熱砂の旅路
以前UPしたんですが、まだ「公式スピンオフ」に対するガイドラインが無かったのか、運営さんから削除勧告された作品です。(UPの後に問い合わせたところ、そうなりました)
しかし、新ガイドラインにより復活となりました!
これで堂々と連載できます。みなさんよろしくお願いいSます!
日中の熱波が嘘のように引いていき、涼風にその座を譲り渡す。それは次第に冷気へと姿を変えつつあった。その変化に備えて焚火が用意され、車座になった旅人達が暖を取っているのだが――一人だけその輪から離れ腕組みをしている男がいた。
皆頭にターバンを巻き、カフタンと呼ばれるトルコの民族衣装を着ている。長袖・襟仕立ての長い前開きのガウンだ。だがその男は同じ服装でも一際人目を惹く。何故ならば大きいからだ。一言で言えばそうなる。そうとしか言えない。岩を削ったような胸板。丸太を思わせる腕と脚。年齢不詳の顔にまで筋肉が盛り上がってきそうだ。この巨漢を見ていると遠近感がおかしくなってしまう。
二メートル半ばに達する偉丈夫は昇って来たばかりの月を眺めながら思案に耽っていた。巨漢の邪魔をしないよう静かにしていた一同だが、口数の多い一人が声をかけた。
「副団長殿、先程からどうなさったんですか? なにかお悩みでも?」
「いやそうではない。どうしても思い出せぬのだ」
どっかりと腰を下ろして首を傾げた。それでもやはり大きい。
「この状況にピッタリの歌があった筈なのだ。確か『月の砂漠を』……そこから先がな……『トボトボと』ではない……『ヨタヨタと』では歌にならん。『テクテクと』のような……違うような……しかしまぁ、このラス・アルゲティにかかればこのような砂漠は『軽々と』にしかならんのだがな! ハーッハハハ!」
巨漢の哄笑が砂漠に響き渡る。いつもの大音声に比べればまだマシなのだが、やはり疲れた身体には堪えるものだ。とは言え彼等の旅はこの副団長の実力がなければ到底無事では済まなかっただろう。
思えば騎馬民族に抑えられ、交通が困難な「絹の道」を辿るルートだった上に砂嵐の影響で道を見失ったのが災難の始まりだった。何処とも分からぬ岩と砂の荒野を彷徨い歩くうち、隊員の一人が自分のの頭ほどもある大きなハサミに足首を取られ逆さ釣りにされた。砂の中から姿を現したハサミの主は――人間と蠍を融合させたような奇怪な姿をした生物だった。
「ふ、副団長殿、これは!」
「うむ! メソポタミアの伝承にある蠍人間に相違あるまい! こんな所で生き延びておったか!」
敵が何者か看破するや大男は砂を蹴立てて走り出した。同時に部下たちに指で逆方向へ走るよう指示を出す。怪物が両側の動きにどう対処すればいいのか、左右を見やって戸惑う。自分から視線が外れたその瞬間。アルゲティが蠍人間に向けて突っ込んだ。狙いは囚われた部下――ではなく、蠍人間の尻尾だった。毒針の根元を両手で掴み、力任せに振り回す。
蠍人間もこんな目に遭ったのは初めてなのだろう、奇怪な――金属を擦り合わせるような叫び声をあげ、あっさりと捉えていた部下を離してしまった。だが回転は止む気配を見せず、それどころかますます勢いを増していく。巻き上げられた風は唸りをあげ、砂塵を引き連れ囂々たる勢いで回転していく。
「ハーッハハハ! これで貴様の武器は何一つ使えまい! 我が部下を餌にしようなどと企んだ報いを受けるがよい! 古代のはぐれ神よ!」
途轍もない加速度のまま前方の岩に向けて投擲した。鼓膜を通り抜け脳そのものが震えるかと思う程の衝撃音が砂漠に響き渡る。岩の破片も飛散した。いや罪もない岩にしてみれば悲惨というべきか。
泡を吹いている蠍人間に悠然と歩み寄りながらアルゲティは口の中で呪文を唱えていた。
――アリエル・ガブリエル・マサエル・ザン・シリエル・トブリエル・ラザエル・ゾン――
そして蠍人間を掴んで引き起こし、岩との激突に耐えた外殻の継ぎ目をこじ開け――轟!と火炎を吹き込んだ。
「このまま灰になるがよい! 崇める者も持たぬ忘れられた神よ! その哀れな惨めな不憫な最期を見届けてくれようぞ!」
やがて生物の放つ音声とは思えない断末魔が止み、砂漠の怪生物は外殻だけを残して灰となり果てた。
数日後、見渡す限りの砂丘の向こうにポツンと岩山が見えた。そこに辿り着き、日陰側で一休みしていると亀裂から何かが噴き出してくるではないか。シュウシュウと微かな音たてる半透明のそれはまるで意思を持つかのようにうねり、一塊となって空を舞い――襲い掛かって来た。
「副団長殿! あれは一体!」
「うむ、かつて予算に物を言わせ……いやゲフンゲフン、八方手を尽くして入手した西欧の書物で読んだことがある! ガス状生命体であろう!まさかこの目で見る日が来ようとは……感無量とはこの事か!」
「いや感動している場合ではありませんぞ! うわわっ、く、来るぅぅぅ!」
情けない奴めと言わんばかりに額に手を当て一歩踏み出したアルゲティは既に準備を完了していた。
――キメラトルン・アメデラトン・マルメラ・キメラトロン・アマデルトン・マキムラ・ハリタレルラ・オリタロルラ・コリムリア――
風の呪文を唱え終わっていたのだ。
右腕を一振りするやドン! と腹に響く轟音が響いた。空気が叩かれたのだ。次の瞬間、烈風が吹き荒れた。風の波同士が加速させ合い、高め合い空気の刃となってガス状生命体を千々に切り裂いた。笛の音のような微かな声を聴いたような気がした隊員が数人いた。彼等はそれを彼奴の最期の声なのだろうと思った。
それから一週間は何事も無く過ぎたが、一行は妙な物が砂の中からのぞいているエリアに差し掛かった。それはやけに直線的なものだった。所々欠けてはいるが、明らかに人工的な構造物だ。
「副団長殿、これは……」
「サイードよ、そなたはいつもそれだな……まぁいい、が。これはどう見ても……石造りの壁……だな。砂に埋もれていたのが出てきたのか……」
出てきたのはそれだけではなかった。砂の中から次々に表れたのは――粗末な装備に身を包んだ骸骨兵士の一群だった。数十体に及ぶそれはアルゲティ一行を取り囲むように出現していた。
「ふ、副団長殿……」
「ええい、弱気になるでない! それでも貴様らはスレイマン陛下直属の魔導士団員か! 普段は魔導士、剣を抜けば戦士! 他の倍を超える働きをするが故の厚遇を受けている我らぞ! 円陣を組んで剣を抜け! 呪文を唱えよ! 貴様らの訓練に丁度良いわ!」
「はは! さぁ皆気を取り直せ! 副団長殿に続くぞ!」
やっと気合が入った部下たちを副官に任せ、アルゲティは前に出た。西欧の書物で骸骨兵士には刀剣の類は効果が薄いとなっているが本当なのか。それを確かめたいのだ。
振り下ろされる錆だらけの剣を足さばきだけでかわし、すれ違いざまに抜き打ちで胴を薙ぐ。真っ二つになった骸骨兵士は砂の上でただの骸骨になり果てた。
「ハーッハハハ! 普通に効くではないか。書物も案外当てにならぬな! いや……そういう事か」
それを見た部下たちが色めき立ち、士気を燃えあがらせる。自分達に倍する数の魔物に怯む事無く立ち向かっているではないか。
満足気に頷きながら朽ちかけた剣をいなし、原形をとどめぬ槍をかわし、湾曲刀で首を刎ね、袈裟懸けに切り落としていく。水の上を滑るような見事な動きだ。注意して見ていれば足音さえしない事に気付いただろう。結局アルゲティ一人で半数近くをただの骸骨へと還元せしめた。
「副団長殿、やりましたぞ!」
「うむ、まぁまぁの出来と言えような。拙者がおらずとも出来るようになれば一人前だがな」
「精進致します! しかしこやつら、刀剣が効かぬとは言いますがそんな事もありませんな」
一つ頷いたが、アルゲティは自分の考えを聞かせた。つまり、元々効かぬ筈はない。切ればよいだけなのだから。しかし、生身の人間とは戦法が違うのだ。人間相手ならば骨まで絶つ事は難しい。防具をつけていれば猶更だ。故に首や腕の動脈を切って失血死させる方が現実的だ。だが――
「なるほど、こ奴らにそれは通用しませぬな。逆に骨そのものをを絶つよう切る方が簡単……」
「左様、その切り替えが出来ぬ輩には『刀剣は効果が薄い』事になろうて。ハーッハハハ!」
一行は砂上に散らばる骸骨に憐れみの視線を向けた。かつては街を守った衛兵たちのなれの果てなのだろう。主君と民を守る為に戦う――自分達と同じではないかと。
幾星霜を経たか分からぬ骸骨兵士達は呪縛を解かれ、跳ねのけていた風化作用を一気に受けたのか――砂漠の熱風で砂塵に変わっていった。
こうしてラス・アルゲティは様々な魔物達を哄笑と共に撃破してきたのだった。古い書物や伝承でしか知らなかった魔物に対して即座に対応できるだけでも大したものだが、悠々と撃破できるとは並大抵の実力ではない。本人に言わせれば「まず怖気付かぬ事こそが肝要」なのだが、そうなれる事それ自体が比類なき実力に裏打ちされたものだと言えよう。
普段はこの巨漢の身長は更に大きい。もう一メートルはあろうというほぼ巨人サイズだった。増大する一方の魔力を収める為に「容れ物」たる肉体をこれまた魔力で大型化しているのだ。
だがそのままではこれから赴く「絹の国」でどんな騒ぎになるか想像に難くない。無用の騒ぎを避ける為に自宅の地下に設置している依り代に魔力の大半を移し、本来の体格に戻っているのだった。それでもこの実力なのだから普段はどれ程の力なのか――想像を超えていた。
単純な体力も凄まじいらしく、他の隊員達――見込みありと選抜されたエリート達だ――が疲労困憊しているというのに疲労感など微塵も見えない。
火を囲む輪に戻るとどっかりと腰を下ろし一同を見回した。疲労の陰を認めると腰に下げていた革袋を取り出し皆で回し飲みするよう勧めた。最初に受け取った隊員が躊躇いもなく口をつける。信頼は篤いようだ。
「副団長殿、これは……なんとも滋味溢れる……ヨウルト(トルコヨーグルト)ですか!」
隣に渡しながら驚いた表情を巨漢に向けた。
「うむ、かつて騎馬民族から聞いたのだ。革袋に山羊や羊などの乳を入れて持ち歩いていればヨウルトになると。そなた達の疲労回復によかろうと思ってな、この駱駝達の乳で作ってみたのだ。どうだ?」
「はい、お陰様で力が蘇ってきました!」
隊員達が飲んでは目を輝かせて口々に謝辞を並べる。
「大袈裟に言うでない。飲んだそばから回復する訳はなかろう。そもそもだ、この程度の旅でそこまでやられるとは不甲斐ない! 情けない! だらしがない!」
「まことに面目次第もありませぬ……がしかし、何故に副団長殿はそのようにお元気なのですか? 私共には信じられないのですが……先程のヨウルトの効果なのでしょうか?」
それは否定された。ヨウルトを作ったのはこれが初めてであるし、そもそも食べている物も同じだ。むしろ体格の割に小食とさえ言える。なのに何故?
その答えは魔道にあった。この巨漢は一呼吸毎に天地の精を取り入れていたのだ。降り注ぐ強烈な日差し。照り返す大地からの輻射熱。吹き付ける風。それらの持つ精を呼吸する度に取り込んでいるというのだ。タフな筈である。
「それだけではないぞ。その気になればもっとずっと遥かに遠い――月や星々の放つ精も取り込むことが可能だ。見よ、昇って来たアッ・ダバラーン(アルデバラン)、続いて昇り来るマンキブ・アル・ジャウザー(ベテルギウス)の精も取り込める。アッラーが造り給いしこの世界は全てそれが可能なのだ。ハーッハハハ!」
そんな事を言われても一体どうすればよいのか。皆目見当がつかない一同は顔を見合わせるばかりだ。
そんな一同を見てアルゲティは嘆息する。魔力を肌で感じていれば言われずとも分かりそうなものだと。そしてそれこそが団長が自分に課した課題だと言うのだった。
「団長殿が仰ったのはこの事なのであろう……。副団長という立場のうちに学んでおくべき事。即ち後進への指導! 後継者の育成! 団長となってからでは遅いと! そなた等をこの旅の間に一段成長させてみせよう! そして拙者自身も成長してみせようぞ!」
熱い誓いを立てる巨漢は更なる旅に備えて一同と共にテントで眠りについた。
とりあえずは書きためたものをボチボチUPしていく予定です。それが尽きたら……書け次第UPという流れになろうかと。
どうか気長にお付き合いください。