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疑いの目

 これで終わりか。女神の試練、秘宝を守り抜けってことか。それにさっきのルール、気になる点があり過ぎる。女神の試練、そのまま受け取ると…………。


「嘘ですよね…………。これだけって!」


「いや、いや、そんなはずないよ。きっと、何かまた説明があるってさ!」


 リーファが驚きを露わにし。サヒトが強がった言葉で突っぱねる。他の資格者も同様だ。女神からの一方的なルール説明。質問の時間もなく。唐突にルールだけを告げられ、命を賭けた試練は始まった。開始、10秒。早くも資格者達は混乱の中にいた。


 この状態で率先して声を上げるのは。


「みな、落ち着かんか。ラッキーな試練じゃないか。わしが望んだ通りこれはチーム戦」


 フーラが混乱する空気の中、いの一番で発言した。蓄えた髭をさすり、のどかな笑みを浮かべる。懐から葉巻を取り出し、小さなマッチで火をつける。赤い点と、昇る白い線。異空間である『虹雲』の中で現実の煙は資格者達を落ち着かせた。


 緊張感のないフーラに同じように気が解れた者。まだ、緊張感が取れず。信じられないと、驚愕する者。二極端な反応を見せるが。アーリアは前者のようだ。


「そうですね。みんなで堕天使って人を見つけてその人の秘宝を全部、破壊したらいいのです!」


 張り詰めた空気の中、アーリアの天を突き抜けるかのような声は、嫌というほど耳朶に染み込む。


 空気を明るくしようと、笑顔いっぱいで声を掛ける。だが、資格者達の表情は強張った頬を崩さず、淀んだ空気も緩和しない。殺伐とした空気は蔓延したままだ。


 アーリア、その提案はいけない。口の中で舌を噛んだ。第一声から懐疑の目が向けられる。このルールなら、まずそれだけは避けるべき選択肢だ。アーリアは、そこまで思考を飛躍できていないだろうけど。それでも、一部の資格者から目を付けられる可能性はある。堕天使ではないかと。胸が軋む。アーリアだけは絶対に傷つけさせはしない。


「堕天使を見つける手段がありませんよ」


 白い仮面の男、ジークスがアーリアの失言に怪しむ様子もなく。ただ、おかしなことを言った子供を正すように優しく諭した。


「そんなこと、私もわかっています。方法をみんなで話しましょう」


 そんなことなど知る由もないといったよすで立ち上がり、目配せをして同意を求める。しかし、首肯する資格者はいない。


「堕天使がいる中、話し合いで見つかるわけがないだろ。はい、私が堕天使ですって正直にいうと思っているのか?」


 目を細め、顎を突き上げる。猜疑心というよりも小馬鹿にした目つきで、ビガラが悪態をつきながら否定する。


 アーリアの意見は理想論。堕天使は自分の正体がバレたらそこでゲームセット。尻尾を出す真似はしないと見るのが賢明だ。


「確かに、堕天使を見つけ出すのは難しいでしょう。でも、このまま何もせずにいると。秘宝を削らされるだけですね~」


 中指で眼鏡を押し上げて、思慮深い目で空を見上げるモーテル。試練の攻略法について頭を捻っている。そんな佇まい。


「でも、秘宝が減っていくのはしょうがないでしょ。堕天使は1人。11分間で、秘宝1つに2分かかる。つまり、1つのフェイズで5回行動できるから、堕天使は誰かの秘宝を5石破壊するってことだね~」


 緊迫した空間を逆行する明るく弾んだ声。パーミルがニコニコしながら意見を述べる。


「じゃあ、壊された資格者の秘宝をみんなで復元させたらいいね」


 アーリアの軽はずみな言葉に、みな険しい顔を作り。疑心を込めた鋭利な視線を送る。無頓着のアーリアもその視線には気づいたのか。目をパチパチさせ、周囲を見渡しその視線が確かなものだと受け止めると瞳を震わさながら座り込んだ。


「ふむ、なかなか勇敢な女性じゃな。こっちから、堕天使を探るとは。それも、1つの方法じゃが。そう攻撃的にならんでも。守り切ってもわしらの勝ちじゃ。わしに案がある。第1フェイズに秘宝を発動。願いは第2フェイズに隣の資格者に自分の秘宝を復元させると願う。第1フェイズに発動で1つ失われても第2フェイズに秘宝が元の10個に戻る。そうすれば、『虹雲』で使用しなければならない秘宝は次のフェイズで奪取できる。どうじゃあ、年の功ってもんじゃろ」


 作戦を提案したフーラは口元を緩め、笑みを溢す。資格者はそれぞれ、考え込む仕草を見せた。


『虹雲』時には秘宝を1石は使用しなければならない。第1フェイズの秘宝は最大で10石。誰かの秘宝を復元として使うことはほぼできない。今のフーラの提案なら、確かに第1フェイズの秘宝の採算は取れる。


「それって何も起こらない場合だろ。パーミルのいった通り、堕天使はきっと誰かの秘宝を5石壊しにくる。作戦で1石消費して、堕天使が誰かを狙い打ちさせたらもう秘宝は4石しかない。最悪、第2フェイズで秘宝がなくなって、死んじゃうじゃないか!」


 ヒサトが震える声で叫んだ。震えは傍から見ても身体全身に及び。顔も深海のように暗い。


 あいつ、帝国兵じゃなかったのか……。資格者の中ではザーリスの次に死線を越えている。ザーリスが試練に有利なのはその剛腕だけじゃない。日常が死に直結する戦場にいれば、命を賭けた試練でも冷静な判断が下せる。ザーリスほどではないにしろ。ヒサトはその点では有利に立つとみていたが…………。


「ヒサトっといったか…………」


 骨身に染みる重い声。ザーリスが威圧感を放ちながら鋭い睨みを利かせる。


「はぁっ! はい!」


 呼ばれたヒサトの背筋はピンっと伸び。身体は硬直。顔の方はさらに深海に沈む。


「もし、秘宝が4石になっていた資格者がいた場合、そいつは高確率で堕天使ではない」


「確かに……。そうですけど、秘宝が4つになる資格者がいることに間違いはないはずです」


 おどおどしながらもヒサトは思いを口に乗せ。恐る恐る、目線をザーリスに合わせた。


「怖いのか。命が天秤に乗る。そのことは承知の上で参加したのではないのか?」


 目からは鋭さが失せ、変わりに哀れみを含んでいく。


「怖くはない…………。でも、簡単に死ぬつもりはない。願いを叶えたいから。ただ、命の危険に晒されるのはごめんだ」


 ヒサトの臆病者とも取れる言葉だが、空気が変わる。みな、脳裏で想像しているのだろう。誰かの秘宝が半分になる。それが自分かもしれない。秘宝が半分になる。この試練では命が半分になったということだ。


「じゃあ、アーリアさんがいっていたみたいに堕天使に減らされた資格者は次のフェイズにみんなで復元させればいいじゃないですか?」


 リーファが首を傾げながら呟き。


「そうそう」


 アーリアは目を輝かせ立ち上がった。


「そうだよ。リーファちゃん。それなら、例え堕天使に狙われても元に戻る。堕天使は誰の秘宝もゼロにできないよ」


 アーリアの言葉に、リーファ以外は眉をひそませる。これで解決できるとアーリアは思っているのか、反応の不可思議さに。今度はアーリア自身が眉を歪めた。


「アーリア、色んな可能性がある。それだと、確証がない」


「確証? 可能性?」


 きょとんとした表情を浮かべる。このままでは、アーリアが浮く。それは避けたい。今は何か全体の指針となるものがほしい。


 ザーリスのいう通り、確証ではないが。秘宝が5石以上減った資格者は堕天使の可能性はほぼない。でも、それは資格者全体の考え、ヒサトのいう通り秘宝を破壊させた資格者はたまったものじゃない。だったら…………。


「なら、こんな方法はどうです。秘宝の発動を使う。資格者、全員に第1フェイズ終了時、秘宝が一番少ない資格者の秘宝を次の第2フェイズ時に復元を約束させる。そうしたら、一番少なかった資格者が第2フェイズ終了時には一番多くなる。今度は第3フェイズ時に、復元させて貰った資格者はこの時点で恐らく10石以上の秘宝を所有しているはずだ。その資格者は秘宝が少ない資格者に秘宝が10石になるように復元に回す。もし、秘宝を復元しなければ、そいつが『堕天使』と見て間違いない」


 頷きが所々見られた。一定の支持は得られている。そう考えていいのか?


「さすが、ラク。要するにみんなで協力して、堕天使に狙われた資格者の秘宝を復元させて、助けて貰った資格者は、また秘宝の少ない資格者を助けるってことだね」


「この試練。普通に考えれば、堕天使が勝つことは不可能だよ」


 何人かが目を開いた。女神の試練は歪なチーム戦。資格者が9人。堕天使が1人。資格者の秘宝が計90石に対して、堕天使が10石。『虹雲』時は11分、秘宝を使用する時間は2分。つまり、1つのフェイズで5回、行動回数がある。堕天使が秘宝を壊せる最大回数が全部で50回、これでは少なくとも5人しか秘宝をゼロにできない。堕天使の勝利条件は、資格者全員を殺すこと。数が全く合わない。


 ある事体が起きない限り…………。


「そう、ラクのいうとおり。この試練、堕天使は勝てない。資格者が互いに秘宝を壊さないかぎりはな――――」


 フーラが垂れ下がった目から、鋭い眼光が覗く。資格者達を一瞥した後。もとの温かみのある眼差しに戻った。


「そうだよ。簡単じゃん。みんなで仲良くして、願いを叶えようよ!」


 眩しい笑みを作り、元気はつらつなリーファ。試練が簡単なものだと思い楽観視しているのだろうか。明るい口調で話すが重い空気が浸透しているのを察知すると、しゅんとして俯いた。


「そうですね。取り敢えず、第1フェイズはラクの作戦でみなさんよろしいですか?」


 ジークスの問いかけにそれぞれ間はありながらも、皆々頷いた。


 そう、勝てるはずだ。でも、懸念はいくつかある。今、僕から堕天使ではないと判明しているのは、僕とアーリア。名前が知れているザーリス残り7人の中にいることに。逆に、他の資格者からは自分自身とザーリスは堕天使ではない。


「方向性は決まったが、まだ時間は30分もある。時間は有限だ。この時間を無駄にはできないぞ」


 どっしりと構えるザーリス。鋭い目つきで資格者を睨む。まるで、獲物を探しているかのように。


「ほう、そうじゃの。一旦、状況整理といこうか。堕天使は1人。これは、女神様がいっていた。まず、間違いないじゃのう。ということはじゃの。堕天使が、資格者のふりをしているということ。『堕天使』伝承に通りなら咎を犯した元天使。天界から下界へと追放された罪人じゃろう」


 天使。天界に住まう人ならざる人。マルス帝国のみならず、世界中で常識となっている思想。自然の恵み、異能の力、スキルも天界から授かる。死んだら、魂は天界に昇り、天使を統べる女神様の審判によって次の器を決められるという。


「でも、ザーリスが堕天使ってこともあるだろ。だれも、軍神を見たことはない」


 挑発的な笑みを受けべ、鋭い眼光を放つザーリスを睨み返すビガラ。一瞥されるだけで竦み上がる威圧感に負けることなく、平然と口を滑らす。


 こいつも、只者じゃないな。ビガラとだけ名乗った。それも気になる。性を名乗れない理由でもあるのか。職に問題があるのか。どちらにしろ、要注意人物には変わりない。


「確かにお前のいう通りだ。俺がザーリス、本人であることの証明は武力でしか示せないが、それを見せるとあの世いきだからな」


 重みのある声は更に殺気を帯び、声だけで刺し殺すだけの声量を放つ。


「ひぃっ!」


 隣で既に震えているヒサトが更に腰を引かす。そこには武人のかけらもなく、どちらかというと温室育ちの貴族のようだ。ヒサトのガタガタとした震えはまだ止まらない。


「ヒサト、お前さんはザーリスを見たことがないのか?」


「はい…………。俺みたいな、一兵士は…………。なかなか、お目に掛かれなかったです」


「そうか、なら。この中で知り合いは、ラクとアーリアだけか」


 フーラはゆっくりと、視線を2人に移す。


「私たちは同じ村の出身です。幼い頃より、知っています。なので、ラクは堕天使ではないです」


 アーリアはさも当たり前のように言い切るが他の資格者には伝わらない。ある可能性を探りたくなる。


 フーラ、ビガラ、ザーリス、この辺りは疑っている。当然だよな。モーテル、パーミル、ジークスは表情が一切読めない。リーファとヒサトは…………。


「じゃあ、ラクさんとアーリアさんは堕天使ではないね~」


「あぁ、2人、堕天使候補から外れてよかった」


 ほっと、ひと安心とした様子。ヒサトもリーファも肩から荷が下りた表情だ。


「お2人さん。完全に信用できませんよ」


 ジークスの言葉に、2人はきょとん顔をしかめる。


「どうして? 堕天使は1人。知り合いが2人いれば、そいつらは堕天使じゃないだろ」


「確かに、女神様は堕天使の人数は1人といいました。だが、純粋に堕天使を倒す資格者が9人いるとはいっていない。ルールを見ると、堕天使が不利すぎます。私は確実に、堕天使の協力者がいると考えています」


 空気を裂く、鋭く自信に満ちた声。白い仮面の奥からこちらを睨む視線を感じる。


 冷静な判断、真っ当な思考。僕もそっち側だったらそう考える。


「そして、2人とも知り合いということで、一定の信頼を得られ。2人で話していてもなんら不自然さはない。2人を堕天使ではないと決めつけるのは軽率だな」


 ザーリスも同様の意見。フーラも同じく頷く。


「ちょっと、どうしてそうなるの? 私達はだた同じ村で暮らしていた。それだけなのに――――」


 アーリアは戸惑いの色を隠さないように見えた。疑いを向けたジークス、同意を述べたザーリス、フーラを必死に説得しようとしたが、猜疑心の目は変わらない。肩を落とし、しょんぼりと視線を落とす。


「ごめん、ラク。私のせいで…………」


 吐息のような微かな声。俯きながら青ざめた顔をこっちに向けた。


「どうして、謝る必要なんてない」


「だって、私のせいでラクまで疑われることに――――」


 アーリアは唇を噛みしめた。これは彼女の癖。自分に対し、苛立ちが募るとそれを抑えようと口を閉ざす。感性が豊で何でも思ったことを口にする。いい性格でもあるが、場合によっては人を傷つける。思いを留めるためのしぐさ。これ以上、自分が主張しても何も伝わらないと、ようやく気づいたらしい。顔は相変わらず暗い。


 このままではまずい。アーリアと僕に向けられた。疑心の目を晴らさなければ。


「僕達の疑いはまだ晴れないこともわかっています。堕天使でも、協力者でもないことはこれから証明する。それしかない」


「はい、期待していますよ」


 ジークスは淡々と言葉を返した。他の資格者達は僕達を睨んだり、驚いたりしたが。唯一、表情の見えないジークスが返答を返してくれた。


「これ以上、議論することもないだろう。俺は少し、席を立たせてもらう。いつまでもこんなところにいても肩が凝ってしかたかない。試練の間にいなければならない。なんて、女神様はいっていないだろ」


 周囲の反応を確かめる前に、ビガラは席を立った。あっけにとられる資格者達の目など気にする素振りもなく、ズタズタと右手深くの森へ。程なくして、霧に隠れビガラの姿は消えた。


 資格者は強制的に『虹雲』に包まれる。別にずっとここにいなくてもいい。恐らく、大きな『虹雲』から出なければ、どこにいても試練は受けられる。でも、気になる。この状態から、抜け出すのか……。


「そうだな。俺もそうさせて貰おう。あと30分、軽い運動でもするとしよう」


 続いてザーリスも席を立った。巨大な体躯に似合わない軽やかな身のこなしで森の奥に消える。


 それが、流れだった。唐突な試練開始。みんな気が張っていたのだろう。正体を隠した敵がいる。傍に自分の命を狙う者がいる。ずっと、そんな状態でいるのは酷く疲れる。ビガラ、ザーリスを皮切りに次々と席に立った。


「ラク、私達もどっかにいこっか」


「あぁ」


 席に残ったのは僕達を除いて、フーラ、ジークス。他の資格者達はそれぞれバラバラに森の中へ散っていった。


 試練の間から南に5分。『虹雲』に包まれるまで、残り15分といったところ。方向は来た道を戻った。もう、霧の中で昔の記憶を見せられることもない。


「アーリア、僕のいうこと。信じて貰える?」


 声にした瞬間、違和感が襲う。なんだろう? わからない。


「もちろん、ラクのいうことなら何でも聞くよ」


 いつものように笑顔で返事をするアーリア。気のせいか、そんなことより。


「アーリア。『虹雲』での時間。僕の作戦通りなら1石秘宝を発動させて終わりだけど、他にもやることがある。アーリアにも手伝ってほしい」


「うん、何?」


首を少し傾げ、上目遣いで言葉を待つ。


「いくつか、確かめたいルールがある」


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