私の名前は……
「お願い! 僕にも貸してよ!」
「……ダメ、これは私のだから」
「お願いだよ~! 1回でいいから!」
「ダメったらダメ、悔しかったら取ってみなさい」
「うぅ~! いじわる~! ケチ~!」
ふと懐かしい事を思い出した。
いつもいじわるして困っている俺の顔を嬉しそうに見ているあの人の顔が浮かんだ。
あぁ……あの頃の方がマシだったな……
どうしてこうなったんだろう……
「誰だ!」
俺の部屋に居る不審者に向かって言う。
その不審者はスラリと長い手足で体は引き締まっていて、それでも出るとこは出ているので、おそらく女性だというのは分かるのだが問題はその顔だ。
なんと顔には俺の部屋から漁ったであろうパンツを被っているのだ。
……まあ俺のパンツはボクサーパンツなのでほぼ顔は見えているんだが……
一応その不審者に向かって言ったのだが、その不審者はおもいっきりパニックになっている。
「……もう帰ってきたの? こんなことしてるとこ見られるなんて……どうしよう……」
不審者は慌てているが少しして何か閃いたようでパッとこっちを見て
「……わ、私の名前は怪盗マスク・ド・パンツ! 世界中のパンツ狙う大泥棒! このパンツは私が頂いて行く!」
「いやいや、何だよマスク・ド・パンツって……世界中のっていうか俺のしか狙ってないでしょ?」
「いいえ! 私は世界中のパンツを狙っている、決してハルのパンツだけではない!」
「そういえば昔からたまにパンツがなくなるな~って思ってたけどまさかあんたの仕業だったとはな……」
「姉ちゃん」
そう、この人は俺の実の姉でクリス。
剣術も天才的、魔法も得意で両親の良いとこ取りをしたような人で、顔もどちらかというと父さんの家系に似て、可愛いというより綺麗な顔立ちをしている。
家族以外にはクール系美少女とか思われてそうだけど、実際は弟の俺の困った顔を見て喜ぶSっ気がある姉だ。
そして俺のパンツを盗んでいく変態だ。
最初は多分パンツがなくなって困っている俺を、遠目から見てよろこんでいただけなんだと思うのだが(困った俺の顔を一通り見たらパンツは返してくれた)その内パンツは返ってこなくなり、しまいには俺が気づかない内に持っていってしまうようになった。
俺のパンツなんて持っていってどうしてるのかと思ったらまさか被ってるとはな!
「姉ちゃん、とりあえずパンツ返してくれよ!
」
「私はマスク・ド・パンツ! 姉ちゃんじゃない……」
「いや、ほとんど顔見えてるし!」
「違う! ……そう思うのはあなたの心の闇のせい、パンツを覗くと闇があなたを錯覚させる……」
「いや意味わからない! 闇どころかガバガバだから! 光といってもいいくらいバッチリ見えてるぞ!」
「かわいそう……もう闇に飲まれてる……」
「かわいそうなのは姉ちゃんの頭だよ!」
「ハル! ちょっとなに騒いでるの! 近所迷惑よ! ……ってあらクリスじゃない? 帰ってたの? ていうかまたハルのパンツ被ってるの? やめなさいって言ったでしょ!?」
「違う! 私はクリスじゃない! 私の名前は……」
「ハルちゃ~ん、ソフィー、ご飯にしましょう♪ ってクリスちゃん! おかえり~♪ またハルちゃんのパンツ被って~! そんなにいいの? 今度ママもやってみようかしら?」
「だから! 私の名前はマスク・ド……」
「ハル! さっきから騒いで! 母さんがご飯だって言って……ってクリスじゃないか! 帰ってきてたなら挨拶ぐらいしなさい……何でパンツ被ってるんだ? 恥ずかしいから外ではやるなよ?」
「もー! だ・か・ら私のな……」
「姉ちゃん、いい加減あきらめて……」
「姉ちゃんじゃないもん!!! クリスじゃないもん!!! マスク・ド・パンツだもん!!! うわ~ん!」
何か叫んで窓から飛び出して行っちゃったよ……最後まで姉ちゃんだって認めなかったな、何か俺の知らないとこで色々バレてたみたいだけど、てか俺のパンツ返せよ! すると……
「……ただいま」
普通に玄関から帰って来やがった!
さすがにもうパンツは被ってないな。
「……おかえり……俺のパンツは?」
「……何? 何の話? 今帰ってきたばかりだからよくわからないわ」
「だから! さっき被ってた俺のパンツだよ!」
「? さっぱりわからないわ?」
「とぼけやがって! さっき散々マスク・ド・変態とか言ってただろ!?」
「違う! マスク・ド・パンツ! 変態じゃない!」
「やっぱり分かってるじゃねーか!」
「知らない! ただ風の噂で聞いただけ」
「もういいから! とりあえずパンツ返して下さい!」
「パパ、ママ、ただいま戻りました」
「クリスちゃんおかえり~♪」
「クリスおかえり、今度はゆっくりしていけるのか?」
「うん、今回はゆっくり出来るように予定組んできたから大丈夫」
「そうか! とりあえずみんなこれからご飯なんだけど何か食べてきたのかい?」
「ううん、何も食べてないからお腹ペコペコ」
「それじゃあみんなでご飯にしよう! ハルもご飯にするぞ!」
「…………」
何かもう何もなかった事になってるよね? 俺のパンツはもう戻ってこないな……
食事中も何事もなかったかのように過ごす姉ちゃんを横目で見ながら、もうパンツの事は諦めて気になっていた事を聞いてみた。
「そういえば姉ちゃん、今回は帰ってくるのが早かったね? 大体いつも1ヶ月は帰って来ないだろ?」
姉ちゃんは家の仕事の手伝いと修行も兼ねて父さんの代わりに地方の仕事を受け持っている。
基本父さんは母さんから離れたくないから地方の仕事があるとほとんど部下に任せているが、部下でも回りきれない場合姉ちゃんに行ってもらっている。
大体そういう仕事の大半は遠すぎるので、部下の人達に行かせたら何人も行かなきゃならないし、こっちの仕事が回らなくなる。
その点、姉ちゃんだと基本1人でも戦力的にも十分だし、1人だと身軽で仕事の期間も予定より短くなる事が多いから最近ではそういう仕事のほとんどが姉ちゃん担当になっている。
だけど今回は出発してから2週間もたっていない。
「今回の仕事はいつもに比べて短く済みそうだと思ったから頑張って早く終わらせた」
「えっ? どうして?」
「だってもうちょっとでハルの卒業式でしょ?私も行きたいから」
「えー! そのためだけに?」
「ハルの卒業式は一生に1回だけ、だから見に行きたかった」
「別に来てもいいけど俺は特に何もすることはないしほとんど座ってるだけだよ?」
「それでもいい、記念だから」
「それならいいけど……」
「それにこれからは1ヶ月も行かなくてもよくなると思う、仲間が出来たし」
「えー! ぼっちの姉ちゃんに仲間!? どこで知り合ったの?」
「もうぼっちとは言わせない、それに仲間というより同志、街の酒場て情報収集してる時に出会って共通の話題で盛り上がってパーティーを組むことになった」
「よくわかんないけどぼっち卒業出来てよかったね!」
「とても気が合うから友達と言ってもいい、今度機会があったら紹介する」
「うん、姉ちゃんの友達か~! どんな人だろう?」
食事も終わり自分の部屋で寝転がっていたが
「あぶねー! 忘れるとこだった!」
姉ちゃんと普通に話してて忘れてたが俺のパンツ!
「姉ちゃん! 入るよー!俺のパン……」
姉ちゃんの部屋のドアをノックして入ると……
俺のパンツを被った変態がいた!
「私の名前は……」
「もういいから! いい加減返して!」
「……ダメ、これは私のだから」