魔王は見知らぬ土地に転移したそうな
えーっと・・・。森?なんで?
「あれー?ここ、俺の故郷違うよ?美人さん?」
俺の故郷は暗黒大陸で、魔素が濃厚な、息をするだけでも吐き気のする場所だぞ?こんな、健康的に澄んだ空気はしてなかったはずだ。こんな、ぽかぽか陽気で森林浴出来そうな場所では決してない。てことは、ここは人間の領土か?
「うっそ、マジで?やばいじゃん。敵領土に単身で来ちゃってるよ。あの女、座標間違えたな!とんでもない、マブダチだ!」
来たものは仕方ないので、どうやって暗黒大陸に戻ろうかと考えていると、森の奥から数体の馬の嘶きが聞こえる。
それに男の怒号と誰かの悲鳴。なんだ?人がいるのか?
ちょうどいい。ここが何処か聞いてみるか。場所が分かれば、今後の方針も決めやすいし。
音の方に向かうと、盗賊らしき集団が、農民の馬車を襲っているようだった。まぁ、どこにでも居るゴロツキたちだな。
「金目の物はねぇか?なんでもいい!持って行けるもんはなんでも持っていけ!」
「や、やめてくれ!それは、村のもんたちが、丹精込めて作った野菜だ!それがなくなったら、売るものがなくて、村の皆が飢えてしまう!」
盗賊の頭の足に必死に縋り付く、爺さん。
どうやら、街に行く途中を襲われたらしいな。可哀想にー。
とりあえず、このまま様子を窺うことにする。
転移したばかりで、“コイツ”が起きてないし。
少しでも、ヤバそうなら、この岩でも投げつけて、撹乱するしかないな。
森の真ん中に鎮座している岩を、横目に見ながら考える。
んー?何だこの岩?投げる為なのか、変な縄が巻いてあるぞ?
「頭!荷台に、女がいます!」
「なーに?女だと、連れてこい!」
「やめろ!離せ!このっ!」
しばらく、眺めていると、荷台から女が引きずり降ろされていた。
短めの紅い髪を揺らして、女は後ろ手に縛られたまま、頭の前に連れ出される。
「んー。へへ・・・。こりゃ上玉だな。いい身体してるしよ、それに顔もいい。性格は・・・。」
「触るな、下衆め!」
「おっと、いいねぇ!強気な女は好きだぜ?俺たちのねぐらで、 たっぷり可愛がってやろうじゃねぇか。よし、連れてけ!爺さんは・・・村に戻られて仲間を呼ばれても面倒だな。・・・殺しとけ。」
女は盗賊に引き摺られように、盗賊たちの馬へ乗せられる。
「や、やめろ!お爺さん、逃げて!」
「あぁ!やめてくれ!頼む!命ばかりは!」
「観念しな、爺さん!」
泣き叫ぶ少女。無慈悲な盗賊の剣に写る爺さんの絶望的な顔。
まだか?そろそろやばい状況だぞ?
隣に鎮座した岩を持ち上げようと、縄を掴んだ瞬間、ブチり!と切れてしまう。なんだ、意外と脆いな。劣化してたのか?
気を取り直して、岩を持ち上げようと両手に力を入れた瞬間だった。
ピロピロリーン♪ピロピロリーン♪
と、胸元のアクセサリーから、明るい音が発せられる。
この音がなったということは、“アイツ”がようやくお目覚めのようだ。
「お、きたきた!遅いぞ?ルーシー。」
<Sorry.Master!起動まで時間がかかりました。早速、戦闘を開始しますか?>
「あぁ、よろしく頼む。とりあえず、目の前の雑魚共を一掃するぞ。使える武器は?」
<検索・・・。現在使用可能な武器は、魔剣ディアボロスのみです。>
「あら、マジで?珍しいね。それだけ、世界が平和なのかな?そうは見えないけど。」
アクセサリーを少し磨いて胸元にしまうと、収納空間から魔剣ディアボロスを抜き出す。軽く振って、集団の中に舞い降りた。
まずは爺さんを斬ろうとしている賊かな。
「あ?なんだ、お前は!?」
「名乗る程の者ではないよ。どうせ、お前ら全員、俺の糧になるんだ。知ったところで、無意味だろ?」
「は?何言ってん、だ、・・・ああぁー?」
ポカーンとしてる目の前の盗賊を、軽く真ん中から切り捨て、次の獲物へ。
仲間の死に、狼狽する獲物は実に狩りやすい。動きが単調になりやすいからな。
バッサバッサと賊を切り捨て、ついに盗賊の頭の前に立つ。
「ひ、ひぃ・・・!助けてください!お願いします!なんでもしますから!」
「あ、本当に?じゃあさ、ちょっと、質問に答えて欲しいんだけど。」
「は、はい!」
ガクガクと震えて、腰を抜かした賊の前に魔剣を突き刺し、ニッコリと微笑む。
「ここ何処?」
「え?は?え?」
「ここ何処?森なのは、分かってるんだよ。でも、具体的な場所が分からん。王都は近くにあるのか?森があるってことは、ジ厶ラール領?テルミサ領?アドベル領?くらいだろ?」
「お、俺にはなんのことか。」
「あ、そう。じゃあ、いいや。」
俺は立ち上がると、踵を帰して、縛られた女に近づく。
俺の隙を狙ってか、盗賊の頭は脱兎のごとく逃げ出した。
<Master.>
「ん?腹減ってるのか?好きにしていいぞ。」
<Thanks!>
男の逃げ去った先で、バクりと一口で物を食べる音と共に、悲鳴が聞こえた。
やれやれ、悪食にも程がある。おっと、目の前の女を解放してやらんとな。
「大丈夫か?災難だったな。」
「恩に着ます!ありがとうございます!」
「今は礼より、爺さんを助けたらどうだ?気絶してるぞ?」
「あぁ・・・!お爺さん!」
向こうで伸びている爺さんを指差すと、俺は魔剣をしまい、辺りを見回す。周りには賊の死体がゴロゴロと転がっていた。
とりあえず、貰っとくか。死体に集中すると、死体たちがズブズブと、地面に飲み込まれていく。先程までの光景など嘘のように、後には何も残ってはいなかった。
<あとで、ルーシーが美味しく頂きました♪>
「え?なに、急に。」
<の、No problem?>
「え?あ、そう?」
胸元に目を向けるが、それからは無言だった。
あぁ、紹介が遅れたな。
コイツは、俺のサポートをしてくれる貴重な魔道具だ。
一見、ただの水晶のアクセサリーだが、中には闇の大精霊が封じられている。
俺が2000年前に契約した大精霊ちゃん。ここ千年くらいで、自我が芽生え始め、よく喋るようになった。名前をつけたら、大喜びしてたっけ。懐かしいもんだ。
「そういえば、起きるのに時間がかかったな?」
<ジャミングが多く、端末へのリンクに時間がかかりました。申し訳ございません。>
「ジャミング?そんなの今までなかったのにな。」
<今は情報不足のため、回答できません。>
「そうか、珍しいな・・・。ていうか、さっきからその喋り方なんなの?機械的というか、なんというか。俺が死んでる間、また何か、読んでたのか?次はなんだ?漫画か?小説か?それとも、アニメでも見てたか?」
<の、のー?>
「嘘が下手クソか。すぐ、何かの影響受けるからな、お前は。」
<うぅ・・・ごめん。>
明らかに、しょんぼりとしてしまう大精霊。
「どんなキャラを纏ったとしても、可愛いことに変わりはないけど、一番はありのままのお前だよ。そのままでいいんだ、ルーシー。」
<ドキン!アルくん・・・。そんなん言われたら、惚れてまうやろー!>
かっちゃかっちゃと、胸元のアクセサリーが絶叫と共に暴れ回る。うるせー。
そうこうしていると、爺さんが意識を取り戻したようで、少女に支えられたままこちらへ向かってくる。
爺さんは目が合うと、ピタリと俺の顔を見て立ち止まった。少し、顔色が悪いな。襲われたから仕方がないとは思うが。
「・・・あ、危ないところを助けてくださり、本当にありがとうございます。」
「あぁ、こちらは問題ないが・・・俺より、爺さんは大丈夫なのか?顔色が悪いようだが?」
「はは・・・面目ない。さすがに、老体にこの出来事は毒でしかありませんでしたな。少し、すれば元に戻ります。お気になさらないでください。」
「そうか?ならいいが。」
「それより、旅の方ですかな?娘が言うには、賊に道を聞いていたと言っていたもので。」
チラリと娘を見やり、爺さんは首を傾げる。
「あぁ、そうだ。ここは人間の領土なのだろう?どこの領地か、分かるか?」
「ここは、各国から黄金の国と呼ばれる場所です。森林や田畑の広がるここは金下呼ばれています。鉱山が少ないため、金の生産が低いので、住民のほとんどは農民として生活しています。」
「へぇ。この国は、金の採掘が主なのか。あれ?金の採掘は、アドベル領じゃなかったか?」
にしては、俺の知っているアドベル領とは何処か違うような。
あ、そうだ。あそこは野菜なんて育てられる環境じゃなかったんだ。
金を好む魔物がウヨウヨしてたから、人間は悠長に採掘できないとか言ってたっけ。
金は魔術の道具になるからな。勇者に無駄に力を付けさせないために、俺様が配置した魔物たちなんだけどねー!
てことは、ここには俺の魔物たちがいるはずだが・・・。んー、気配がないな。
<んー、アルくん。多分なんだけどね?>
「なんか、分かった?」
<ここ、私たちの住んでた世界じゃないと思う。>
「え?ちょっ、またまたー。」
最初、冗談かと思ったが、ルーシーの声からそんな空気でもないことを感じ、魔力探知を試みるも反応はない。
<ね?>
「うーむ、確かに。」
ここが俺たちの世界なら、人間の領土だろうと、意外と近くに魔物の反応はあるものだ。生体の反応はあるものの、魔力は無いに等しい。全くの普通の動物と見ていいだろう。
こんなことは初めてだった。
「スライムすらいないのか?いや、今ではスライムすら魔王になる時代だからな、逆に良かったのかもしれんが。本当、怖いもんだ。とりあえず、ここは全くの別の世界としてこれから考えていくか・・・。」
<それがいいかと。>
俺たちはとりあえず認識を改め、今後の方針を決めようと話し合うことにした。何処か、この世界の情報が手に入りやすい場所はないか?
「なぁ、俺はこの世界・・・もとい、この国に初めて来たんだ。情報が欲しい。何かいい場所はないか?」
「それなら、私たちが向かおうとしている町は如何でしょうか?」
「それは、助かる。では、俺が二人の護衛を買って出よう。」
「おぉ!こちらこそ、助かります!よろしくお願いします!」
俺たちは握手を交わすと、最寄りの街へ目指して馬車を進め始める。
さて、この世界はどんなところか・・・。少しワクワクしている自分に気付いて、思わず苦笑してしまうのだった。