謁見①
今回は短めですが、区切りがいいのでここでUPさせていただきます。
それから約一ヵ月、オアシスの周りに出来た宿場で交易をしながら旅を進め、盗賊も何度となく撃退してなんとか目的地――「絹の国」に辿り着いた。それでもまだ西の端である。そこから明王朝の都――北京に辿り着くには更に数十日を要した。とはいえ「絹の国」に入ってからは街道もある程度以上整備されている上に、交易のおかげでアラブ人街も転々とあって快適に過ごせる事も幾度かあった。
北京に着いてからは使者が使っている定宿「楊明大酒店」を拠点とした。北京にも回族(イスラム教徒。元代に官吏に登用され北京に移住した)街はあるが、やはり謁見や儀礼、宮廷の使者との連絡も考えれば自分たちが合わせるべきであろうと考えての事だ。戒律の多い食事や礼拝は回族の街――牛街ですればよいのだ。
無論言葉の壁を乗り越えるべく事前に北京の公用語は学んでいる。魔導書の研究もしている彼らにとって、それは比較的越え易い壁と言えた。
旅の埃を落とし、服装も宮廷用の色鮮やかなカフタンに着替え、身支度を整えてから王宮――紫禁城へと向かった。広大な宮廷の入口たる午門へと辿り着いたが、当然ながら衛兵に止められ問い質されてしまった。禁城(庶民などが勝手に出入りできない城)と呼ばれる所以である。しかしアルゲティがジロリとねめつけるや衛兵は完全にすくみ上ってしまった。
「な……なんなんなん……お、おまお前ら……」
こうなればしめたものだ。浮足立った相手ほど「精神魔術」にハマりやすいものはない。右手の指先でススっと魔方陣を描くと呪文を唱えた――タンブラン・タンブルン・ボアボムボア・ネミドパラル・パラルネムト・プルン――その指を衛兵の鼻先でパチンと鳴らした。
するとどうだ、衛兵は十年来の友人の様に親し気に振る舞い、順番まで早まるよう便宜を図ってくれたではないか。
「いやぁかたじけないな、衛兵殿。ハーッハハハ!」
「何を言うオスマン帝国からの使者殿。私とそなたとの仲ではないか」
こうしてアルゲティ一行はかくもスムーズに(賄賂も使わず)謁見へと漕ぎ着けたのである。
が、事はそう簡単には進まない。それほど甘い世界ではないのだ。まず紫禁城それ自体の巨大さがある。南北が三百丈余り(明代:九百六十一メートル)、東西が二百三十五丈余り(七百五十三メートル)もある。城というよりも一つの都市だ。更に城壁の高さが四丈足らず(十二メートル)、厚さも底が三丈足らず(十メートル)、頂が二丈足らずから二丈余り(六から七メートル)というスケールだ。城壁には東西南北と四隅に門があり、城内には幾つもの壮麗な宮殿が並ぶ。それを眺めるだけでも一日を過ごせるだろう。
謁見が行われるのは皇帝の居城である皇極殿だが、アルゲティ達は中和殿で待機するよう伝えられた。そして一行が呼び出されたのは二時間程も経ってからの事だった。
理由は察しがつく。陸路を通過しての使者はこの時代には極めて稀な存在だ。陸の「絹の道」はモンゴル勢力に支配されており、「海の道」しかまともな交易ルートは存在しないのだ。それも洪武帝により「海禁令」が出され、政府の交易以外は認められていない有様なのだ。
それをわざわざ困難な陸路でやってきた一団――警戒されるのが当然である。
案の定、アルゲティ一行は厳戒態勢で迎えられた。三方は武装した衛兵に囲まれ、玉座に至る階の両横にも兵士が立ちはだかっている。アルゲティ以外はすっかり萎縮している有様だ。
対して衛兵や並みいる重臣達は先頭に立つ巨漢に目を奪われていた。何よりも玉座におわす帝自身が、その偉丈夫ぶりに嘆息していたのだ。
その身に纏う精気と覇気がただ事ではない。それらが物質化して不可視の甲冑となっているような錯覚すらおこすのだ。
色々と調べながらの執筆です。間違いがあるかもしれませんが、お気づきの際にはご一報くださると嬉しい限りです。