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感覚

「堕天使はラクです」


 空耳かと思った。大きな声はしっかりと鼓膜に響いたのに、頭はそう判断したらしい。


 立ち上がったリーファは、手で涙を拭きながら今度は落ち着いた声でもう一度いった。


「堕天使は――――ラクさんです」


 今度はその言葉をしっかりと受け入れた。リーファがまだ堕天使側に付き、資格者達を陥れようとしている事実を。


「何いっているの。いい加減にしなさいよ。また、そんな適当なこといって。さっきの証拠も怪しくなっちゃう」


 再三の堕天使の告白。始めにいわれたパーミルは、目を細め呆れている。


「リーファ…………。いったいどうした?」


 リーファ、まだ、堕天使を庇っているのか。でも、そうしたらなぜ。『映像再現』で証拠を見せた。あれはジークスが堕天使だという証拠だ。


「ラクさんがいいましたよね。自分に嘘を付くなって。だから、私は堕天使であるラクさんに歯向かうことにしました」


 ハキハキとした口調で胸を張り宣言する。目は凛としていて、何があろうと揺らがない唯住まい。


「だから、何をいっている? 堕天使はジークスだろ!」


「いいえ、ジークスは協力者です」


 きっぱりとそう言い放った言葉に、衝撃が走る。


「それはおかしくない。ジークスは次にどの資格者を狙うか、指示していたのよね?」


 パーミルが別人のように変わったリーファに驚きながら質問を投げかける。


「いえ、堕天使からすれば、資格者達なら誰でもいい。ラクさんと私以外だったら、誰でもいいのです。ですから、誰を狙うのかは、何も堕天使が決めなくてもいい。もし、狙いが堕天使や協力者になれば秘宝の減少が少ないことで判明する。そうですよね。ジークス」


 氷の矢のような視線がジークスに刺さる。


「ハァハァハァ」


 猟奇な笑い声が聞こえた。唐突に発狂し身体を曲げたジークスは、不適な笑顔のまま口を開いた。


「なんだ…………。ただの三文芝居か。堕天使はリーファ。ここでラクを堕天使といい。堕天使候補を私とラクに絞り込む作戦ですね。ほんと、その2人の繋がりにはやられましたよ」


「違う!」


 空を裂かんばかりの鋭い声がリーファから発せられた。


「ジークスが何をしたいのかはわからないけど。私はずっと、ラクと『虹雲』のときに会っていたの。そして、ジークスが協力者であることも聞いていた。花の伝達作戦を聞いたときに。とにかく、私のいうことを信じて、ラクさんの秘宝を砕き切れば――――――」


「いい加減にして! ラクはそんなことしない!」


 アーリアの鼓膜が弾けそうな声に、流石のリーファも押し黙った。琥珀色の瞳から落ちる涙。顔はくしゃくしゃに身体は震える。


「ちょっと、考えさせてね」


 腰に手を当てて、顔を伏せるパーミル。


「私はもちろん、堕天使、リーファの秘宝を砕きます」


 ジークスは高らかにそう宣言した。


「私は、ジークスだよ。本当はわけのわからないことをいっているリーファの秘宝を砕きたいけど。それは、自分が囮になっているだけだと思うから」


 アーリアも力強く自分の意見を述べた。


「えっ……」


 思わず、声が漏れてしまった。


「うん、珍しいね。今までラクにおんぶにだっこだったから。ラクがピンチな今こそ。私の出番でしょ!」


 そういって、はにかみながら軽くウインクを投げつける。


「僕はもちろん、ジークスの秘宝を砕く。そうしたら…………。協力者のリーファが秘宝を復元させると思うから。それが堕天使の証拠になる」


 横目でリーファを見る。充血した目で、じっとこっちを睨んでいた。


「うん、そうなったらまた考えるね、私も生きているかわからないけど――――――」


 本来なら、ほぼほぼ堕天使ではないと考えられるパーミルの秘宝を復元したい。あと、1石となっている彼女の命は空前の灯。堕天使が1石破壊すれば、試練から追放となるが。資格者達にそんな余裕はない。


 生き残っている5人の中に堕天使と協力者、堕天使側が2人いる。もし、パーミルを生かすなら資格者側の2人がそれぞれ、パーミルの秘宝を5石ずつ復元すれば、パーミルは確実に生き延びる。だけど、次に生きている保証がない。


 秘宝の数は10石以下がほとんど。死ぬかもしれない状況、そこから抜け出す方法はただ1つ。堕天使の秘宝をゼロにすること。堕天使だと思われる秘宝を破壊しなければならない。パーミルの秘宝を復元する余裕はない。


 という、言い訳ができるから、リーファとジークスにパーミルの秘宝を復元させると促せない。その間に、資格者が死んだらどうする?と言われかねない。


「それだったら、パーミルさんは確実に殺されるよ…………」


 リーファは脈絡のない声音だった。目の充血な消え、代わりに深い闇が映る。憎悪を練り込んだような瞳で無機質な笑みを浮かべ語り出す。


「堕天使のラク、秘宝は14石。でも、ラクの秘宝を砕くと宣言しているのは私だけ。当たり前にラクは次も生き残る。宣言通りだとしても、次で死ぬのは、私とパーミル。パーミルの秘宝は1石。ラクを盲信しているアーリアが秘宝を砕いてもジークスは死なない。ラクは余った10分間、誰の秘宝を砕くのか。パーミルの秘宝を1石砕いて、パーミルを追放する。アーリアの秘宝を4石砕いて、残り7石とさせる。そうしたら、第9フェイズ後。生き残っているのはラクとアーリア、ジークスだけ。堕天使のラクの秘宝は私が砕いても残り9石。対して、アーリアの秘宝は残り7石。自分の秘宝は復元できないから、あとは堕天使のラクと協力者のジークスが最後の資格者のアーリアの秘宝を砕き切り、ジークスはラクが殺して試練終了。女神の試練は堕天使の勝ちですね」


 淡々とした口調は反って絶望感が漂い、周囲に伝染する。主張は論理的で結末は最悪。もし、当事者でなければ僕も飲み込まれてしまいそうな説得力だ。


 視線をパーミルに移す。頬に手を遣り俯き、どこか一点を見つめる。決めていた心が揺さぶられ疑心の海に溺れているかのようだ。


 でも、僕の秘宝を砕くのはパーミルだけでは足りない。アーリアを説得しないと。


 横目でアーリアを見ると颯爽と立ち上がり、駆け足でリーフェの元へ向かう。


 パァンと肉が叩かれた音が響いた。


 リーファの頬は赤みを帯びていく、頬を片手で抑えながら、ビンタされたアーリアの顔を睨む。


「どうして、ラクをそんなふうにいうの」


 ぽたぽたと落ちる涙。


「ラクはそんな人じゃない!」


 絶叫、発狂、そんな声。


「ラクは私を、村を守ってくれた。大切な人――――」


 最後は小雪のように溶ける。寂しい呟きだった。


 アーリアの鬼のような視線から目を外し、横を向きながら。


「その気持ちを利用されているの――――――」


 とぼそっと呟いた。


「ふざけないで――――――っ!」


 アーリアは拳を振り上げた。華奢な身体にふさわしい可愛らしい手は、拳になってもその繊細な指は美しく。振り下ろされたギザギザな軌道はとても人を殴ったことなどないことを如実に表す。


 それでも、アーリアは目を瞑って歯を食いしばる。まだ、12歳の少女。暴力とは無縁の世界で生きてきたのだろう。それ、に対抗するすべなど知らない。


「ありがとう――――――。アーリア」


 振り下ろされた右手首を掴む。アーリアに危害を加えることはできないが、『影使い』を使用し一瞬で背後に周りことは動作もない。


 アーリアが振り返る、瞳は涙で溢れていた。


「でも!」


「もういいよ」


 握り拳を解き。ぷいっと身体を翻し席に戻る。


「ごめん、どうしてリーファがそんなことをいうのかわからない」


 視線を合わせずそう突き放った。虚しさが胸に広がっていく。


 結局、届かなかった。当たり前か、僕なんかが人の心を動かすかせないし、動かす資格もない。右手を拡げ、身体とは不釣り合いな手のひらを眺める。木こりのとして、働いてからできた手ではない。幼い、記憶がおぼろげな頃から、ナイフを握り、人を殺める術を身に付けできた厚い皮膚。幾千の人をこの手で葬り去った、業の手。


 今さらだった。試練でアーリアを助けるうちにほかの人も信じいいかもと思った。資格者達はどこか、僕と同じ匂いがしたから。過去を背負わなくてはならない人々。そんな、気がした。信じられる気がした。思いが通じる気がした。


 全部、勘違いだった。どうやら、やっぱり、僕はアーリアにしか受け入れて貰えない。うんうん、僕みたいな人間が、1人の女性に信じられたことだけでも奇跡だ。


 足を踏み出した。もう、リーファに何をいっても無駄。それよりも、ジークスが堕天使。協力者のままのリーファは、自分の秘宝を砕くように誘導するために、僕を堕天使だといった。前回のパーミルが堕天使といったことと同じ策。


「信じたかったよ」


 最後の言葉を残して、アーリアを送り席に戻ろうとした。


「私もです…………」


 耳で微かに捉えたリーファの言葉は、何故だがわからないが胸に引っかかった。


「う~ん、どっちかな~」


 皺ができるほど、二間に眉を寄せ考え込むパーミル。


「うん、一番怪しいのはリーちゃんだよ。前からいっていることが滅茶苦茶、堕天使側なのは間違いないよね~。問題は堕天使なのか、協力者なのか、協力者だったのか。堕天使なら、そのままリーちゃんが堕天使。協力者なら、堕天使はジークス。協力者だったのなら、堕天使はラクになるよね」


「ラクは堕天使じゃない!」


 アーリアが泣き叫ぶ。


「資格者側確定なアーちゃんがあの調子、これじゃあ、ラクが堕天使の場合は勝てるはずないね。そもそも、私は死ぬ運命にあるかもだけど。まぁ、このまま堕天使にやられるのは気に入らないから頑張るけど」


 言葉とは裏腹に、パーミルの言葉は陽気だ。


「パーミル、死にたくないの?」


 素朴な疑問を問てしまった。


「えっ? 死にたくないよ。当たり前じゃん。でも、人はいつか死ぬから、まぁ、美しいまま死ぬのも悪くないかなって今では思っているよ。この最終局面になっても堕天使が誰かわかっていない。私の責任でもあるしね」


 そういって偽りのないような笑顔を見せた。


 強がっている。人は、いや、動物は本能的に死を拒絶する。偉い貴族や、修羅場を潜り抜けた軍人も、死の直前は顔が硬直する。理性では受け入れている。でも、本能が心臓がそれを拒絶する。血の巡りが鈍り、違和感がどこかに生じる。死、の一瞬を誰よりも見てきた僕にはわかる。パーミルは理性で死を受け入れて本能で死を拒絶している。


 でも、どうしてその感覚が――――――――。リーファにもある。


「『虹雲』のときまで、残り1分です」


 遂に、第9フェイズ。ここまで生き残った資格者達は自分の席に戻り、虹の光に包まれるときを一刻、一刻と待つ。


 みんな表情が硬い。堕天使側、資格者側に関わらす次のフェイズでほぼ全員の秘宝がゼロになる可能性がある。10分後には息絶えているのかもしれない。


「あと、10秒、9、8、7………………」


 女神の声は死へのカウントダウンなのか、勝利の祝福に近づいているのか。


「3、2、1、『虹雲』の時です」


 七色の光が発光し、身体が包まれる。慣れ親しんだ感覚。いつまで、味わうことができるのだろうか。


 広がる光景にもう、驚嘆の声は漏れない。鬱陶しい程に輝く虹色の雲。煌めく白い秘宝。


 これで終わらせる。決意を固めた。アーリアを救う。そのために、僕はこの試練に参加した。


「破壊。資格者、ジークスの秘宝を破壊する」


 これで、上手くいく。もう、堕天使の思い通りにならない。



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