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証拠

 色めく、七色の雲に包まれた空間。周りに17石、白く輝く秘宝が宙に浮く。


まずは、アーリアを助けないと。アーリアの秘宝は9石。余り考えたくないけど。リーファが裏切っていたら、おそらく、堕天使はジークスだ。


「さぁ、どうするか――――――」


 肌に感じる感覚。人の気配を察知し、懐のナイフと『影使い』をいつでも発動できる状態に、僅か1秒足らず。暗殺者を引退してからも後ろを取られたことはなかった。一応、警戒はしなければならない。


「なんだ。あなたでしたか――――――」


 振り返り目にした人物に、安堵の声を漏らす。


「それで、例の件、どうなりましたか――――――?」


 息を飲みながら、返答を待つ。答え次第では一気に状況を逆転できる一手だ。


 目の前の人物は頷き、小さく笑みをこぼした。


「やっぱり、これで決まりですね。堕天使は――――――――ジークス」



「酷い顔だ――――。王子の欠片もない」


 周りを揺らめく秘宝。僅かに反射して見える自分の顔。


 瞳は黒く淀み、悪魔に取りつかれたように。頬も硬い、意識しなければ笑えないほどに。


 本当に助かる。この『虹雲』の時間。11分間は孤独で居られる。試練の間のように演じるなくていい。


「それでも、やることはやらなければ――――――――」


「破壊。資格者、ヒサトの秘宝を破壊する」


 おそらく今回、資格者側の選択肢はパーミルの秘宝を壊すことが1つ。これはリーファのいうことを素直に信用した場合。おそらく、信じる資格者は余りいない。特にラクやアーリアはそうだろう。次にパーミルのいっていたラクが堕天使。パーミルからすれば、リーファ以外が堕天使。前回の話し合いの流れならば、ラクを疑うにもわかる。実際、ここまで秘宝の数が一番多いのはラク。疑われて当然か。


 つまり、俺はまだまだ生き残れる。


 思わず、頬が緩んだ自分に驚く。自然に笑ったのはいつ以来だろう。もう、覚えていない。


「破壊。資格者、ヒサトの秘宝を破壊する」


 これで、誰もヒサトの秘宝を復元しなければヒサトは死ぬ。当然だな、裏切りの裏切りは死んで償わなくてはならない。


 それと、リーファ。奴はおそらく―――――――裏切っていない。


 ふと、視線を感じ振り返る。思わず身構えながら、虹色の発光の終息を待つ。


「なるほど。そういうことでしたか――――――」



 虹の光に包まれ、再び資格者達が一同に帰す。


 くそ! 思わず、ジークスを睨む。一歩、遅かった。ごめんな…………信じきれなかった。僕なら君を救えていた。


 横たわる男。坊主頭の帝国軍人


「資格者、ヒサトの秘宝がゼロになったため。試練から追放となります。また、試練の代償として命を頂きます」


 女神の淡々とした声が響く。これで、試練の間にいる資格者は5人となった。


 乱れる呼吸を落ち着かせながら、各資格者の秘宝を確認する。


 白い輝き、僕の秘宝は14石。第7フェイズから3石マイナス。


 黄金色に輝くアーリアの秘宝。輝きは10石、第7フェイズから3石マイナス。


 桃色のリーファの秘宝、輝きは5石。第7フェイズから5石マイナス。


 赤の輝き、ヒサトの秘宝はゼロ。第7フェイズから2石のマイナス。


 青い輝き、パーミルの秘宝は1石。第7フェイズから10石マイナス。


 銀色の輝き、ジークスの秘宝は10石。第7フェイズからマイナス5石。


 第8フェイズ終了時の秘宝はこのようになっていた。


「ヒサトの秘宝は私が破壊しました。やはり、堕天使の協力者をこのまま野放しにできないからです」


 冷徹な声と非道とも取れない内容に、資格者達は思い思いの表情を浮かべる。堕天使の誘惑に屈し、ザーリスを殺した心なし。また、裏切りかもしれない人を生かしてはおけないと感じる人。


 確かに、ヒサトが裏切ったのは事実。でも、自白し反省の色も見えた、試練は資格者達の人数が鍵となる。今、ヒサトを殺すなんておかしいと感じるもの。もちろん、僕の気持ちは後者だ。もっとも今はそれ以上の感情がある。


「どうしてだ! ヒサトは資格者達に協力の意思が見えた。それをわざわざ殺して人数を減らして――――」


「はいはいはい!」


 手拍子で強引に言葉を切ったパーミル。


「これ、な~んだ!」


 パーミルが指差したのは桃色の秘宝。パーミルの秘宝は残り1石となっていた。


「もし、私が堕天使なら、協力者は秘宝を復元してくれなかったてこと。そんなことありえる? 下手したら私、さっきのフェイズで死んでいたよ」


 目尻に皺を寄せながら、決して笑えない雰囲気を出し自らの潔白を主張する。


「パーミルの秘宝が破壊されたのは10石。5石破壊したのは前に堕天使といっていたリーファ。ヒサトはおそらく、リーファの秘宝を破壊したのでろう。アーリアは違う。残りは…………ジークスだ」


 ジークスの端正な顔立ちが歪んだ。


「それはおかしい。なら、もう1人の協力者は誰ですか?」


 薄ら笑いを浮かべるジークス。そう人数が合わない。


「あぁ、だから最後の協力者は…………モーテルの可能性がある」


 その発言に一同困惑する。


「ラク、どうして秘宝を破壊されたモーテルが協力者なの?」


 アーリアでさえも首を傾げた。


「協力者は死んでもいい。あの場面でモーテルの秘宝を砕くことで、ヒサトがまだ、堕天使と繋がっていると思わせ、僕に疑いの目を向けられる。そして、モーテルならビガラの秘宝を破壊した説明が付く。彼のスキル、『明光』で頭上に浮かぶ秘宝の数を偽装した。秘宝の数は秘宝の発動では偽装できないという制約を逆手に取った方法だ。そして、協力者の数が合わないようにモーテルの秘宝を破壊する。おそらく、モーテルには何か秘宝の発動を頼んでいたのだろう。自分が死ぬとも思わずに」


 説明が終わると、アーリアはふむふむと頷いた。


「いや、明らかにおかしいですよ。状況は簡単、リーファさんが協力者、ラクさんが堕天使です。パーミルさんを助けたのは味方に引き込むため。ザーリス殺しの犯人を見つけたことも、炎龍を倒したことも自分が堕天使ではないと証明材料に使うためです」


 ジークスの熱弁を奮うが。パーミルが顔をしかめる。


「う~ん。どうかな? さっきのラクくんが堕天使なら闇打ちすればいいって推理は?」


 唇を尖らせ疑問を口にする。


「それは簡単です。思えばそれができない理由はラク自ら自白していた。ヒサトが堕天使ではないといった理由と同じ。いくら、王殺しといっても暗殺が失敗、また、目撃されればそれで終わり。安全策を取ったまでです」


 饒舌な口ぶりにパーミルは思わず頷く。


「堕天使はジークス、これは確定だ」


 ジークスの目尻がピクっと上がった。ジークスだけでなく。アーリア、パーミル、リーファでさえ驚きの顔を隠せない。


「あなたから見ればもうそれしかない。それだけですよね」


 落ち着いた口調で、ジークスが反論する。


「いや、証拠がある。これだよ」


 そういってポケットから花を取り出した。親指ほどの花々。紫色、緑色、黄緑色と3色の花弁を資格者達、特にジークスに見せつける。


 一瞬、ジークスの瞳が揺らいだ。やっぱり、間違いない。


「それがどうしたの?」


 アーリアが目をパチパチさせながら尋ねた。紫と緑、黄緑色の3つの花を見せられた。けれど、それは試練の間に咲いている花で、始めこそ綺麗で壮観であったが命代わりの秘宝を砕くこの試練には場違い過ぎて女神様の趣味を疑いたくなる。


「これは、女神の水晶に咲いていた花だ」


「そんな花がなんですか?」


 どこか言葉は喉に詰まったような声、他の資格者達もそれに気づき、異様な雰囲気になる。


「ずっと疑問だった。どうやって堕天使はビガラに狙いを定めされたのか。3人1組で別れ、互いに秘宝を発動されたというのに――――」


 ジークスは深いため息を尽き。眉をひそませる。


「ですから、簡単です。ラクさんが堕天使だった。協力者のヒサトさんとビガラさんの秘宝を破壊した。違いますか。それ以外に何か、方法がありますか!」


 激昂を隠さず、怒りを爆発させるジークス。色白の顔は赤く染まりこめかみに青筋が浮かぶ。拳を握りしめ、震えは身体全体に伝達する。


「スキルを使用した。『植物操作』のスキルを。植物を操るスキル。このスキルで目印にしていた。女神の水晶付近の花を次のターゲットの色に変えて、丁寧に関係ない色も織り交ぜてな。発動で願ったのは意思疎通をしている人がいるかどうか。ただの印を見るだけでは意思疎通にならない」


 説明を終えると、ジークスは小さく唇を噛み。大きく息を吸い込んだ。


「それはおかしいですよ。第4、第5フェイズは10分の内、8分。4回の秘宝の動きは作戦で決まっていたはずです。」


 第4、第5フェイズは作戦により、発動2つで4分。復元2石で4分。計8分、4回の秘宝の使用は縛られており、ビガラの秘宝を砕く余裕がない。本来ならば。


「簡単なことです。発動の2つ、意思疎通をしているか。堕天使側以外の人は作戦通りにするはずだ。堕天使側はその2つは発動させる必要がない」


 ジークスは一瞬、口を紡ぐ。それははっきりと目に見て取れた。


 不穏な空気が一変し、風向きが変わる。疑いの目は一斉にジークスに。向けられたジークスの額から水滴が浸たる。


「あなたのいっていることは憶測に過ぎない。私を堕天使にしたい。それはあなたが堕天使である。何よりの証拠だ」


 声は獣のように獰猛で身体を揺らし肩で息をするジークス。そこにはもう華麗な王子の姿はどこにもない。


「うん、ラクくんのいっていることは凄くわかるよ。でも、ジークスのいっていることもわかる。証拠がほしいな」


 パーミルの口調は落ち着きを保っていた。もう、自分が堕天使と思われることはなくかったとひと安心をしているようだ。


「証拠は……………………ある」


 けれど、それを提示できるのは僕じゃない。


 ゆっくりと歩く、パーミルやジークスの突き刺さる視線が痛い。誰の元に向かっている。そう言いたげだ。


「リーファ、君の『映像再現』。なら。証拠を提示できるよね。実際に、ジークスの花を見ていたから――――――」


 声を掛けられたリーファは瞳が揺れ、目を丸くする。石像のように全身が凍り付き、口さえ開かない。


「何いっているのラクくん。そいつは堕天使の協力者、ラクくん達の説得も意味なくて、私を堕天使だといってきた。それって、この女はまだ堕天使に魂を売ったままってことだよ」


 早口で捲し立てられたパーミルの言葉は、耳を痛く突く。


 わかっている。パーミルは堕天使ではない。つまり、僕とアーリアの声が届いていなかったということ。悔しいな、もどかしいな。でも、これしか思いつかない。暗殺者、王殺しのラクじゃない。ただの村人の僕は、僕の武器は、ただリーファを信じることアーリアのように。


「リーファ、もう一度聞いて下さい」


ゆっくと膝を付き、リーファと同じ目線に立つ。微笑みを浮かべ。つぶらな瞳を見据える。


「心はどう? 痛い? それとも嬉しい。どちらでもいい。堕天使の味方をしても、資格者側にいても。それはリーファが決めることだから。でも、自分に嘘を付くのはよくないって、昔、アーリアがいっていた。だから、僕はリーファに素直に、思うままに生きてほしい。暗殺者、王殺しの僕だから。人を何百人も殺してきた僕だから。やっと、ただの人になれた僕だから。リーファにはただの人になってほしい」


 リーファの瞳が潤んでいく。それでも、視線は真っすぐに僕を見つめてくれている。


「ねぇ、いいこというでしょ。ラクは。もう、本当に王殺しじゃない。ただの人、ラクだ」


 背中から、ちょこんと顔を出したアーリアは、空気に反し陽気な声だった。


 リーファがぐっと膝から崩れた。顔を伏せ、すすり泣きが聞こえる。


 きっと、いろんな思いがあったのだろう。故郷を思い、絶対に助かる道を選んだ。立場が違えば、アーリアが必ず元に戻ると堕天使にいわれたら。僕だって、そっちにいっていたよな。


「『映像再現』」


 小鳥のさえずりのような小声。それでもスキルはしっかりと発動し、地面にそれが映る。


 第4フェイズ前、咲いていた花は黄色、紫。そして、赤色の花が咲いていた。だが、みるみるうちに、赤い花は花弁を閉じていく。まるで、何かの力が働いたかのように。


「これで証拠がでたな、ありがとうリーファ。第3フェイズに咲きかけていた赤い花はまだ咲いていない。それもそのはず、『植物会話』によって、一度、咲かせてから無理やり花弁を閉じられたのだから」


 まだ、泣き崩れるリーファから視線を移し、ジークスを睨む。


「まだ、何かいうことはあるか?」


 冷徹な声。曖昧な返事など許さない。真っすぐにジークスを睨む。自分だけじゃない、他の資格者も視線をジークスに注ぐ。


「そうか――――――。私は――――」


 ジークスが口を開こうとしたそのとき。

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