金の力
「戻ったか…………」
敷き詰められた銀色の煉瓦。中央に置かれた銀色の燭台の上、虹色の水晶玉。周りの蕾。脇には黒石造りの椅子。右隣にはいつもの横顔。
「アーリア、無事だったか――――」
よかった。考えられないけど、どうしてもアーリアが心配になる。これがあと9回。身を案じるだけで胸が張り裂けそうだ。
先ほどと変わらない様子のアーリアを見て、ゆっくりと深いため息を付いた。
第1フェイズが終わり、残り9回。自分の座席、上空で輝く白い星の数を数える。
秘宝の数は7石。消滅した秘宝は3石。発動での2石の内、1石はアーリアと相殺できている。僕自身で秘宝を削ったのは作戦で使用した1石だけだ。残り2石は堕天使の仕業か。
ゆっくりと席に座りながら、視線を右上へ。アーリアの上空で輝く金色の秘宝を確認する。
全部で8石か。僕と同じで、発動の1石は復元で相殺させている。作戦で1石消滅し、破壊させられたのは1石。この時点で、堕天使は3石の秘宝を破壊したことになる。
脈拍が打つ音が速くなる。アーリアが狙われた。苛立ちが募る。歯をぐっと食いしばり、呼吸を整える。
見えない敵と戦っている。姿が見えないから得体がしれない。いや、今はそんなことはどうでもいい。女神の試練に集中しなければ。
辺りを見渡すと、残り8人の資格者の姿も見請けられた。
作戦通りなら秘宝が1石ずつ減り、9石になる。実際、9石の資格者が殆ど。でも、ピンク色と緑色の輝きは他より乏しい。リーファとモーテルは8石ずつ。それぞれ、破壊させられたか………。
「まずは、現状整理じゃなぁ。秘宝が2石以上、減少したのはラクとアーリア、リーファ。特にラクは2石も壊され、残り7石。大変じゃあのぉ~」
フーラはどこか気の抜けた声だった。周りの目もどことなく冷たい。
「ほう、作戦の立案者が最下位か。お前は次のフェイズに秘宝を復元させて貰い、12石まで回復できるってか」
嫌味たっぷりとした口調で話したビガラ。他の資格者の視線も鋭い。ビガラが言わずも、ラクの秘宝が一番少ないとなると自然と疑惑が湧く。
なるほど、僕を疑っているのか。一番、秘宝が少ない者が、逆に次のフェイズで秘宝を復元でき、最多の秘宝を所有者となる。また、第3フェイズに一番少ない資格者に秘宝を復元させるが、秘宝を復元するといって、秘宝が減るわけではない。秘宝を保つことが何よりも優先、それは堕天使も変わらない。
「ちょっと、なんですか! 皆さんその視線は。ラクは資格者が脱落しないように作戦を練りました。堕天使にとって脅威になる存在だから狙われた。それだけです!」
琥珀色の目が燃え上がる。疑惑の目が僕に集中していることへの怒り。
「アーリア、落ち着こう。今はただ浮いているだけ。皆さんも。僕が堕天使だという証拠はありますか?」
じっと視線を注ぐ。口を閉ざす資格者達。険悪な空気の中、悠然とした声が聞こえてきた。
「ないですよ。全く。それにラクさんが堕天使という疑惑はかなり薄いです」
仮面の奥、僅かに見える目尻が下がる。素顔は笑っているのだろうか。ジークスが僕の堕天使である可能性を切ってきた。
「どうして、だって! 自分で作戦をいって、一番多くの秘宝を獲得できる。怪しむのは当然だろ!」
眉間に皺を寄せ、不機嫌になりながらヒサトが反論する。
「それは誰かの秘宝が極端に減っていないためです。堕天使からすると1人、1人秘宝をゼロにして人数を減らすことが最優先です。ラクさんはそれを防止する対策を施し、実際に最小は7石。現段階では、資格者の優勢と見ていいでしょう」
沈着とした声音で、僕の疑惑を擁護するジークス。アーリアがふんふんと頷きながら、琥珀色の視線を白仮面に送る。
相変わらず、表情はわからない。でも、僕の疑惑を逸らした。どういうことだろう。単純に僕を堕天使ではないと考えたのか――――? それとも何か意図が?
「それは、そうかもしれないけど。ただ、堕天使が秘宝を確保したかったかもしれないだろ」
思わずヒサトは立ち上がり顔を真っ赤にして早口で捲し立てた。
「ヒサト、落ち着こうか」
ヒートアップしたヒサトを宥めるフーラ。ふと、視線が周囲を流れる。空気が変わった。先ほどまで、ラクに降り掛かっていた懐疑は晴れ。突き刺す目線はヒサトに集中していた。疑いの目ではない。哀れな視線が肌全体に感じたのだろか。
「いや、ちょっと待って。おかしいって。なんで、それだけでラクが堕天使じゃないと決めつけるんだよ。だっ――――」
首を右往左往、焦燥のようすを隠そうともせず。身振り手振りを加え弁論するが。
「黙れといっているだろ。小僧」
骨の髄まで響く重い一声。ザーリスの一括でヒサトは遂に口を閉ざした。
「これは、わしの意見じゃが――」
竦み上げりながらヒサトがゆっくりと着席した。瞬間、フーラが口を割った。
「まだ、ラクが堕天使の可能性は充分にある。ただ、他の資格者と同じ可能性であると思っておる」
「そうですけど、ラクさんは堕天使じゃないと思うけど~」
リーファは足をバタバタさせながら、軽い声でぽつりと話した。
「どうしてですかな、お嬢さん」
モーテルが狐のような笑みを浮かべながら質問すると。
「う~ん、何となく。女の勘、というやつです!」
ときっぱりとそういった。
「確かに~。虫も殺せないような可愛い顔しているもんね~」
パーミルは首を傾げ、足を組み換え。色気漂う笑みを浮かべながら甘い声を発した。
「これはこれは、モテモテで本当に羨ましい。ラクさん、これが終わったら是非家の系列店で働きませんか。きっと、都のご婦人方がメロメロに、骨太の客になること間違いなしです。もちろん、給料は弾みますよ。木こりの今とは2倍、いや、3倍は出せるかと」
両手で手を組みニヤリと笑うモーテル。こんなときでも、店のことを考える商売人根性に、賛美と軽蔑を感じながら。
「いえ、村を出るつもりはありません」
そうぶっきら棒に返事をした。
「そうですか。しかたないですね~」
後ろ髪を掻きながら、唇を結び悔しさを滲ませ小さく溜め息を付いた。
「こんなときまで、金稼ぎか。醜いな」
モーテルが視線を右に遣ると、ビガラの細め目と視線が合う。人を卑下した瞳。侮辱させたモーテルだが、スマイルを張り付いたかのように笑顔を崩さない。
「これが生きがいでして。ビガラさんのような方には無縁でしょう。まぁ、庶民の悪あがきと思ってください」
指輪の宝石はよく見ると白く輝くダイヤモンド。相当な裕福な暮らしを送っているのは間違いない。
「それなら、金を稼がせてあげるか」
ふいにそう言葉を発した。ビガラの頬は少し緩んでいる。そんな気がした。
まずい。その展開は非常にまずい。
ビガラの言葉に、流石のモーテルのスマイルが崩れた。眼鏡をくいっと持ち上げ。再び笑顔をつくる。
「それは、どういう意味ですか?」
なるべく丁寧に。まるで、常連客に接客する店員。おそらく、商人の嗅覚を察知したのだろう。この話は金になると。
ビガラは辺りを見渡し。そして、高らかに宣言した。
「約束しよう。俺付いた者は1000万ルスを譲渡しよう」
ぎゅっと唇を噛みしめ、眉間に皺を寄せた。
最悪だ。ついに約束を使う資格者が出た。
試練の中での約束はのちに現実となる。ただし、約束は現実可能なものではないとならない。その場合、資格者が死亡しても変わらない。
一同に動揺が広がる。『女神の試練』のルール内、本当に約束は適用させるだろう。しかも、1000万ルスという大金。もし、ビガラが死んでもその約束は果たさせる。もし、約束を飲むと願いが叶い、プラス1000万ルスが手に入る。
でも、動かない。命を賭けている額が小さい。ビガラが堕天使側だったらリスクが大きい。それ以前に、そんな大金払えるのかという疑問。
「わかった。なら、性を名乗ろう。私の名はビガラ・ザルク。金も増額しようではないか。1億ルスに……、いや、10億ルスに変更しよう」
資格者達の表情が一変する。目をひん剥く者、口を開いた者。共通しているのは驚嘆の表情だ。
帝国四大貴族の内の一族。ザルクの名。古の時代、当時の摩訶不思議な力、今のスキルを始めに習得したとされる一族が王となり。暴政の限りを敷いていた。それに反旗を翻したのが、現王族。それに賛同した4つの一族が現在まで続く四大貴族だ。強大な権力はいい意味でも、悪い意味でも使われてきた。特に、ザルク家はいい噂を聞かない。
このボンボン。簡単に普通の人が一生掛かっても稼ぎきれない額を。
空気が変わった。地を蹴る音が2つ。唖然とする他の資格者をよそ眼に、ビガラの後ろに着く。2人の人物。
「モーテル、パーミル。これからよろしく、存分に働いて貰うぞ」
ビガラは口元を緩め、2人と握手を交わす。
「はぁ~い、凄いね。10億ルス。これで盗賊から足が洗えるよ」
「これはこれはとんだご無礼を。ザルク家のご氏族の方が参加されておられるとは。これからはお願いしますね。存分にこき使ってくださいませ」
・この試練の中での約束はのちに現実となる。ただし、約束は現実可能なものではないとならない。その場合、資格者が死亡しても変わらない。
つまり、現実可能なものではなくてならない。逆にいえば、現実可能なものは全て約束できる。絶大な権力を持っているものは、有利な交渉を展開できる。これで3人。何か策を起こすには十分な人数だ。
「ふざけるな! 金で人を買うなど、言語道断。『女神の試練』を何だと思っている」
憤怒の色を隠せず、怒号を飛ばすザーリス。立ち上がりズタズタとビガラに詰め寄る。獣のような鋭い視線を浴びせ。今にも、胸ぐら掴む構えを見せた。
ザーリス大将。帝国の英雄。その気性は生粋の武人で、戦場で叩き上げられた腕で昇りつめた。貴族や商人などが使う、私欲にまみれたものは気が立つらしい。ビガラの横暴に対してはみんなも思うところがあるようだけど…………。
「何を仰いますか。ザーリス殿。『女神の試練』、願いを叶えるためにきた。欲に塗れた人間ばかりですよ。貴方もそうでしょう。英雄と呼ばれるあなたがまだ、何を欲しているのか。興味がありますね~」
ニタニタとした表情で、ザーリスの言動を交わすモーテル。
「お前にいう理由がない。ザルク家の者に付いて、本当にいいのか。商人なら知っているだろう。奴の家は奴隷の斡旋を行っている」
パーミル、サヒト、リーファは表情が歪んだ。
ザルク家が裏で非人道的なことをし、権力を使って表沙汰にしないように握り潰す。少し、裏事情に精通している人なら常識となっている事業形態。
今の反応から、3人は知らない。僕とアーリアは、村を帝国から睨まれないように配慮する過程でザルク家の存在は無理できないし、僕はそれ以前から知っていた。むしろ、知らずに驚愕の顔をするのが自然な反応だけど。ジークス、フーラ。何者だ…………。
「パーミル、その中には若く美貌溢れる女性もたくさんいる。その子達がどんな奴に売られ、どういった扱いを受けているか。想像付くだろう。許せないだろう。いいのか。そいつは人間の皮を被った悪魔だ」
ザーリスの演説が響く。武人として国に尽くしてきた。それを欲のままに欲する。ザルク家は許されない。ただ、ザーリスそれは自分の首を絞めることになるぞ。
「うん、酷い人だね」
まったりとした顔で、ビガラを眺める。少しの間のあと、ゆっくりと口を開く。
「酷い人だね………………。でも、私には関係ないかな」
「なっ!」
「いったでしょう。私は盗賊。人を襲って、生計を立ててるいの。人をどうこううえる立場じゃない。それに、もう10億ルス貰えるのなら、性奴隷になっても構わないよ!」
そういって、ビガラにウインクをした。ビガラは小声で「間に合っている」と返し。見下すような目線で鼻息を漏らす。
「もういい。2人要れば十分だ。おい、作戦を練るそ。付いてこい!」
「かしこまりました」
モーテルが礼をしながら返事をして。
「はぁ~い」
パーミルが気の抜けた声を出した。
踵を返し、森林に入って行くビガラの跡を付いて行く2人。残り、7人は黙って見守る。多くの者は敵視する視線を送るなか、3人の姿が森の霧の中に消えた。