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正体と真実

 虹の光が収まり、虹色の光が弱く感じる。


 視界が開いた。直ぐに、周りを確認する。


 アーリアがいる。それと、リーファ、あとは――――――。


 2人の死体。動かないパーミルに、奥歯を噛みしめた。もっと早く気づいていれば彼女を救えた。そして、もう1つの死体。ジークスが横たわり動かない。


 次いで秘宝の数を確認する


 白い輝き、僕の秘宝は8石。第8フェイズからマイナス6石。


 黄金色に輝くアーリアの秘宝。輝きは10石、第8フェイズから増減はなし。


 桃色のリーファの秘宝、輝きは5石。第8フェイズから増減はなし。


 青い輝き、パーミルの秘宝はゼロ。第8フェイズから1石マイナス。


 銀色の輝き、ジークスの秘宝はゼロ。第8フェイズからマイナス10石。


 第9フェイズ終了時の秘宝はこのようになっていた。


「どうするの? 堕天使さん。詰んでいるよ」


 冷酷な声でリーファが諭す。目は死んだ魚のように虚ろだ。


「アーリアさんの秘宝がまだ10石ある。これじゃあ、もう1人で秘宝を壊せないね。それとも、私の秘宝を破壊して一緒に死ぬつもり?」


 冷淡な声は変わらない。


「何をいっているの! 詰んでいるのはあなたの方です。堕天使、リーファ。ジークスが死んだ。残りはあなたしかいません」


 対照的にアーリアは目を吊り上げ、怒りの形相を見せる。


 この期に及んで、堕天使だと認めずラクを堕天使とを吠えるリーファを呪い殺さんとする視線。


「もう、いいよ。アーリアさんが信じてくれないと堕天使のラクの秘宝は破壊できない」


 僕の秘宝は残り8石。全て壊そうとすれば2人の協力が必須だ。


「ラクさん。いえ、堕天使。これでも村は助けてくれますよね。私みたいに病気を治してくれますよね」


 リーファの頬から涙が流れる。手を付き頭を地に擦りつける。


「僕は堕天使ではないが、『虹雲』のときにした約束は死んでも成立するはずだよ」


 ゆっくりとでもはっきりとした口調で伝えた。僕の言葉が耳に入ると、リーファは立ち上がり、「よかった」と呟いた。


「そうだよ。リーファちゃんの村の疫病はちゃんと治してあげるから。でも、そのあと虐殺するね。ジークスとの約束だし」


 それは、挑発的な笑みで呆然とするリーファを見下す。


「何をいって……」


「だって、約束したのは村のみんなを疫病から治すことでしょ。その後どうしようかなんて約束していない。つまり、何をしようと私の勝手ってわけ」


 にんやりと、天使のような微笑みで。それが言葉を付け加えた。


「えっ……………」


 声が漏れたリーファ、驚いた顔に満足したのか、口を大きく開き。醜悪な笑みを浮かべる。


「はぁはぁはぁ、滑稽、滑稽。本当に人間って生きている価値ないよね~」


 アーリアの声で、顔で、それは語り出した。


「私が本当の堕天使なの」


 それは紛れもなく。アーリアの天使の笑みだった。


「何をいって――――。堕天使はラク、ずっとこの目で見てきた」


 真剣な眼差しなリーファに、それはゆっくりと頬を上げた。


「あぁ、私がラクに化けたの」


 嘲笑うかのような口調だった。


「っ! そんなはずない! ちゃんと、秘宝を発動させて確認した。秘宝で偽物になった人がいるかどうかって」


「そうだよね。自分が秘宝を発動し、姿を隠してヒサトに会った。だから、姿を変えるとしたら秘宝を発動される、そう思うよね」


 また、それは笑みをつくり。


「スキルの能力か――――――」


 見ていられず、口を割った。2人の視線が集まる。瞳に涙を溜めるリーファの視線と、アーリアの笑顔を被るそれの視線だ。


「ご名答。でも、もう遅いね――――――全部終わりだから」


 それは決してアーリアはしない醜い表情で。


「『変幻空間』解除」


 ドス黒いオーラが放出させる。煙幕のように包み、やがて煙のように漆黒が消える。


 そこにアーリアと思わしき姿はなかった。腰まで伸びる黒い髪。長いまつ毛に、高い鼻。ふっくらとした唇。漆黒ドレスから谷間が覗き、スリット隙間から細い足がチラリと見え隠れする扇情的な姿。背に生えた。白い右翼と黒い左翼は人ではないく、伝承に聞く天界人の姿そのもの。


「資格者のお2人。初めまして堕天使、ミリーっていいます。残り少ない命ですけど。よろしくね!」


ミリーは侮辱するかのように嘲笑い、2人を見下ろした。


「そんなスキル――――」


「聞いてない? なんて、いうつもり? どこまでお花畑なの。正直にスキルをいうはずないじゃない」


 唇を強く噛み締め口元から血が滴る。私はいったい何をしてきたのだろう。堕天使の甘い声に誘われ、ヒサトさんを騙した。そのヒサトさんはザーリスさんを殺した。同じ、協力者というジークス王子と一緒に、モーテルさん、ビガラさん、フーラさんの秘宝を砕いた。ラクさんの説得に心が揺さぶられたのに、偽物のラク、堕天使に騙され、パーミルさんを堕天使と嘘をついた。そして、怒りのまま堕天使だと思っていた。ラクさんを堕天使だと――――――。


 私は全部。堕天使に踊らされていた。


「リーファ、気にするな。落ち着け」


 視線を上げた。そこにはにっこりとほほ笑むラクの姿があった。



 よし、まだ、大丈夫。リーファは動ける。


「まさか、アーリアに化けて出るとは――――すっかり、騙されたよ」


 瞳が沈む。懐かしい感覚、できれば、もうこの感覚は思い出したくなかったけど。いや、違うな。自分が殺したいと思ったのはこいつが初めてだ。


「堕天使、これで終わりだ」


 刹那、銀の軌道な空を横切る。直線の先はミリーの首。人の速度ではない動き、人の眼では捉えられず。一閃、以外は闇へ消える。魔物とでは練度が違う。僕、本来の実力。殺せない人間はいない。


「凄いね、人間だったら死んでいたよ」


 銀の刃が綺麗な首筋を刎ねる瞬間、虹色のオーラが発光し、視界を奪った。


 なんだ、ここ…………。


 意識が遠のく。堕天使、ミリーの首を刎ねる瞬間だったが虹色の光で目を閉じてしまった。直ぐに、眩い光に抵抗しながら目を徐々に開いたが。


 目の前の景色をよくよく観察すると、見覚えのある景色、もう、見られない景色が広がっていた。森の中に建てられた煉瓦の家々、懐かしく感じる。共和国、暗殺者達の衝撃を受ける前のレンニック村。


 どうして、こんなところに、いや、この感覚は…………。


 黒い影の点々。影は村人に近づく、首を刎ね。家々を燃やす。やがて、村は血と炎の海に包まれた。


「やめて!」


 アーリアの泣き叫ぶ声が響く。


 そう俺は間に合わなかった――――。何を? 


 暗殺者の集団はアーリの首を刎ねる。だが、逆に暗殺者から血が飛ぶ。金色のオーラがアーリアを護る。傷1つない。清純な姿なままだ。


「アーリア無事だったか!」


 ここで僕がアーリアの元に駆けつけた。


「うん、でも、村が…………」


 男の叫び声が聞こえた、聞き馴染みのある声、レンニック村の村長であり、アーリアの父親の声だ。耳を突く断末魔が聞こえたのは大きな赤煉瓦の家。火炎がおびただしいほど燃え上がっている。


「お父さん!」


 涙を流し、アーリアが駆け出す。


「やめろ! アーリアまで巻き込まれるぞ!」


 家に駆けだしそうなアーリアの手を掴み、彼女の行動を止める。琥珀色の瞳が怒りを覚えながら僕を睨む。


 無理やり止めた。あの炎の海に飛び込めばアーリアも無事ではない。炎には悪意などないから。この後もずっと泣いていたな。当然だ。大好きな村が滅茶苦茶になって、唯一の肉親である村長まで死んだ。アーリアが記憶を改竄してもおかしくはない。僕が間に合わなかったから、もっと早く暗殺者達に気付いていたら……………。


 救えていたのに――――――。アーリアを?


 心臓の鼓動が早まる。血液が脳に集中する。何かを思い出そうとしているように。


 映像は続く。


「離してよ!」


 アーリアは大声で喚く。


「駄目だ。アーリアまで巻き込まれる」


 僕は諭すように、なるべく優しい声でいったんだ。


「このままじゃあ、お父さんが、死んじゃうの!」


 泣きながらアーリアは細い腕で、華奢な身体で僕の腕を振りほどこうとする。


 無理だよ。木こりで鍛えた腕、か弱い女の子に振りほどかれるほどではない。


「いいから、離してっていっているでしょ!」


「できないよ」


 アーリアが唇を噛みしめながら見上げる。


 えっ………………。こんな記憶はない。何だ、この映像は――――――。


 琥珀色の瞳は暗く淀んでいた。僅かに唇が動く。


「嫌い――――――――」


 アーリアから発せられる、金色の光が僕の身体を弾いた。


 瞬間、脳に衝撃が走る。覚えのない記憶、それが瞬く間に身体中に染みていく。


 頭の中が呆然と、アーリアの言葉に全身が金槌で撃たれたような衝撃が走る。どこか冷静に僕が状況を伝える。アーリアに嫌われた、唯一、信じられる人に嫌われた。


 僕はアーリアの腕を掴む手を離してしまった。すぐさま、アーリアは僕の手を振り払い業火に包まれる我が家に向かう。涙を流しながら、ドアノブに手を掛け火の海に飛び込む。


「アーリア――――――――――っ!」


 心を引き裂く魂の叫びはただ虚しく、レンニック村の夜空に響いた。



 ふと、涙が溢れていた。さっきの光景の意味がわからない。アーリアが死んだ、それもあの夜に…………。


「理解できない? それとも、理解したくない?」


 からかうような軽い言葉がミリーから聞こえた。


「あれは――――――。試練の前に見させられた記憶?」


 喉の奥から、枯れたような声を絞り出す。


「そうよ。さっきのは、私が下界で得たスキル、『脳内具現化』。あなたの記憶を映像化させて貰ったわ。勘違いしないでね。何も手を加えていない。あなたの記憶の奥底にしまった。事実だからね――――――」


 悪魔のように笑いながら、現実を突きつける。


「あれが、事実――――。違う、あの夜、確かに村は襲われ、多くの人が殺された。でも、アーリアは――――」


 頭の中が、じちゃじちゃに。アーリアは『金色覇気』で護った。死んだのは村長、アーリアの父親。それにアーリアは混乱して…………。


 泣いて、泣いて…………火の海に飛び込んだ。


 瞬間、頭の中で欠けていたピースが嵌り、パズルが完成する。受け入れられなくて、自ら記憶を改竄した記憶のパズル。


 あの夜、父親を助けようと火の海に飛び込んだ。直ぐに、僕は止めようとしたが…………。黄金色の覇気によって、拒絶された。必死に父親を助けようと躍起だったアーリアにとって、それを阻む僕の行動は、悪意と見なされた。


 記憶が徐々に鮮明になっていく。一瞬、呆然としてしまった。初めて自分を受け入れてくれたアーリアの拒絶に、頭が真っ白になってしまった。肉親の命の危機に、正常な判断が下さないのだと、飲み込むことに少し時間が掛かってしまった。


 既にアーリアの姿はなく、煉瓦の家のドアは開いたまま。


 間に合え、間に合え、間に合え。


「生きてくれ! アーリア!」


 空を夕暮れに変えんばかりの炎は止んだ。木々は広範囲に燃え広がり、家々は焼き尽くされ、村人の遺体さえも灰となっていた。


 僅かに煉瓦の跡が残る家。そこに…………。


「アーリア……………」


 金髪の長髪が僅かに残る。焦げた少女をゆっくりと抱きしめた。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ、どうして、どうして、どうして、アーリア、アーリア、アーリア!なんで……………。いやだよ…………。生きていてよ…………。それが僕の唯一の願いだ…………アーリア」


 ラク、ここだよ。


 どこからか聞こえてきた声に、思わず振り向く。そこには傷一つない、アーリアの姿が。


「アーリア!」


 思わずアーリアを抱きしめた。それはとても軽かった雲のように。


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