資格者達
森の中では異様な空間だ。純銀の煉瓦が円形に敷き詰められた広場。虹色の霧が広場を包み込む。中央には、高さは1メートルほどだろうか。半透明の円柱。囲うように色取り取りの花の蕾は今にも咲き誇りそうだ。その上には虹色の水晶が神々しく輝き、神聖な空間を彩る。
あれが…………。女神――――。
違うはずだが、何故かそう感じた。
右足を一歩、前に出す。今度は左足、また、右足。吸い込まれるように水晶に近づく。いや、吸い寄せられている。視界は光を凝視し思考は溺れる。
輝きを掴めば全てを掴めそうな気がする。全てが――――――。
『女神の試練』、百年周期に現れるとさせている伝承。願いを女神に受け入れられ、試練を乗り越えた者は願いが叶うという。おとぎ話。今から半月前。マルス帝国辺境に絵本から飛び出し伝承のとおり七色の雲が突然出現した。
試練は命を伴う。子供の頃から聞かされたことだが、『虹雲』に向かう人は後を絶たなかった。たとえ、命が消え失せても叶えたい願いがある。
「お兄さん、あれには触れられないよ」
少女の声にはっと我に返り。首を振る。見た目は10才程度。栗色のツインテール、ぱっちりとした大きな目にくりくりとした黒色の瞳。小さな口に丸い顔。ピンクのワンピースは可愛らしさを引き立てる。でも、どこにでもいるような素朴な女の子の見た目。
「あれは……?」
「さぁ、でも、女神様じゃないかな。そんな感じしないですか。とにかく、すっごぉーいってことだけは伝わってきます! 私の願い、叶えて貰えるのかな?」
「君も資格者なのか?」
『女神の試練』、試練をクリアすれば願いが何でも叶う。だが、失敗すれば命が失われる。それをこんな少女が…………。
少女の瞳を覗き込んだ。静かでも青い炎を燃やし強い意思がひしひしと伝わる。
こんな子でも、命を賭けて…………。
「おい、そこの坊主。早くどこかに座れ!」
『虹雲』の外まで響きそうな大声を放った大男。刈り上げた銀髪。焼けた黒い肌にはいくつもの傷跡。黒革のベストを素肌に直接身に纏い筋骨隆々の肉体が覗かせ。だぼった深緑色のズボンは荒々しさに磨きを掛ける。なにより、力強い眼力が只者ではないと直感が告げる。
うるさい、獣みたいだ。
銀一色の円周。黒石を削ったような丸い椅子が10席、円を描くかのように並らび、既に7つの席は埋まり空席は3席だけとなっていた。
1席は僕で、もう1席が少女。まだ、来ていない資格者はあと1人。
「まだ、女神様から試練の啓示がない。おそらく、空席が1つあるためであろう。どうだろうか、時間を潰す意味も含めて自己紹介でもどうかのぉ」
正面に座る老人。頭は全て禿げており、真っ白な髭が立派に蓄えている。服装も、藍色の甚平といった簡易なもの。だが、皺だらけの瞼の奥に潜む目は全てを見透かすような知性を醸し出す。
今いる資格者の中では最年長。だが、みすぼらしい恰好だな…………。それに自己紹介か。試練の内容が一切聞かされていない状態で…………。
「おい、そこのジジイ。年配者なら、少しは空気を読んで提案しろ。まだ、試練の内容が決まっていない。資格者の中で何かを争う可能性だって大いにある。何が、有益な情報になるか分からない状況で自己紹介だと? もし、試練が名前当てゲームだったらどうする?。ただの、早口選手権になるぞ」
人を馬鹿にした高圧的に話す青年。老人の右隣り。緑の長髪に、高級素材ウールを使った紺色のベストにチャックのズボン。指先にはきらりと輝く指輪を嵌めている。高圧的な住まいは自信の裏返しだろう。足を組み、やれやれといったようすで肩を透かす。
金持ちもいるのか――――。
「ほぉほぉほぉ、早口選手権ならばわしが最下位になるのは間違いないのぉ」
「なにっ!」
老人の挑発を挑発で返した好戦的な返しに、金持ちが眉間に皺を寄せ細めで睨む。
「やめないか、女神が見ているぞ!」
一触即発だった2人を止めたのは。
「なんだ? 仮面野郎」
白いローブで身体を覆い、白い仮面で顔すらも被った人。資格者の中で一番、謎に包まれているのは間違いない。
声が低い、おそらく男だ。それも若い。同じぐらいだろうか。そんなことよりも、全身をローブで覆い、顔まで仮面で隠す。何か意図が…………。
「名前ぐらいどうってことないでしょう。資格者同士で争ったとして、名前ぐらいでどうこうなる試練とは思えないです。それに資格者同士で協力し合う試練の場合もあります。名前を互いに知っておかないとチームプレイもままならないかもしれませんよ」
金持ちは、舌打ちをしながら。仮面の男に睨みを利かし。
「ビガラだ。これ以上話すことはない」
それだけ発言すると、腕を組んで俯いた。
「素直でよろしい。では、次はわしの番にしようかの。フーラ・ベッネ。年は62じゃ。しがない名じゃあが、絵描きをしておる。よかったら、誰かの似顔絵を描いてやろうか。『女神の試練』が終わったあとになるがのぉ」
ビガラとは打って変わって穏やかな笑みを見せ和やかな声。張り詰めた空気感も少しは緩む。
「次は私かな~」
フーラの左隣に座っている女性。水色のロングヘアー、垂れ目にぷるんっとした唇。白色のチューブトップからは谷間が覗き、黒色のショートパンツから長い足が伸びる。妖艶な笑みを浮かべ、唇を舐めてから女は再び口を開いた。
「パーミル・アイリスです。女性に年齢を聞くなんてナンセンスなこといわないでよ。職業は盗賊で、趣味は男漁り。みんな、よろしくね。男性諸君、試練が終わったらいいことしましょうね~」
最後にウインクを乗せて締めたが……。少なからず、みな動揺が広がっている。
善人ばかりが、資格者だなんて思っていないが。自ら名乗るか。これで、パーミルに一線を置く者もいるが、逆にいうと力づくは難しい。盗賊の獲物は冒険者や軍人、腕が立たないとやっていけない。力の誇示を示したのか、情報が全くない状況で。あとは、和ますための冗談と、僅かな色仕掛け。まぁ、命賭けで試練に挑んでいる資格者のなかに効くやつが――――。
「マジで! パーミルちゃん! 一緒に頑張ろうよ! 俺が要れば百人力だよ。なんたって、俺は帝国軍人だからね。例え、どんな困難が降り掛かっても、このサヒト・コーンが守るから、もう、試練なんて突破も同然だよ」
席を立ち、興奮したようすで鼻を伸ばしながら捲し立てるヒサトと名乗った男。丸坊主の頭、点のような目とおちょぼ口。軍服の胸に刻まれた銀龍のエンブレムは帝国兵の証だ。ただ、周りをキョロキョロしているのは若い証拠か。同年代ぐらいだろう。
「次、いいか――――」
ヒサトの隣に座っていた大男は立ち上がっていた。
「待ってよ。おっさん。もうすぐ、パーミルちゃんが落ちるところ――――」
「俺の名はザーリス・マートン。以上だ」
大声でそういうと、口を結び座り込んだ。
「「えっええ!」」
一同、声が漏れる。ヒサトに関しては顔が真っ青。飛んだ大物が参戦している。
『女神の試練』、内容は一切不明だが、命を賭けることだけ明らかになっている。今、何人かの資格者が集まっていることでいやでも1つの推測が頭に浮かぶ。資格者同士のバトルロイヤル。つまり、殺し合い。
ヒサトもそれを想定して、パーミルを口説いたのだろう。盗賊と軍人が組めば強力なタッグだ。戦うような内容なら、既に頭1つ抜けている。でも、もう無意味だ。戦闘になれば、真正面からザーリスに勝てる人など、世界にはいないとされている。
帝国軍大将。軍神、ザーリス。マルス帝国とゴモスラ共和国との一大決戦を終わらせた英雄。世界最強の男。
「次はお嬢ちゃんだろ」
鋭い目つきで少女に視線を配る。少女は思わず身震いしながらも震える足で立ち上がった。
「はっ、はい。リーファ・サリア、11才です。村で両親の畑を手伝っています。あと、最近は森で木の実の採取も。みなさんみたいにすごい人じゃないですけど、よろしくお願いします」
最後にペコリと深々とお辞儀をして、恐る恐る席に座った。
完全に飲まれている。横に座っているのが世界最強の男だ。無理もない11才の普通の子供なら。そんなことより次は僕か…………。
「ラク・ヤーリック。22才、村で木こりをしています。さすが、『女神の試練』凄い方もちらほらいらっしゃるようですが、どんな試練でもお手柔らかにお願いします」
頬を上げ目尻を上げる。資格者の反応は様々、興味津々と顔を覗く人や警戒を怠らず睨む人。お前などに関心はないとそっぽを向く者。
白いシャツに革のベスト、黒生地のパンツ、腰に携えた革のポーチ。いつもの作業服で試練に臨んだ。
これでいい。今の状態では何も悟らせないことが重要だ。間違っても正体をバラしてはいけない。
「ラクさんの隣の席はまだ、来られてないようなので。次は私ですね。モーテル・ダーサン。街々で商人をしています」
黒ぶちの眼鏡から細目が覗き、茶色の癖毛。真っ赤なジャケットは嫌でも目に付き、白いパンツがそれを中和させる。目が合うとにこっと作り笑いを浮かべた。
「知っていますか? モーテル商会といって、主に軍事品を売っています。ザーリス大将の武器も、きっと我が商会の商品かと。ぜひ、試練が終わりましたら一度足を運んでくださいませ。きっと、お目に叶う品が並んでいるかと、共に命を潜り抜けた戦友。値段の方もお安くします。あぁ、もちろんヒサトさんも来てください。店の場所は――――」
「もういい。うるさいぞ!」
ビガラが怒鳴りながら飄々と話すモーテルを静止する。口は閉じても笑みは絶えず、ザーリスに一礼し、ようやく着席した。
「では、私が最後ですね。ジークス・アグス。17才、この中なら若いほうですね。今は旅人をしています。自分探しの旅ってやつです。若輩者ですが、よろしくお願いします」
丁寧に口調で自己紹介をしたのは仮面の男、改めジークス。
みな、見た目とは相反して優しい口調と友好的な内容に驚きを示しているが。
よろしくっていうなら、さっさとその仮面を脱ぐべきだ。なぜ、顔を隠している。顔を隠している時点で顔が割れている人物という情報を与えてしまっている。それを差し引いても、姿を隠したほうが何かメリットがあるのか…………。
それにしても。なかなかのメンバーだな。さすが、資格者。みんなで協力して行う試練だったら、さほど難しくはないが――――――。
「みなさん、申し訳ありません。遅れました!」
聞き馴染み過ぎている声が真後ろから響く。
何で、どうしてだ!
僅かな時間、眉間に皺を寄せ祈る表情で振り返った。




