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エピローグ

いよいよアルゲティ達が帰国する時がやってきた。

それぞれの思いが今、交錯して形を成す……。

 武当山に戻った一同は日常に戻り――アルゲティ達は旅立ちの準備に取り掛かった。と言っても大した荷物も無い上に、指導者たる巨漢が見た目によらず綺麗好きなので普段から整理されており、荷造りと宿舎の掃除まで半日とかからず終えてしまった。

 予定よりもかなり早いが総館長の元を訪れて出発の意思を伝えると、総出で見送りをしてくれる運びとなった。

 門を出るので当然ながら門番長もいる。

「あの時は失礼いたした」

「いや、こちらこそ。もう歯が立たんだろうからな、次に来る時は間違わんようにしておく」

 拱手で一礼を交わした。。

「皆さん、これからも精進を怠る事のなきよう。王向賽の事は私にお任せ下さい。またいつの日にかお会いしましょう」

「宋殿、一同を代表して心からお礼申し上げる。貴方にはどれだけ感謝しても足りませぬ。王向賽の事、心配は必要ありませぬでしょうが、くれぐれもご用心を……」

 拱手で深く一礼を交わす。

「そなたらはまことに良く励んだ。妖物退治で示したように、十分な功を積んだと言えよう。我が門下に欲しい程じゃ。が、君命とあらば仕方ない。祖国に帰り、存分に尽くすがよい」

「総館長、この御恩は一生忘れませぬ。それではこれにて……」

 踵を返そうとした時、女性の呼び声が聞こえた。木蘭だ。

「アルゲティ様、これをお持ちください」

 手渡された包みから出てきたのは大ぶりの古めかしい剣だ。鞘と柄こそ年代を感じさせるが、剣身は眩く輝き、手入れが怠りなくされている事が分かる。

「これは見事な……よいのですか?」

「はい。父の形見で先祖伝来の物だそうですが、私には重すぎて扱えません。ならばアルゲティ様のお役に立ててくださいませ」

 頷いて腰に佩き、下腹を一つ叩いた。

「うむ、しっくりくる。木蘭殿、お心遣い感謝いたす!」

 拱手で礼を交わすと踵を返した。

「者ども、行くぞ!」

「はい!」

 振り向く事なく長い石段を下りて行く。その姿を見送る木蘭の目には溢れんばかりの涙が満ちていた。後日、宋は王向賽を、木蘭と鈴玉は元凶たるアル・アジフの謎を追いかける事になるが、それはまた別の物語である。



 北京に到着した一同は、本国から来ていた別の使者団と合流し、謁見の要望書を送った。官吏の、何よりも皇帝の覚えめでたく二日後に来るよう返事が来た。それまで骨休めをするつもりだったが、意外な人物からの招待を受ける事になる。

「はて……李子英リーズーイン殿? そのような御仁とは面識がござらぬが……」

招待状を持ってきた使者が言うには「謁見の際の詫びがしたい」と言えば分かるとの事だった。それだけでピンと来た。

「おお、あの時の宦官どのか! そういえばお名前を聞いてはおらなんだな。ふむ、承知した。支度をする故、暫しお待ちあれ」

 民族服に着替えて馬車に揺られる事しばし、広大な屋敷へと到着した。異国人のアルゲティでも「凝った」と分かる装飾がそこかしこに施されている。その広大さも単なる宦官が所有できるとは思えない規模だ。

「これは……宦官とはそれほどまでに厚遇される役職なので?」

「いえ、ご主人様は陛下の御寵愛を賜っておいででしたので……」

 過去形なのが気になるところだ。が、それは尋ねず使者に案内されるままに長い廊下を渡り、池の畔に立てられた東屋に入るとあの時の宦官、李子英が立ち上がって出迎えた。大袈裟に両手を広げ、走り寄ってくるではないか。

「宦……いや李殿、何時ぞやは失礼いたした。少々痩せられたのでは?」

「いやなんの、失礼したのはこちらの方。どうか、どうかお許しあれ。私の事など気にせずに。聞くところによると祖国にお帰りになるとの事。お詫びの印に酒席を設けさせていただいた。どうかどうか……」

 大きな卓をみると、所狭しと豪華な料理が並んでいるではないか。と言ってもこの時代はまだ現代中華料理の黎明期である。そこまで油っぽいものはなく、魚の煮つけや、意外にも刺身を和えたような物もある。揚げ物も当然ある。鶏や野菜の揚げ物、魚や肉の炒め物も多くある。変わったものでは蟹の揚げ物もある。

「戒律により豚肉は口になされないのでしたな。料理人によく言い聞かせております。牛肉や羊肉でしつらえておりますのでご心配めさるな。ささ、お座り下され」

「いや、これはこれは……」

 まさに下にも置かぬ歓待ぶりである。酒も料理も間違いなく極上。次から次へと酒が注がれ、料理が取り分けられ、舞姫達が歌と踊りを披露する。優雅な時を過ごし、いつの間にやら日没が近付いていた。

「これはいかん、あまりの楽しさに鬨を忘れてしまい申した。そろそろお暇せねば」

「なんと残念な。ならば秘蔵の酒を土産にお持ちください」

 二つ手を叩くと、使用人が大きな甕と袋をを運んできた。

「これはまた……」

「都きっての美酒でございます。私からの誠意としてお納めくだされ。それと……これは路銀でございます。役立ててくだされ」

「これはまた多額な……ご厚意に感謝いたします」

 有難く頂戴し、屋敷を辞した。李はアルゲティを見送ってから料理人を呼び出して怒鳴りつけた。

「どういう事だ! 何故ピンピンしておるのだ奴は! 貴様、本当に毒を盛ったのか!」

「ま、間違いございません。毒蛇毒魚から採った毒に加えて、毒草、毒茸に砒素、更に金瘡の毒までたっぷりと。こちらの方が死ぬかと思う程に入れたというのに……何故死なないのか……」

 李は苦虫を噛み潰したような顔で地団太を踏んだ。

 ――これでは要職に返り咲く事は難しい……奴が陛下に讒言しようものなら首が飛ぶ。それが無かろうとも私への恨みを晴らすために祖国に帰って外交的に働きかける事もあり得る。あ奴はそれなりの立場と聞く。帰国すれば更なる出世が待っておろう。権力を手にすればきっと――

 アルゲティにしてみれば存在すら忘れていた宦官なのだが、人は自分の基準でしか他人を計れない。完全な独り相撲なのだが、それだけに怨念で狭まった視界の中で己自身を縛ってしまうものだ。

 李は更なる一手を指示した。

「既に布石は打ってある。天狗ティェンゴウを呼べ!」

 従者が一礼して下がるのを見届け、自慢の庭に出て天を仰いだ。皇帝の不興を買う以前、権勢を欲しいままにして蓄えた富で作らせた庭だ。歯向かう者は陥れ、裏で様々な利益を受けてきた。それを全て台無しにしたあの大男を許す訳にはいかない。断じて。そして今一度、位人臣を極めるのだ。天子にはなれないがその下で上り詰めるだ。

「その為に……私の(いぬ)となって天まで駆けてもらうぞ、天狗共よ」

 アルゲティの方はと言えば、突然の不自然な招待と不自然な土産物を持ち帰り、部下に指示を出していた。

 その夜、宿の客が全て寝静まった頃、窓から入り口から忍び込む影があった。総勢十人にもなろうか。足音一つ、衣擦れの音一つ立てない身のこなしはただ者ではない。影達が刃を抜いた。刃は黒く塗られ、光を反射しないように造られている。間違いなく暗殺の専門家だ。黒い刃が寝ているアルゲティ達に振り下ろされた。

 鈍い音と共に刃が突き刺さり――彼等もろとも動きを止めた。

「副団長殿の読み通りでしたな」

「うむ。まったく……小物はやる事もちいさいものよ」

 部屋の奥から出てきたのはアルゲティ達だ。幻術で寝台で寝ていると思わせ、金縛りの術をかけたのだ。意識すらも奪う上級の金縛りだ。

「しかし副団長殿は何故ここまで予見できたのですか?」

「まずは突然の招待よ。今まで何も無かったのが急に態度を変えた。あのような事があったというのに。不自然極まる。もしやと思い毒消しの呪符を飲んで赴けば案の定、毒皿の満漢全席よ。酒に至るまでな」

「なんと……」

 サイードが言葉を失う。だがまだ甘いのだ。

「とどめに不自然に多い路銀よ。幾ら何でも常軌を逸した額。これは路銀ではなく……こ奴らへの謝礼なのだ。殺して奪えとな」

「なっ……なるほど……」

 これならば確実に仕事を果たすというわけだ。悪辣な方法に呆れながらも背筋が凍る思いだった。宮廷内は自分達が知らぬ魑魅魍魎が跋扈しているらしい。

「これしきの事で怖気づいていては、宮廷の古狸共を相手には出来ぬぞ。そなた達は帰国後そういう連中を相手にしなければならぬのだぞ」

「帰国後は……宮廷に関わるような仕事をするということですか?」「そういう組織に変わるという事だ」

 これまで皇帝直属ではあったが、あくまでも外部組織だった。それが「絹の(チーナ)」の方術を学び持ち帰る事で宮廷内に確たる足場を築き、一大勢力となる事で宮廷内に巣食う害虫を追い出す事が決定しているのだ。

「スレイマン陛下が強権を振るえば臣下の心が離れてしまう。故に我らが……というわけだ」

 意気消沈していた部下達の士気が一気に跳ね上がった。自分達が宮廷を救うのだ。我らこそが真の忠臣。そのカタルシスたるやいかばかりだろうか。

 皆の興奮が収まった頃合いをみて、サイードが思い出した。この賊の処遇である。いつまでも金縛りにしておいても仕方がない。

「そうよな……よし、こ奴ら全員、全裸にひん剥いて表に放り出せ。少々意地の悪い事も必要よ」

 大通りの真ん中に放り投げられた賊達の前に羊皮紙を広げ、呪文をとなえた。

 ――ナスリン・ナスレン・カラムラタメット・パクムケント・パクミレセント――

 するとどうだろう、賊が揃ってフラフラと立ち上がり、李の屋敷の方へと歩いていくではないか。

「野犬に襲われなければ辿り着けよう。そこは彼奴等の運次第よ」

「あの宦官がこれで考えを改めてくれるでしょうか」

「さてな。そんな必要も無かろう。邪魔さえしてこなければそれでよい」

 もはや相手にもしていない風だが、内心では次に余計な手出しをしてくればきつい教訓を垂れてやるつもりだ。自分だけならどうとでもなるが、部下の身になにかあれば――ただでは済まさぬ――己の責任にかけてやらねばならないのだ。


 翌朝、李の屋敷の門前に全裸の男達が列をなしている様が目撃され、一躍時の人となった李はその後姿を消したいう。


 更に一夜明け、謁見の場で禁軍武術指南役と手合わせをし、相手に触れる事無く吹き飛ばして称賛の言葉と褒美を賜った。

 こうして全ての役目を終え、再び国境に辿り着いた。眼前に広がるのは見渡す限りの地平線と、眩しい程の蒼天。大きく息を吐いて一歩を踏み出すと駱駝がゆっくりとついてくる。続いて部下達も。

「さぁ! 来た時以上に軽々と! 悠々と! 日の射す砂漠も月の砂漠も! 超えてやろうではないか!」

「はい! 副団長殿!」

 逞しさを増した部下達を引き連れ、祖国への道を踏み出した。

                    ――完――  


皆さん、お付き合いくださりありがとうございました。心からお礼を申し上げます。


愛すべき巨漢の物語は一旦の終りを迎えますが、またいつの日か復活する日が来るのを(作者が)待っています。


またアルゲティが登場する日を待ちつつPCを閉じる事にします。

ありがとうございました。

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