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武当山②

修行が本格的に始まった。しかし信仰上の問題が発生。異教徒の術を学ぶなら当然の事なのだが、失念していたようで……。

 割り当てられた宿舎に荷物を置き、渡された道士服に着替え、総館長に挨拶をし、帝からの書状を渡して修行の許可を得た――のはいいが、問題が発生した。礼拝や食事のタブーは配慮してもらえるのだが、道教の術を学ぶのであればいわゆる改宗をしなければならないというのだ。

 これは敬虔なムスリムであるアルゲティ達にとっては大問題である。異教徒となってしまえば死後の救いもなく、祖国に帰っても石を持って追われる羽目になってしまうのだ。豪胆なアルゲティでさえ青ざめてしまう程の絶望感、神話的なまでの恐怖に駆られる始末だ。

 ただならぬ様子を見て取った総館長は半聖半俗という立場を提案した。これなら道教の門を叩きながら「半俗」の部分でムスリムでもいられよう――少々強引な理屈だが、君命を果たしムスリムでもいる為にはこうするしかないのではないか。

 そう言われれば反論も出来ない。何よりも今は自分達だけで判断するしかない状況なのだ。なにしろ自分達に与えられた時間は一年しかない。本国まで使いを出し、ハリファ(イスラム教指導者)の支持を仰いでいては時間を大幅に無駄にしてしまうだけだ。ここは総館長の言葉に従う以外の選択肢が浮かばなかった。

 そうは言っても宗教的罪悪感は簡単に拭い去れるものではない。アルゲティ達は聖地に向かい、何度も何度も贖罪の祈りを繰り返し捧げたのだった。


 修行の第一歩は精進潔斎である。瞑想と特定の呼吸法、それに加えて精進料理で心身を清め、修行に入れる状態に持っていくのだ。アルゲティ達にとって瞑想や呼吸法はお手の物なのだが、精進料理が辛かった。仏教徒同様に生臭物や五葷ごくんと呼ばれるニンニクやニラ、玉ねぎなどが禁じられている。これを禁葷食(きんくんしょく)と呼ぶのだが、これらの食材はトルコ料理でもよく使われる食材なのだ。

 異国の地で馴染みの食材さえ口にできないというのは何とも切ないものである。最初こそ物珍しさで気付かないが、落ち着いてくると懐かしさに駆られてしまうのが人情だ。

「副団長殿……やはりこう……イズミル・キョフテ(イズミル風肉団子煮込み)やチョバン・サラタス(羊飼いのサラダ)が恋しいですなぁ……」

「うむ……さすがに拙者もちとな……。が、しかし! これも君命を果たすため! 愚痴や弱音ならば拙者が幾らでも聞いて進ぜよう! さぁドンと来るがよい!」

 勢いよく分厚い胸を叩くと、反動で口の端から粥の粒が飛び出した。

「副団長殿、気負い過ぎです」

「いやすまん、サイード」

 ターバン無しにも馴染んできた頭を掻くアルゲティがチラリと横目で見たのは、口数の多い部下のヤフヤーと彼に何かを話しかけている先輩道士でドジョウ髭がご自慢の王向賽ワンシィァンサイだ。仲がいいのは喜ばしい事だ。現地での人脈づくりにもなるし、遊行の日々の息抜きにもなろう。が、どうもこの所ヤフヤーの生気が薄れているように感じるのだ。

 郷愁に駆られただけかと思っていたが、王向賽に向けた笑顔が霞でぼやけたような印象を受けた。どうにもそれが引っかかる。

 気づかれぬように様子を伺っていると二人連れだって何処かへ出て行ってしまった。もうすぐ午後の修行が始まるというのに。

「これは気にかけておかねばな……」

 修行が始まってもヤフヤーは来なかった。行が遅れるのは本人の責任として、まずは自分たちの修行である。ヤフヤーは後で話を聞けばよい。

「皆さんの精進潔斎も完了しましたので、今日から吐納導引(気功)の行に入ります。これは動作と呼吸、そして意識を一致させる事で天地に遍く存在する万物の『気』を取り入れ、同時に体内で発生・強化し自在に操るというものです」

「副団長殿……」

「うむ。宋世栄殿。実は……」

 アルゲティは自分が天地の精気を取り込める事を打ち明けた。これは吐納導引が出来るという事である。教官役である宋は目を丸くした。この技術は「絹の国」以外では全くと言っていいほど聞かないのだから。

「これは驚いた……オスマン帝国には同様の技術があるのですか?」

「いや、これが出来るのは偉大なる団長殿と拙者だけでござる」

 宋は形の良い顎に手を当てて頷いた。つまり件の団長とアルゲティだけが特殊なのであり、一つの技術体系として確立しているわけではないのだ。更に聞きこむと、どうやら天地の精気を肌で感じ、それを意識で取り込むという事だった。

「なるほど、それは既に上級者のやる事ですね。皆さんにいきなりそれは難しいでしょう。まずは皆さんに初級の――まず気を発生強化し感覚化して、動作で直接取り込む段階をやりましょう。アルゲティさんは……」

「拙者もそれをお願い致す」

「しかし貴方は……」

「指導する立場として会得しておくべき事柄。是非とも!」

 こうしてアルゲティも初級段階から学ぶこととなった。吐納導引の術は幾つかの原則がある。まず複式呼吸。軽くひざを曲げ、呼吸に合わせて体全体を上下に軽く揺らす事。頭頂を天に向かって伸ばす感じで背中を真っすぐに保つ。尚且つ余計な力を抜き、体を緩める。

 これらに加えて特定の姿勢や動きで気を発生させ、強化していくのだ。アルゲティと部下達は元々魔力を扱う関係上、一般人よりも超感覚が遥かに鋭い。すぐに気の感覚を掴み、メキメキと上達し外界の気を取り込める様になるのに半日もかからなかった。

「さすがですね。明日は次の段階に入る事にしましょう。今日はここまで」

 拱手(右拳を左掌で包む)で一礼し、宿舎に戻った。ヤフヤーの姿はまだ見当たらない。夕暮れ間近だというのに。一体何処に行ってしまったのか。



修行の内容もですが、いちいち調べながらではなかなか進みません。特に武当山の管理体制だとかはもう、調べても分からないし……なのでそういった部分は完全に想像で書いています。ご存知の方がいらっしゃいましたら、どうかご教示ください。

それでは、もうしばらくお付き合いいただけたら幸いです。

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