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発覚

光が薄く目を開ける。銀色の煉瓦に虹色の水晶。透明な円柱に彩る蕾。そして、隣にはいつもの笑顔。


「アーリア……」


 よかった。まだ、アーリアは生きている。


 安堵の溜息を付いてすぐ、アーリアの異変に気が付く。


顔が極端に強張っている。不可思議に思いながら視線の先に目を移す。


 黒石造りの椅子の傍ら。仰向きに寝そべる大男。黒焦げた顔に僅から残る傷は幾度も死線を越えた。世界最強の男、軍神、ザーリス。その人に間違いない。広がる血だまりが、銀色の煉瓦を真っ赤に染める。


「きゃぁぁぁぁ――――っ」


 アーリアが悲鳴を上げた。他の資格者も声こそ出さないが、驚きの色を隠せない。フーラが真剣は目つきでザーリスに近づく。膝を付き首筋に手を当てるとブルブルと首を振った。


 どういうことだ? 堕天使の仕業か? それとも、資格者の中に――――。


 他の資格者も僕と同じ思考に至ったのかビガラにちらちらと視線を送る。


「そう睨むなよ。俺があの猛獣を殺し切ってどうする?」


 薄ら笑いを浮かべ視線を返す。ビガラはこちらの思考も読んでいる。あくまでもビガラはザーリスを堕天使のターゲットにしたい。身の安全や経過を見るためにできるだけ長く。その上での発言だ。


「でも、秘宝を破壊しようとしたのは事実でしょ!」


 震える声でリーファは恐る恐るビガラを見る。ビガラはリーファにも容赦なく、凍てつく視線を送った。


「不可能だ。無理がある。そっちはあの猛獣を助ける選択をした。そうだろ?」


「あぁ、そうだ」


 ザーリスがビガラ達と堕天使から狙われる。それを防ぐために、それぞれ1石ずつ復元させる作戦を実行した。6石の復元。元の秘宝と合わせて15石。ビガラ達3人と堕天使。10分間、全ての秘宝を砕くことに使えば可能だが。


「証拠はこれ」


 指先には黒石の上で輝く紫の星。紫色の秘宝。鮮やかに輝く数は11石。ビガラの秘宝だ。後ろの2人も前に出た。モーテルの緑色の秘宝は12石。パーミルの青色の秘宝は10石。


「ラクが1石、モーテルの秘宝を復元させた。俺達はそれぞれ、自分以外の秘宝を1石ずつ復元させたことになる。つまり、各2回復元に使用した。3人でも残り回数は9回。15石のザーリスの秘宝を全て砕いても残りは6石。俺達だけでは不可能。堕天使と誰かが破壊に使ったってことだ。そんなの、俺達に関係ないな」


 あっけらかんと、両手を拡げて首を振る。ザーリスが死んだ。そのことに全く、責任など感じていないようだ。


 ビガラの話は筋が通っている。だとしたら…………。


「しかも、パーミルの秘宝が10石だ。俺とモーテルで秘宝を復元し、何も起きていないなら11石。1石少ないな。おそらく、堕天使が破壊したのだろうな。俺達は堕天使ではない。それとも他に、誰かパーミルの秘宝を壊したか?」


 パーミルの秘宝が1石少ないのは事実。復元と破壊に5回使用したことも証明済み。自らの発動で秘宝を減らすことができない。


「いえ、協力者、または堕天使が。仲間のパーミルさんの秘宝をわざと破壊させた可能性があります。パーミルさんを資格者側だと思わせるために」


 ジークスの言葉に、すかさずビガラが反論した。


「そんなことをして何になる。誰かの秘宝を破壊させたほうがよっぽど効率的だ」


 ビガラが臆するようすはない。すぐさま、鼻に付く言い方で反撃する。


「そんなこといっている場合ですか! 人が死んだのよ!」


 泣きながらアーリアはビガラを睨み付ける。


「アーリア、いい。やめとこう」


「でも、ラクっ!」



「これは!」


 大声を上げたのはザーリスの隣にいたフーラ。目は飛び出るほど大きく、珍しく驚きを隠せていない。


 気づいたか。


「みな、これを!」


 そういってフーラが掲げたのは短剣であった。ただ、原形をとどめていない。刃はねじ曲がり、柄は黒焦げに。一見しただけでは、殺しの道具だと気づかないただのガラクタ。


「これは、ザーリスの脇にあった。そして、背を見ると…………」


 肩を引き寄せ、ザーリスの死体を俯きに変える。背には深々とした穴。そこから血が垂れる。痛々しい刺し傷が目に入った。


「そんな、バカな!」


 あのビガラまでも、狼狽し混乱に満ちている。急いで、資格者達はザーリスが座っていた黒石に目を遣った。


 そこには主を失くしても輝き続ける黄色の星が5石。


「そんな、ザーリスさんが――――殺された」


 アーリアがか細い声で目の前と一致する事実を告げた。


 ・『堕天使』は他の資格者、全員の命が失うことで試練達成とする。試練は、秘宝がゼロになることだけがリタイヤじゃない。命が失うことでも失格。つまり、いちいち秘宝を破壊しなくても資格者全員を殺せばいい。


「そのルールには気づいていたが。まさか、軍神を殺すほどの使い手でとはのぉ………」


 フーラが喉の奥から声を漏らす。資格者全員に動揺が広がる。至極当然、世界最強といわれる男が殺させた。当然、自分では歯向かうこともできない。


「どぉ、どうするんだよ! これ、お終いじゃん。みんな、堕天使に殺させて試験終了だよ!」


 ヒサトが大声で喚く。特にとやかくいう人がいないのは、それが事実だと感じているためだろう。


 下を向き、グループを形成したビガラ達でさえ何もしない。絶対的な力の前では、等しく無力であった。


「ラク。…………あなたなら」


 傍に駆け寄ったアーリアは上目遣いで小さく呟く。


「いや、ダメだよ。僕が堕天使だと思われる」


「私が違うっていうよ」


「アーリアが協力者に見られてしまう」


「別にいい、私はそれでも」


「駄目だ。それはできない」


 琥珀色の瞳は悲しさを見せ、唇を絞る。


 まず、状況整理。輝く秘宝の星。白き光、僕の秘宝は12石。


 金の光、アーリアの秘宝は8石。


 桃色の光、リーファの秘宝は8石。


 黄緑色の光、フーラの秘宝は9石。


 銀色の光、ジークスの秘宝は9石。


 紫色の光、ビガラの秘宝は9石。


 青色の光、パーミルの秘宝は10石。


 緑色の光、モーテルの秘宝は10石。


 そして、黄色の光、ザーリスの秘宝は5石。


 誰が、堕天使だ。誰がザーリスを刺した。これならビガラ達にも可能だ。協力者に秘宝の数を調整してもらえればいい。


 結局、まだ何の材料もないが。次のフェイズ。そこで、どれだけの情報を得られるか――――。


 思考に溺れる中、轟音によって意識は空へと向かう。肌を焼く熱気が伝わった。



 紅色に輝く巨大な体躯。羽は猛禽類よりも遥かに大きく。一振りするだけで木々を荒らす。鉱石よりも硬く鋭い爪は山を砕き。ギョロリと輝る爬虫類のような眼光。一兵なら、腰が抜け尿が漏れたという話も聞いたことがある。


 人間に危害を加える魔物。危険度に合わせランクづけさせ、最高ランクSランクに格付けされているモンスター。災害級の魔物、炎龍。大地が揺れた。炎龍が空気を大きく吸い込み。紅蓮の火炎を吐き出した。


「早く逃げろ!」


 フーラが大声をあげて、ようやく資格者の面々は現実に戻った。みな、突然の炎龍の出現に一瞬、理解が追いつけない。自体が飲み込めたのはフーラが声を発してからだ。


 火炎は広場の外枠をなぞるかのように放出される。


 遅かったか…………。


 熱気が外から伝わる。炎龍が吐いた紅蓮の炎は森林を燃やす。火炎は木々を燃料とし激しい業火が続き資格者達は火炎の檻に閉じ込められた。


「くそっ! やられた」


 ビガラの舌打ちにみなが頷く。


「どうして――――。炎龍が…………。これも試験?」


 突然の炎龍の襲撃。アーリアは混乱しているようすで尋ねた。


「いや、違う。ルールに魔物の襲来などない。それを信じなければ、『女神の試練』事体を疑わなくてはならない。だから、違うと考える。なら、あれは堕天使が召喚させた魔物だ」


 秘宝の発動。この炎龍を召喚させたのは間違いなく、ザーリスを襲った人物。軍神、ザーリスなら炎龍を一瞬で討伐できる。堕天使の狙いは、ザーリスを討ったのち炎龍を召喚。他の資格者を皆殺しにする作戦だろう。


「どうやら、堕天使はここで終わらすつもりじゃのう」


 フーラが苦笑いを浮かべ口を開く。しかし、そんな余裕があるのはフーラぐらいだ。


 ヒサトは魂が抜かれたように体操座りをしながら、ぶつぶつと何か呪文を唱えている。ビガラは目尻を上げ、貧乏ゆすりをし時々舌打ちを鳴らす。モーテルはしきりに、後ろの炎と炎龍、腕時計を交互に見る。パーミルはきょとんと何を考えているかわからない。リーファは傍らに駆け取ってき袖に掴まってきた。本当にまだ子供だな。ジークスはまったく挙動も変わらず。仮面に隠れた表情は不明のまま、今も何を考えているかわからない。


 当たり前だが尻尾は見せない。どうする? いつにする?


 再び炎龍が巨大な顎を動かし喉から灼熱の炎が見えると。怒号と共に紅蓮の炎を今度は資格者に狙いを定め放出させた。


「ラク、私――――」


 アーリアが意を決して、前に向かう。


「待て、僕が出る。アーリアがスキルを使うのはこの状況よりもまずい!」


「でも、このままじゃみんなが――――」


 どうする。堕天使が死んでは意味がない。炎龍を召喚した人物はこの化け物から逃れる術があるということ。だったら、兆候がでるまで待つのが妥当――――。


 パンッと肉を叩く軽快な音が鳴った。


 頬に痛みが残る。右手で腫れた頬を抑えながら、アーリアを見る。琥珀色の瞳に涙を溜めながら、肩から身体をぶるぶると震わす。


「何で止めるの。私が全部、止める」


 僕を遮りアーリアが前に出る。熱気は肌がヒリヒリするほど迫っていた。


 左手を心臓に遣る。鼓動が速くなっていることがわかった。この程度の敵に焦るような僕ではない。


 アーリアにまた叱られるなんてな…………。


 アーリアがあのスキルを使うと、アーリアが堕天使とみられる。次の第3フェイズ、一気に秘宝がゼロになるだろう。そんなことに比べれば、僕の正体がバレることなんてどうってことない。


 そっと、右手を開く。まだ、薄っすらと残る豆。複雑な心境が渦を巻く。唾と一緒に飲み込んだ。瞳に闇を灯す。


 しばし、昔に戻ろう。僕が人ならざるときに――――。


 アーリアを追い、紅蓮の炎へ駆け出した。


「『アイス・ショット』」


 直径1mほどの氷の礫。数にして優に10は超え流星のごとく煌めく。氷の礫と紅蓮の炎がぶつかり合い白い煙が発生。水蒸気が炎龍の姿を隠す。


「さすがに~。死ぬのは勘弁かな~」


 のほほんとした口調で炎龍の攻撃を退けたパーミル。顔は妖艶な笑みのまま。まだまだ、余力を残しているらしい。


 今のは氷魔術のスキル。あの女、雪女か!


 雄たけびが響く。突風が資格者達を襲った。炎龍は急降下し、鋭い爪を振りかざす。


 狙いは――――。フーラだ。


「『風陣結界』」


 纏う風。蓄えた白髭が揺れる。爪はフーラに届かない。炎龍の鋭い目がフーラを睨み付けた。炎龍の一撃は風の防御壁により防がれた。


「年寄には、これが限界じゃあ…………」


 額から汗が噴き出す。顔色は青い。息を切らし、その場に座り込んだ。


 炎龍の一撃を防いだだと…………。本当にあの老人、何者だ?


 攻撃を防がれた炎龍は、手を変えようとしたのか。再び巨大な翼を羽ばたかせ、空に戻ろうとする。


「わかったでも、僕にさせて」


 炎龍に立ち向かうとするアーリアの肩を掴み。一旦、振り向かせる。頷いたことを確認すると。視線を炎龍に注ぐ。


 空に向かうまであと数秒ってところか――――。


「お兄さん。何をする気?」


 後ろから幼い少女の声、振り返ると心配そうな眼差しで僕を見つめるリーファ。


「すぐ終わる――――」


 きょとんとした顔を浮かべるリーファにそう言い残し姿を消した。


 強風が資格者を襲う。炎龍は数回、翼を羽ばたかせ体制を整えた。再び、空から追撃を加えるつもりだ。何も攻撃手段は火炎の息や爪の打撃だけではない。言葉こそ話せないが、人並みの知能を持つといわれているドラゴンは次の策を練っているところ。敵を前にして至極当たり前、戦場に立つ兵士と何ら変わらない思考。炎龍には油断の欠片もなかった。


 炎龍の影が揺らぎ、影は炎龍の喉まで飛んだ。


 轟音が喉から絞り出す。これまでの雄たけびと違い甲高い声。まるで、悲鳴を上げているかのような声。悲痛な叫びは鼓膜を痛める。


 ふぅ、よかった。腕は鈍ってなかったみたいだ。


 小型ナイフに掴まりながら呼吸を整える。小型ナイフの先はドラゴンの唯一の弱点である逆さ向きの鱗。必殺の一撃は炎龍の逆鱗に寸分狂わず直撃した。激しく身体を揺らす炎龍の最後の抵抗に耐える。


 のたまうのは数十秒、その間もナイフは逆鱗を貫き続ける。


 やがて、動きが止まった。身体が傾き急降下、地震のような地響きを鳴らし炎龍は地に打ち付けられた。鋭利な瞳からは精気が失せ、爪先1つ動きそうにない。炎龍の逆鱗は粉々に砕けていた。


 終わった…………。でも、大変なのはこれからだ。


 小型ナイフを炎龍から抜き取り懐に納めながら資格者の顔を眺める。


 沈黙、張り詰めた空気が試練の間を覆う。資格者達の視線は一斉に僕に注がれていた。


 懐かしいな。この視線。


 畏怖の目、ザーリスの非ではない。まるで、化け物が向けられる恐怖と軽蔑の目。あの時代はいつもこんな視線を浴びせられていた。あのときは気にも留めなかったけど、今は…………。流石に焦るな。


「まさかの……………………」


 声を上げるどころか、誰も指一つ動かさない、動かせない。重い空気の中、フーラがゆっくりと口を開く。


「最凶の暗殺者。王殺しが混ざっているとは」


 上擦った声、焦燥の色を隠せず僕の二つ名をいった。


 今から10年前。帝国と隣接する最大の大国、ゴモスラ共和国との一大決戦。軍神、ザーリスの活躍により勝利を収め、帝国の侵略が始まるかと思われていた。敗戦の3日後。共和国は一粒の毒を撒いた。毒は衛兵蔓延る帝都に侵入し、鼠一匹侵入が難しい王城までも潜伏し。


そして――――――。


「王、その命頂きます」


 今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。身体の一部と同化した刃。息を吸うかのように発動するスキル。これまでと何千と葬り去った人間と同じように王の首を刎ねた。


「嘘っ…………。嘘だよね、お兄さん…………」


 涙を堪え、悲しい目に変わるリーファ。唇をぎゅっと噛みしめ、首を振るのを待っている。


 視線をリーファに合わせられない。どこか僕を慕ってくれていたから。首を小さく振って答えた。


「マジ…………かよ。帝国のみならず、共和国をも裏切り、全世界に指名手配をされているSランクのお尋ね者…………」


 サヒトが絶句をしながらも声絞り出す。


 王殺しは帝王暗殺のあと行方を暗まし共和国からも指名手配犯となっている。


「先ほどのが噂の最凶のスキル『影使い』か。なるほど、単身で帝都に乗り込み王を討てる力がある。人であることを疑いたくなるほどに――――」


 ジークスが淡々とした口調で話す。


「なるほど、なるほど。王様が、たった1人の人間に殺させるよかおかしいと思っていた。結論は簡潔、王殺しは人ではなかった…………かもな」


 正体を明かし、多くの資格者が恐怖に竦み上がる中。ビガラは悠然とした態度を崩さない。その狐のような表情で詰め寄る。


「何がいいたい」


 突っぱねるように言い返した。


「いや、可能性をいっただけだ。ただ、確実にいえるのはお前が急に襲ってきたら、抵抗できる人などこの中にいない。一瞬で他の資格者が全滅どころか、堕天使も殺せるかもしれない。俺達のような弱い人間にはできないが。お前にはそういう選択肢が生まれる。と俺達は思ってしまうな。殺し屋さん」


 資格者の目線が一斉に注がれる。


 恐怖、憎しみ、怒り、嫉妬。不の感情という感情が入り交ざった視線。


 あぁ、懐かしい。幼き記憶。僕が人ならざる者だったころ。世界は、白とそれを汚す黒しかなく。次第に全て黒に染まる。光という概念がなくなる。自然とそう感じていた暗殺者時代。そんな僕を救ってくれたのは。


「違う! ラクはそんな人じゃない!」


 ヒステリックにアーリアが騒ぐ。


 僕は殺し屋を辞めた。アーリアだけは信じられたから――――。



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