昔々、あるところに
誰もが知っているようで知らない話をしよう
昔々あるところに、一人の女が住んでいた
女は大変に働き者で、朝は山へ柴刈りに昼は川へ洗濯に行き、空いた時間は団子作りに勤しんでいた
女は大変にお金持ちであったが決して無駄遣いするような者ではなく、もしもの時のためにと、せっせと働きお金を貯めている堅実な者だった
さらにその容姿は並ぶ者なしと見る者全てに言わせるほど女は美しかった
噂を聞いた多くの大名が女を娶ろうと遠路遥々やってくるほどだ
女は無理難題をふっかけることもなく丁重に断るのだが、大名は諦めることなく幾度も女の家に訪れた
しかし、なぜだか、観念して女が『名』を明かすと大名は大変驚き、脱兎の如く逃げ帰ったそうだ
その女、名を「桃太郎」といった
やっと、九十九人目の色ボケ君主が泣きながら帰った日から、話は始まる
その日、女は相も変わらず団子を作っていた
蒸篭で黍と餅米を丹念に練った物を蒸すと、用意しておいた桃を手に取る
「ん、いい香りね~。」
鼻を近づけると果実の甘い香りが胸一杯に広がった
皮を剥くと、より甘い香りが辺りに広がる
実を切り、すり潰すと布で包み、果汁を絞り出していく
蒸し上がったものに少量の砂糖と果汁を合わせて再び丹念に練ると、一口大に千切り丸めていく
「よーし、できた!・・・でも、作り過ぎかしら?」
皿の上には桃太郎特製の黍団子が山のように積んである
とても女一人では食べきれない量であった
頬をポリポリと掻き苦笑すると、調理器具を片付け団子を持って縁側に向かう
今日は八月十五日、中秋の名月だ
薄を飾り、団子と里芋、枝豆や栗を盛り、御酒を供えて月を眺める日だ
女は満月を眺めながら、団子を口に放り込む
「んー!美味しい!我ながら、上出来ね♪」
自画自賛。しかし、その声に応える者はいない
鈴虫が鳴く声を聞きながら、苦笑すると酒を干し静かに天を仰ぐ
「お月様、あなたはいいわね。沢山の星たちに囲まれて。そんなあなたが羨ましいわ。星はいつも、あなたの側に居て瞬いてくれるもの。でも、私は一人。育ててくれたお爺さんもお祖母さんも今はいない。共に戦った仲間も今はもういなくなっちゃった。」
膝を抱えて、月に照らされた庭を見る
とても広い庭。毎日、女が手入れをしているため綺麗なものだが、あるのは池のみなのでなんとも殺風景に感じる
昔はここで沢山の人々と日常を過ごしたものだ
育ての祖父母
幼い頃に出逢った三匹の仲間
礼を尽くすために訪れた人々
もう、この家を訪れる者は無く
また、去るものもいない
「寂しいよ・・・。」
祖父母は天寿を全うされ
三匹の仲間はそれぞれの故郷へ帰り
月日と共に、礼を尽くす人々の足も遠退いた
あれから、五年
末永く幸せに暮らことはできず・・・二十歳になった私、桃太郎は膝を抱えて、涙を流す毎日が続いていた。