルくん。その妖たちの長みたいのが、私たちでいう、魔王に該当するんじゃないかな?>
「お!そうだな!その可能性はある!よし!妖の王様に、会いに行こう!で、妖の王様って、誰?」
「・・・分かりかねます。何分、妖には関わらないのが、こちらでの生き方ですので。他国はどうか分かりませんが。」
「そうかー。」
あ、俺、シレッと外人扱いされたな。まぁ、確かに、こんな格好だしな。
<ていうか、アルくん、よく恐がられてないよね。魔王って、思われてないだけかと思ったけど、確実に人間ではないよね。魔王の角生えてるし。妖とか思われないのが不思議なんだけど。>
「あ、そういえばそうだな。えーっと、爺さん、俺はこの国では、やっぱり目立つかな?」
「そうですね・・・。少しばかり、変わった格好をしていらっしいますが、外国の方なら仕方ないかと。むしろ、こちらの言葉を流暢に話されていることに、驚いておりますよ。ははは。」
あ、これは、大丈夫そうだな。
言葉変換は、この万能大精霊ルーシーちゃんの能力である。
その他にも、多種多様な機能があるので、これからも紹介していきたいと思うが、今はいいだろう。
「ここ一年で、外国の渡航者の方が増えたんですよ。各地で、言葉のやり取りが出来ず、問題が起きる場合もあると噂では聞いていましたが、外国の方にも、良い人がいると知れて、本当に今日は良かった。この出会いに感謝します神よ。」
「そうか。それは、よかったな。」
「えぇ、本当に。」
え?ちょ、なに急に・・・爺さん。そんな、優しい顔でこちらを見ないでくれよ。なんだか、すごく、心苦しくなってくるじゃないか。
魔族は、人間とは異なる存在。決して、交わることの無い、光と闇の存在。
だからこそ、俺は人間を殺しても、滅ぼしても、なんとも思わなかったというのに・・・。
あぁ・・・。どうも、やりづらいな、この世界は。
俺には、温かすぎる。
<ふふ・・・。アルくん、よかったね。怖がられなくて。>
「あぁ。今は、な。」
だが、同時に冷たさも知っている。
俺が人外と分かれば、この人間と言う存在たちは、すぐに反旗を翻すだろう。
人間は自分と異なるというだけで、多くの者を除外していこうとする意思が強すぎるのだ。
それを悪いとは言わない。生きる上では、仕方の無いことだから。
でも、だからこそ、俺はそれが許せなかった。
だから、俺は2000年前、魔王になったんだ。
排他主義の人間たちを世界から一掃し、魔族と人間が共存するための世界を作り上げるために。
「(俺の存在を知れば、変わるかもしれん。そうなれば、コイツらも消さねばならんか・・・。)」
自身の言葉が、ちくりと、胸を刺す。
それを誤魔化すように、頭を振ると、もう一つの疑問が過ぎる。
当面、なんの手がかりもない俺は元の世界に帰る方法を探すことになるのだが、場合によっては、かなり、長期になるかもしれない。
そこで必要になるのが大量の軍資金だ。
今の俺には金が・・・ない!
困ったな。商売とかするか?魔王が?
それならいっその事、魔王饅頭とか、露店で売っちゃう?
エプロン着けて?
<ぶっ!>
笑うな、おめー。
胸元で笑う精霊を、軽くどついて、案を練っていく。
農業する?漁業する?狩人なら・・・あ、いけるかも?
なんて、考えていると甘い香りが鼻をくすぐる。
荷台でくつろぐ少女を見ると、何やら食べていた。
「ん?あぁ、これ?貴方も食べますか?」
「初めて見たな。」
ピンク色の丸い食べ物。なんだ?
「桃ですよ、旅の方。」
「おお!?これが、モーモか!古代文献に載っていた、伝説の食い物!俺たちの国では、とうの昔に戦火で絶滅してしまったんだよ、これ。」
思わぬ出会いに、感動して打ち震える、俺。
俺たちの居た暗黒大陸は、あんな感じだから、果物なんて採ることも出来なかった。
ある時、人間の世界に大層美味い果物があると聞き、侵略したのだが、そこの領主が腹いせにと、全ての木や田畑を焼きやがった。
貴重な木々もあったらしく、その中に、このモーモもあったらしい。
「そりゃ、お気の毒に。こちらでは、さほど珍しくもないですから、また、出会えるかもしれませんよ。」
「そうかそうか!それは、嬉しいな!でも、今はこの手の中の感動で十分だ!早速、いただきまーす・・・!」
と、甘い香りを堪能した俺は、少女の剥いてくれたモーモを一口で頬張る。
衝撃的な甘みと、とろけるような舌触り。濃厚な香りが口いっぱいに広がる。
爺さん、この出会いに感謝するといったな。俺も同じことを考えていたところだ。
<現金だねー、アルくんってば。くすくす・・・。>
なんとでも言え。この感動には、全てが霞むわ。
確かに、この美味しさなら、木々を焼き払った領主の気持ちも分からんでもないな。
すまない。侵略などせず、交渉にすればもっと早くに出会えたかもしれんのに・・・。
くっそぉー、我ながら軽率なことをしたものだ。
「気に入って頂けて、良かったです。そうそう!桃といえば彼女のことを思い出しますな!」
「ん?爺さんのか?」
「あはは!私の家内も、それはそれは、美しいものですが、それに負けず劣らず、美しい女の話を風の噂で聞きましてな。なんでも、国一番の美形だそうで。あちこちの大名がこぞって、嫁や妾にしようと、家に押しかけるそうですが、尽く、破談になるというのですよ。」
「ほー?まぁ、女がその気がないのなら、仕方ないだろうな。」
「いえいえ。それが、破談にしているのは、押しかけてきた男たちだというのです。」
「え?なんだそれ。身勝手な話だな。」
「女の名前は桃太郎。この国では、過去の英雄であり、今では化け物と罵られる変わった女ですよ。」
でも・・・と爺さんは顎の髭を撫でながら、首を右に左に捻りながら、言葉を続ける。
「私が思うに、桃太郎はやはり英雄なんですよ。実は過去に、私も救われたことがあるのです。当時、畑の作物を荒らしていた鬼たちがいましてね。そいつらを追い払ってくれたんですよ、彼女が。彼女はそうして各地を渡り歩き、同じような境遇の人々を救ったと聞いています。そんな、彼女が化け物なんて言われるとはね。彼女はさぞ辛い想いで過ごしていることでしょう。酷い話です。」
「ふむ・・・。そいつは、強いのか?」
「え?あぁ、そりゃもちろん!なにせ、鬼ヶ島という、鬼の拠点をお供と共に、乗り込んで潰してしまったそうですからね。」
「そうか。なら、桃太郎の家を教えてくれないか?諸侯を渡り歩いた桃太郎なら、俺の探している妖の長に、見当が着くかもしれんしな。」
「はぁ、確かに。では、街の近くですので、そこまで案内しましょう。」
「あぁ!ありがたい!」
手元の桃を眺めながら、まだ見ぬ、女に思いを馳せる。
かつては英雄と呼ばれ、今では化け物と恐れられる存在。
思うところがあり、俺はとても、他人の気がしなかった。
<アルくん・・・。大丈夫?>
「はは・・・。あぁ、大丈夫さ。昔のことだ。気にしちゃいない。それに、そいつに教えてやらんとな。“本当の化け物”は、どんなものかを。」
<ふふ・・・。悪い顔してるよ、アルくん。>
「そうか?まぁ、仕方ないだろう?俺は“魔王”なんだからな。」
くつくつと、笑いを浮かべて、俺は手元のモーモを食べ尽くした。