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武当山①

 武当山に辿り着いたアルゲティ一行。しかしトラブルの種は尽きないのだった。

 武当山ウーダンシャンは湖北省にあり、その周囲は約七百里(約四百キロメートル)にもおよび、その中に七十二の峰がそびえる広大な山である。また山腹には道観(道教寺院)が無数に立ち並ぶ。それらは天人合一の思想が反映されて建築・配置されている。

 そう説明されても異国人であるアルゲティ達には「ほう」「なるほど」などと曖昧な返事しか出来る筈もない。説明した道士もその反応を予想していたようで、「いずれ理解できますよ」と笑顔で流してくれるのだった。

「ここは元代に戦乱で焼かれてしまったのですが、永楽帝の御代に再建されました」

「失礼な質問ながら……祀っておられる玄天真武大帝(玄天上帝)の御加護は何処へ?」

 道士は怒った風もなくアルゲティに向き直り、聞き取りやすく少しゆっくりと身振り手振りを加えて話した。

 この国の根底にある信仰――道教においては神々も絶対の存在ではない。天界にも役所や昇進試験があり、それを真似て地上の役所や制度が出来ている。そして天界で決められた運命――天命は神々でも変える事は出来ないのだと。

 アルゲティは頷きながらも考えてしまう。それは全ての物事を諦めているか、現状を甘んじて受け入れているだけではないのか。それがこの国の考え方ならばそれでいいが、どうも自分とは相性が悪いようだ。

 思索の中でアルゲティはこの山に到着した時の事を思い出した。長い長い坂道を上り続け、山門に辿り着いた矢先に門番達に詰問されたのだ。

「止まれ! 怪しい奴らめ、この聖山に何用か!」

 その視線は頭に巻いているターバンと顔の間を忙しく往復している。

「ふむ、このような田舎の門番はオスマン帝国の人間を見た事が無いのも道理。非礼も一度は許してくれよう。我らはオスマン帝国よりの使者。そなた等の皇帝より書状を賜り、この地で一年間の修行を許された。責任者に取り次ぐがよい」

 懐から書状を取り出そうとした瞬間、二人の門番が二本の棍(一メートル程度の木の棒)を突き付けた。

「動くな! ゆっくりと手を上げろ……」

「無体な奴らめ。客人への礼も知らぬか!」

 巨漢の怒気に触発されたか、左右の棍が突き込まれた――それは虚空を突き抜け、二人の頭部がゴツンと鈍い音を立てて激突した。いつの間にか背後に回り込んだ巨漢が「手が汚れた」と言いたげに手をはたいている。部下達も副団長の動きが分からなかった。いつもながらこの男には驚かされる。

 巨大な門が開き、アルゲティに劣らぬ巨漢が姿を現した。

「門番長だ……これでこいつ等もお終いだ」

 門番達の声に部下達がどよめいた。いや、彼らの副団長に匹敵する巨漢の姿にだろうか。

「モンバンチョウ……貴様が門の番長か?」

「違う! 門番の長だ! だいたいバンチョウとはなんなんだ!?

怒鳴る間もアルゲティの顔とターバンをしげしげと見比べている。

「拙者も知らぬ! そう聞こえただけだ!」

「おのれ! 見た目も言葉もおかしな奴めが!」

「何を抜かしおるか! 無礼な奴らの長はやはり無礼な奴よ!」

 売り言葉に買い言葉の見本である。こうなると、言葉のぶつかり合いから肉体のぶつかり合いになるものだ。巨漢達も例外ではない。牽制もなくいきなりのフルスイングの拳打が飛び交う。互いに腕でガードしてはいるが、その腕すらも砕けよとばかりに打ち合いが続く。肉を殴打する鈍い衝撃音が響き渡る。その衝撃で互いの足がじりじりと後方に押しやられていく。その分を互いに詰め、威力の減少を補う。

 誰も声を出せない凄まじい闘争に変化が訪れた。中段から上段への拳打を潜り抜け、アルゲティが更に間合いを詰めようと踏み込んだ――瞬間。門番長の体が沈みアルゲティの足が払われた。前掃腿だ。

 アルゲティの足が空に向かって跳ね上がり、尻が大地に叩きつけられた。そしてそこは坂道だった。前掃腿で倒れた勢いと重力の連携で上体が後ろに倒れ、そのまま回転を繰り返し長い坂道を転げ落ちていく。

「ぬおぉぉぉぉ!?」

「副団長殿ぉぉぉぉ!」

 予想外の展開に門番長も動きが止まってしまった。どれだけ落ちたのか、巨体が小さくなりかけた頃、タイミングを見計らって両脚を伸ばして踏ん張り、後方回転を止めた。今度は転落の数倍もあろうかという勢いで坂を駆け上る。

「おのれぇぇぇぇ! もう手加減せぬぞぉぉぉ!」

「でたぞ、副団長殿の無限の活力が」

「これで門の番長も終わったな」

「門番の長だったろう、たしか」

 彼らの副団長が健在である事が分かったからなのだろう、割と落ち着いた会話を交わしている。それに見向きもせず、風を巻いて駆け上がると猛虎の如く門番長に襲い掛かった。

 対する門番長は腰を落として待ち構えていた。迎撃に用いるのは中国武術の大基本――中段縦突きだ。最も安定する打撃こそが最適なのだろう。拳と巨体とがうなりをあげて激突する――かに見えた瞬間。薄皮一枚の差で左に躱した。だがその分だけ敵に近付き過ぎた。これでは有効な打撃が出せない。

 ――ならば――

 咄嗟に右腕を門番長の喉に叩きつけた。ゴポンという耳慣れない打撃音が響き、被害者の体が腕を軸に一回転して地面と衝突する。

 現代でいうラリアットが炸裂したのだ。完全にのびてしまった門番長を見やり、大きな息を吐く。久し振りの激戦だったのだろう。改めて門をくぐろうとした時、数十人の道士が殺到してきた。騒ぎを聞きつけたのか。

「副団長殿……どうすれば……」

「ええい、こうなれば全員まとめて打ちのめしてくれようぞ! その方が話が早いわ!」

「幾ら何でも無理ですよ! 何の解決にもなっていませんし!」

 暴走しそうな副団長を必死になだめる部下達に救いの神が現れたのはその最中だ。

「これはまた派手な歓迎になってしまったものですね。ですが、連絡が遅れてしまったのはこちらの不手際。お詫び致します」

 拱手で一礼した道士は周囲の者達とは一味違う雰囲気をまとっていた。

「そなたは?」

「申し遅れました。私は宋世栄ソンシーロンと申します。あなた方の指導役を申し付かりました。よろしくお願いいたします」

 丁寧な礼を受け、アルゲティ達は自分達がやっと受け入れられた事を理解したのである。それにしてもこの排他性と、それを上からの命令であっさりと覆す変わり身の早さは何としたことか。彼らの民族性なのか処世術なのか判然としない。だがこれが彼等の神が与える理不尽な運命への従順性の源なのかもしれない。アルゲティの頭の片隅にそんな思いが刻み込まれた。


ここから修行パートに入ります。「黒い碑の魔人」では既に完成された実力だったアルゲティにも、汗と涙の修行時代があったのです。

自信過剰男の苦労譚、お付き合いください。

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