邪術①
本腰を入れて動き始めたアルゲティ。だが事態は加速度を増し、ヤフヤーは明らかに異変の様相を呈する。
アルゲティは午後の修行を辞し本格的に動く事にした。まず他の道士達に王向賽の為人を聞いてみた。その結果――実力は確かで、かつては武当山で一二を争う程だった事が分かった。その後どういう訳か修行を怠るようになり、最近では邪な術の研究に手を染めているという噂がある事も。
――これは拙い。非常に拙い事態なのかもしれぬ――
思い切って宋に相談してみる事にした。やはり一番信頼できる相手は彼しかいない。午後の修行が終わった後、事情を打ち明けてみると半ば予想した通りの反応が返ってきた。
「そうですか……王向賽もかつては尊敬していた先輩道士だったんですが、今は……。しかしヤフヤー殿が巻き込まれていたとは。邪術に影響されていなければいいのですが」
「影響と?」
「はい、邪術はその名の通り邪気を発する事が多いのです。それを浴びていれば体にも良くありませんし、精神的にも……」
「なるほど……感謝申し上げる。今後ヤフヤーには常に誰か付けておく事にいたす」
「私も王の行動には目を配る事にしておきます」
一礼をして別れ、宿舎に戻るとワリードをその任につけた。結果、王向賽との接触は無くなり修行にもちゃんと出てくるのだが、何故かヤフヤーは病的なやつれ方をし始めたのだ。頬はこけ、目は落ち窪み濃い隈ができ、肌は乾燥し声もかすれてきた。鍛えられていた体は痩せ細り、筋肉も失われ脇には肋骨が浮き出ている。
医師に診てもらっても全身の虚弱、特に腎虚の症が強いとの事しか分からなかった。
「腎虚……?」
「つまり房事――まぐわいのし過ぎによる気の虚脱ですな」
快楽に溺れ体を壊すなど愚の骨頂だが、この武当山でそんな事が出来よう筈もない。一体どういう事なのか、問い質してもヤフヤーは自分にも分からないの一点張りだ。
日中は間違いなく自分達と共にいるのだから、何かあるとすれば夜――アルゲティと宋は不寝番をする事に決めた。
事態は早速動きを見せた。その夜――夜中を過ぎた頃、ヤフヤーがむっくりと起き上がり、千鳥足でよたよたと宿舎を出ていくではないか。明らかに様子がおかしい。二人は頷き合って後をつけていく事にした。
尾行を始めてすぐに奇妙な事実に直面した。ヤフヤーは間違いなく千鳥足だ。特に急いでいる様子もない――なのに追いかける二人は走っていかなければ引き離されてしまうのだ。「宋殿、これは一体……?」
「恐らくは縮地の術でしょう」
「地面を縮めて高速で移動すると言う方術……」
「それだけではありません。伝承によれば龍神が自分と敵との間の地面に水を流し込んで距離を引き延ばしたという術があります。それも縮地の一環と言われています。ヤフヤー殿はそれを同時に使っているのかも知れません」
「なんと……しかしヤフヤーにそこまでの事が出来ようとは……正直、信じられぬ……」
「才ありとは言え、熱心に修行に励んでいたとは言えませんからね。ならば……」
「誰かがヤフヤーにそれら込みで術を掛けた」
「そう考えるのが妥当でしょう」
「おのれぇぇぇぇ! 我が部下に何たる事を! 何処の誰かは知らぬが相応の報いをくれてやるぞおぉぉぉ!」
アルゲティが吹き上げる強烈な怒気を感じた宋が術者に同情した頃、ヤフヤーと追跡者二人は武当山の麓まで差し掛かっていた。
それからしばらく追跡は続き、どことも知れぬ村の外れにある墓地に辿り着いた。二人は物陰に身を隠し様子を伺う。アルゲティの巨体も上手く隠している。と言うよりも影忍びの術で、体の一部を隠していれば人の意識から隠れられるという便利な術だ。意識されなければ見えていても分からない。精神的な迷彩と言ってもいいだろう。
二人が見守る中、ヤフヤーがフラフラと近付いて行くのは――墓地の奥に座る一人の男だった。その顔には見覚えのあるドジョウ髭がある。
「あれは……」
「王向賽師兄……まさか……」
今回は短めの更新です。
よろしければお付き合いください。