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ぬくもり

 資格者、ラク。ザーリス。リーファ。試練達成です。よって、願いを叶えましょう」


 試練の間、中央に位置する水晶。再び、虹色の輝きを取り戻し試練終了のアナウンスを伝える。


 肌を刺激する温かい感覚。虹色のオーラが身体をやさしく包み込む。


 刹那、七色の光が網膜を焼く。パチパチと瞬き数回、眩しさを緩和し視界がはっきりと開く。


「これは…………」


 今のいままで広がっていた幻想的な光景。七色の雲、『虹雲』は跡形もなく消え去っていた。目の前に広がる。緑色豊かな木々。虫の鳴き声。澄んだ空気。どこにでもあるあふりれた森に戻っていた。


「うぅおおおおおお!」


 獣のそれと変わらない雄たけびが森に響いた。見るとザーリスが両手を広げて眉を上げる。ザーリスに何ら変化はない、見える限りでは。思わず、眉を潜める。暗殺者、いや、男とての潜在的な本能が警告する。


「ラク、お前にもわかるだろ」


 ニヤリ顔を浮かべるザーリス。


「はい、前より格段に強くなっていますね。もう、僕でも殺せません」


 ザーリスから発せられるオーラがこれまでと桁違だ。今のザーリスなら、秘宝のドーピングがあったヒサトでさえも返り討ちにできるだろう。


「ザーリスさんの願いは強くなることだったのですか?」


 もはや人の域を超えたザーリスの強さ、圧倒的な武力を手に入れた理由はそれしか思い浮かばない。


「いや、俺の願いは世界平和だった。きっと、この力なら世界中の戦争と止められる。女神様はそういいたいってことだろ」


 世界平和、軍神ザーリスからの出たその願いに意表を突かれながらも、再びまじまじとザーリスを見つめる。圧倒的な強さが、世界平和に繋がるかどうかは疑問が残るが、女神様から力を授かったのは間違いない。


「女神様に願いを叶えて貰えたのですね。だったら、私の村も!」


 明るい声が森に響き渡る。リーファの顔も試練中とは違い、天真爛漫。きっとこれが本来のリーファの姿なのだろう。どこの村にもいる元気な少女。ザーリスの変化によって、実際に願いが叶えられているといっていい。ならば、リーファの故郷を苦しめる疫病も綺麗さっぱり治っているはずだ。


「ええ、そうよ。あなた達の願いは叶った。よかったね」


 抑揚のなどない。感情をゼロにした乾いた声。堕天使、ミリーは草花の上に座り込み、背を木に預けていた。顔はどこかの雲を一点に見つめ。口をぽかんと開く。


「むっ!」


 リーファは唇を尖がらせ、ミリー詰め寄る。顔を真っ赤にして、けれど泣き顔は見せずに、確かな足取りで足を進めた。


「ラクさんにお礼をいってください。命を助けてくれたんですよ。本来なら、一番、恨みを持つラクさんに!」


「どうして、私が人間などに謝罪をしなければならない。私にとって、人は殲滅の対象よ」


 ミリーは見上げ、リーファを睨む。対するリーファも引くことなく、睨み返す。一瞬、空気が止まったが。


 地響きが2人を襲った。


「悪いが、リーファ。謝罪は強制では意味がない。わかるな」


 瞬時に移動したザーリスがリーファを諭す。リーファは「そうですね」と小さく呟くと顔を逸らした。


「だが、人間を殲滅しようとする気がまだあるのなら、ラクには悪いがここでお前を殺す」


 ザーリスの獣目がミリーを捉える。しばらく、経ったあと。


「この状況じゃできないでしょ」


 そういいながら、ミリーは立ち上がり。踵を返して森へ歩き出す。


「どこへいく?」


「どこでもいいでしょ、あんた達に関係ある。願いを叶えた3人で祝杯でも上げればいいでしょ」


 そういって、ミリーは森の中へ姿を消していった。



 願いを叶えた3人?


「ほんと、去り際さえも嫌味をいうなんて、大っ嫌いです!」


 ぷぃっと頬を膨らませながらリーファがこちらに寄ってくる。目が合った。神妙な顔に変わり、肌触りのいい声に変わる。


「本当にラクさんには感謝しています。『女神の試練』中は酷いことをいって申し訳ございません」


 深々と頭を下げたリーファ。


「もういいよ、全部終わった――――――」


 そう何もかも終わった。


「ラク、俺の下で働かないか。お前なら俺の右腕になれる。一緒に、世界を平和にしよう。それはきっと、アーリアという女の願いでもあるのではないか?」


 励ましのつもりなのか。少し陽気な声でスカウトされた。男として世界最強の男に力を認められるのは悪い気はしない。でも…………。


 「ごめんなさい。アーリアは戦争自体が嫌いです。人を武力で屈服させるなんて、人を信じていないのと同じだって。でも、決して軍人を軽蔑しているつもりはないです」


「ふん、理想論だな」


「はい、僕もそう思います」


 ザーリスの頬が少し緩んだ。


「そうか、じゃあ俺も失礼する。帰って軍にもいろいろ報告しなければならない。あぁ、もちろんお前のことは黙っておくからな」


 そういいながらザーリスは大きな歩を進める。


「感謝しています。あなたの機転がなければ、堕天使に負けていました」


「何言っている、お前のおかげだろ。王殺し、いや、木こりのラク」


 ザーリスはにこやかに笑みを浮かべると踵を返した。大きな背は帝国の英雄の姿、今からは世界の英雄として羽ばたかんとしている。


「ラクさん。村が落ち着いたらレンニック村にもいきます。その…………こんな私だけどきっと何か役立てることがあると思います。何か村の復興の手伝いをさせてください」


 また、深々と頭を下げた。


「あぁ、よろしく頼むよ。リーファ」


 頭を上げたリーファは目を輝かせ満面の笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます。では、私もこれで。それにしても女神様、疫病を治せていたら感謝はしますけど。ラクさんへの仕打ちは酷いです! きっと、ラクさんの願いはアーリアさんを…………」


 今度はぷいっと頬を膨らませた。喜怒哀楽に忙しい子だ。


「ミリーがいっていただろ。『女神の試練』の参加者は自分が決めたって。どんな願いなのか関係ない。願いが叶うかなんて関係ないのだろう」


 アーリアを救う。アーリアが死んでるいるなら、その願い事体不可能だ。


「ラクさん…………。またお会いできるのを楽しみにしています」


 また、深くお辞儀をした。見上げた顔は悲しい顔をしていた。ゆっくりと後ろを振り向く、リーファの小さな身体は程なくして、森の中に消えていった。



 冷たい風が白髪の髪を揺らす。緑の香りが鼻に付いた。


「ふぅ~う、終わったか――――」

 

 溜息混じりに両手を握りしめ頭の上に、踵を上げた背伸びをする。


 終わった、全部。きっと、リーファの願いは大丈夫。村のみんなも救われるだろう。ザーリスもあの力で、世界を平和にするために使うのだろう。


 そして、僕は――――――。


 ゆっくりと右手を広げる。アーリアに促され封印した右手。でも、女神の試練でこのスキルで窮地を脱した。あらぬ、疑いも掛けられたけど。今まで人を殺すことしかできないと思っていた力が、人を守ることに使えた。けど…………。


「僕が守りたい人はもうこの世にいない」


 胸がズキズキと痛い。鼓動の度に心臓を大槌でぶん殴られたような衝撃。手足が痺れ感覚が無くなる。瞳から涙が溢れ、哀れな声を上げそうで、思いっ切り唇を噛んで堰き止めた。


 ここで叫んじゃだめだ。自分がおかしくなる。また、暗闇に戻る。そんなことアーリアは望んじゃいない。強くならないと。


 ゆっくりと目を閉じる。それでも瞼の隙間から涙は零れる。ぬめっとした感覚が頬を伝った。


 そうだよ、前を向いて。ラクなら私がいなくても大丈夫だから。人を信じて。


 アーリアの声が聞こえた。僕の心の中から。


「うん、わかったよ。アーリア」


 生きよう。かつて、何千人もこの手に掛けた、大罪人だけど。今度はその力を何か、人のために。僕が、人を信じて使おう。



「ラク、何にやけているの」


 不意に声がした。聞き馴染みの明るい、空気をスキップするような声。


 はっとして、目を開く。


「どうして――――――――?」


 サラサラとした金色の髪は腰まで伸び、琥珀色の瞳、薄紅の唇。子供のように小さな顔。水色のスモック・ブラウスに白いスカートといった素朴な服装でもその可愛さは変わらない。僕の大切な人。


 なんで、僕はまだ幻影を? まさか、ミリーがまたスキルで化けたか?


「ふふふ。戸惑っているラクの顔は面白いね」


 アーリアはニコッと笑って。軽やかな足取りでこちらに近づく。こちらの混乱と警戒心にお構いなく。手が届きそうな距離まで詰め寄ると。表情が変わり、伏し目がちに、琥珀色の瞳から涙を溢した。


「ごめんね、ラク」


 ぼそっと絞りだしたかのような声だった。


「えっ?」


「あの夜。嫌い、っていって。ラクは私を守ろうとしてくれたのに」


 蘇った記憶。共和国にレンニック村が襲われ、アーリアが村長助けるために火の海に飛び込もうとした直前、腕を取り無理やり止めたが。アーリアに「嫌い」といわれただけで、僕の意識は真っ白に。その間にアーリアは帰らぬ人となった。そして、僕はその現実を受け入れられず、アーリアの幻影を作った。どうして、止められなかった。アーリアが僕をどう思おうと僕がアーリアを守りたい気持ちに変わりはないはずだったのに。


「本当に後悔したの、死んでもずっと、ずっとね。私の魂は天界にも下界にもいかずに彷徨っていた。大好きな人に、「嫌い」っていってしまって。謝れずに死んだこと。私はずっと苦しんでいた。だから、ラクが女神様に、「アーリアを救ってほしい」ってお願いしてくれたから。私が救われるための手段を女神様はくれた。ラクに直接謝れるように生き返らしてくれたの」


 琥珀色の瞳が輝いた。アーリアの頬が吊り上げる。そこにいるのは紛れもない。僕を救ってくれた、アーリアだ。


「僕も大好きだよ。アーリア」


 華奢な身体を抱きしめた。体温が伝わっていく。雲のような軽さはなく、それが何よりも嬉しい。ゆっくりと目を合わす、思わず頬が緩む。アーリアも同じように素敵な照れ笑いを浮かべていた。

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