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武当山③

やっとヤフヤーが戻って来た。サボっていた間に何をしていたかを聞いたところ……。

 皆心配しながら待ち続け、結局ヤフヤーが帰ってきたのは食事も風呂も終え、夜も更けた頃だった。

「そなた一体何処に行っておったのだ!」

「いや~その……何と言うか……ちょっと……あの……」

「ハッキリせんか! 年寄りの小便でもあるまいに、ウダウダノロノロチョロチョロと!」

 アルゲティの大音声で窓がビリビリと震えた。外部の者はさぞかし驚いたであろう――と思うところだが、そこは用心深く「防聴の法」で予防線を張っている。室外に内部の音声が漏れる事はない。

 ただし室内の者には普通に聞こえるので、サイード以下全員しばらく耳がキーンとなり、のたうち回る羽目になってしまった。

「よいか、我らがスレイマン陛下から……」

「あ、あの副団長殿……今はよく聞こえませんので……」

「うぅ……すまぬ……」

 部下からの意見を率直に聞き入れるのはこの巨漢のいいところである。自分が何かと規格外なのを理解しているのだ。暫く待ち、全員の耳が回復してから改めてヤフヤーを問い詰めた。

「ゴホン! よいか、そなたが自由時間に何処へ行こうと、祖国の名誉を傷つけなければ構わぬ。そなた一人だけ修行が遅れるのも自分の責任。されども!」

 全員が耳を抑える準備に入った。

「何処かへ行くなら必ず事前に連絡するよう申し渡しておろう! ましてや修行をサボるだなどと! 我らが賜った勅命を忘れたか! この愚か者! 馬鹿者! 痴れ者! 虚け者! 頓痴気! すっとこどっこい! 」

「ふ、副団長殿! とりあえずその辺で……話が進みません」

 必死に耳を抑えてサイードが進言するものの、アルゲティの大声にかき消されて聞こえないらしく、罵倒の語彙を使い果たすまでそのまま二分程も続いた。

 涙目になったヤフヤーがようやく口を開き(何も言えなかっただけかも知れない)白状したところによると、昼食時に共に出かけた王向賽と共に闘蟋(とうしつ コオロギの相撲)という賭け事に熱中していたというのだ。アルゲティの額に血管が浮かび上がり、握り締めた拳が震えている。

「この……この大馬鹿者がぁぁぁぁぁぁ!」

 全員指を耳に突っ込んで備えていたが、それも空しく揃って吹き飛ばされていった。

「そなた勅命を何と心得る! 身命を賭しても果たさねばならぬ! 己の全てと引き換えにしてでも陛下のご恩に報いるべく成し遂げねばならぬものを……この……この……この馬鹿垂れ! すかたん! ひょうろく玉! あほんだら!」

 先程よりも少々柄が悪くなった罵倒の語彙を使い果たし、ようやく呼吸を整えたのは更に数分後の事だった。更にヤフヤーが自分の持ち金を全て失ってしまった事を聞き、三回目の罵倒に入るところだったが、サイードが必死になだめて事なきを得た。全員がホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。

「とにかくだ! そなた、明日から心を入れ替えて修行に励むのだ。よいな!」

 ぐったりとしているヤフヤーの耳に届いたのかどうか、それは偉大なるアッラーにしか分からないのだろう。


 翌日。ヤフヤーは朝の修行には顔を出したものの、午後はまた姿が見えない。

 嫌な予感に襲われたアルゲティは宿舎に走った。そこで見たのは床に飲み込まれかけたヤフヤーの哀れな姿だった。アルゲティが管理している荷物を漁ろうとして、警備の為にかけていた防護術にかかったのである。

「なんと浅ましい……おおかた路銀に手を付けようとしたというところであろう」

「ふ……副団長殿、どうかお赦しを……」

「ならば二度と博打に手を出すでない! 偉大なるアッラーとクルアーンにかけて誓うか?」

「誓いますぅ……」

 ずぶ濡れの子犬よりも哀れな涙顔で懇願する部下を助け、改めて防護の術をかけ直してヤフヤーに向き直った。

「そなたが道を踏み外したのは拙者にも責任があるな……すまかった」

 アルゲティが頭を下げるとヤフヤーは慌てて這いつくばり改めて許しを乞うた。双方気が済むと腰を下ろし腹を割って話し合う。

「そなた、一体どうしたというのだ。元から口数は多かったが決して不真面目ではなかった筈。だからこそ選抜したのだぞ」

「それが……私自身にもなんとも……どうもあの王向賽殿に誘われると断れないというか……ついフラフラとついて行ってしまって……」

 という事はあの王向賽が何か企んでいるのか。その標的としてヤフヤーを選び精神魔術かなにかをかけたのか。まだ断定は出来ないが、備えておくに越した事はない。防護の術を厳重にかけ直し、修行場に戻って全員に精神防御の術をかけさせた。

 翌日、またも王向賽とヤフヤーが一緒にいるところが部下のターヒルに目撃された。ヤフヤーは誘いを断ろうとしていたが、遂には折れてついて行ったというのだ。

 アルゲティは激昂しそうになったが一つ大きな溜息をつくと、両頬を叩いて心を落ち着け腕組みをして考え込んだ。何故そこまでヤフヤーを誘うのか。確かに才能はあるが、お喋りな上にお調子者なところもある。そこを狙われたのかもしれない。お喋りでお調子者という事は、それだけ心理的防壁が低いという事だ。それは同時に精神防御の術も効きにくいという事に繋がる。

 まだ王向賽が何かを企てているという確証はない。単に遊ぶ為の誘いなのかも知れないが、勅命を果たせぬようでは許す訳にもいかないのだ。



少々更新の間が空いてしまいました。またボチボチと更新していきますので、よろしければお付き合いください。

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