疑心暗鬼
虹色の光が注ぐ。
見慣れた虹の光が収まり、試練の間に到着する。水晶は変わらず、輝きは失せ、色取る花は黄緑色と水色が追加された。
自然と周りを見る。誰も死んでいないか確認するために、しかし――――――。
「どう……して…………」
涙を漏らしながら、アーリアのさえずりのような声が聞こえる。石椅子の前に横たわる人物。モーテルが目を閉じ倒れ込んでいた。
「資格者、モーテルの秘宝が全て消滅したため。試練失敗となり代償として命を頂きました」
資格者達に動揺が広がる。モーテルは死ぬはずがない。そのはずだった…………。
モーテルの秘宝は11石。堕天使と協力者が全て秘宝を破壊することに注いでも数は10石。1つの秘宝は余るはずだ。
白い輝き、僕の秘宝は12石。第5フェイズから6石のプラス。
黄金色に輝くアーリアの秘宝。輝きは14石、第5フェイズから5石プラス。
桃色のリーファの秘宝、輝きは10石。第5フェイズから4石プラス。
赤の輝き、ヒサトの秘宝。輝きは6石、第5フェイズから増減はなし。
青い輝き、パーミルの秘宝は11石。第5フェイズから増減はなし。
黄緑色の輝き、フーラの秘宝は9石。第5フェイズから1石プラス。
銀色の輝き、ジークスの秘宝は15石。第5フェイズから8石プラス。
緑色の輝き、モーテルの秘宝はゼロ。第5フェイズから実に11石のマイナス。
第6フェイズ終了時の秘宝はこのようになっていた。
「モーテルの奴、自分は余裕だと思って秘宝を発動させてしまったのか」
唇を噛みしめヒサトが思考を話すが。
「本気でいっていますか?」
ジークスが高圧的な言葉でヒサトに詰め寄る。眩しい瞳に殺意すら込め睨み付ける。
「なっ……なんで。だって、そうじゃないと11石もの秘宝を所有していたモーテルが死ぬなんてありえないだろう!」
狼狽しながらも、上擦った声で言い返す。
「では、モーテルさん秘宝を発動させ何をするつもりですか。今回は秘宝を復元させることで全会一致でした。それに反してまで。そして、たまたまモーテルさんが発動させたときに、堕天使達がモーテルさんの秘宝を壊した。モーテルさんが発動しなければ、残る秘宝は1石。モーテルさんが堕天使側の可能性なほとんどゼロになり。次のフェイズで秘宝を大漁に復元してもらえる対象です」
「じゃぁ……………。この状況は? どういうことだよ!」
声は限りなく乏しい。ヒサト自身もこの状況が何を意味するのか、流石に理解できている。
「簡単ですよ。協力者が2人いた。堕天使側は堕天使と協力者2人、計3人いることになります。そして、前回いった通り堕天使側が4人いることはありえない。今回のモーテルさんの死で3人いることが確定的になりました。そして、それはヒサトさんがまだ堕天使と繋がっていることを意味します」
モーテルの秘宝を砕き切るためには3人いる。ヒサトがまだ、堕天使と繋がっていたときに、他に3人。計4人の協力者がいたら、一気に秘宝を砕けば終わり。その状況は起きていない。ならば、堕天使側は3人しかいない。堕天使、堕天使と接触したヒサト。堕天使の秘宝を復元させた協力者。
「違う! 俺はラクさんの秘宝を5石復元した。この中で俺を庇ってくれたのはラクさんだけだから――――――」
悲痛な目線を送られる。視線を感じ、胸に疑問が広がる。
ヒサトが堕天使だったらいろいろお粗末すぎる。でも、本当にそうなのか――――――。
「私もラクの秘宝を5石復元したよ!」
アーリアが元気はつらつに叫んだ。
秘宝は現在14石。前回の第5フェイズ終了時では8石。増加している秘宝は6石。ヒサトとアーリアで秘宝を10石復元したのならば、堕天使側に4石破壊されたことになる。
「ほぉ、堕天使達はラクの秘宝も壊したということですか…………」
フーラのギロリっと鋭い視線が注がれる。
確かに、堕天使側が僕にまで秘宝を破壊させる余裕があるのか、何か秘宝を発動させたのではないと疑うのは当然だろう。
「待って! 私、モーくんの秘宝を2石復元したよ! モーくんの秘宝を砕きながら、ラクくんの秘宝を砕くなんて数が足りないよ」
モーテルの秘宝に11回使い、僕の秘宝を砕くために4回。堕天使側3人は15回破壊に使った。、もし本当にパーミルがモーテルの秘宝を復元したのなら数が合わない。
まさか、堕天使側が4人もいるはずがない。
パーミルの行動説明にみな、きょとんと顔をしかめた。発言を全て並べると矛盾している。だれかが、嘘を付いている。それは明白だ。
「パーミルさん。どうしてモーテルさんの秘宝を復元させたのですか? 前回の時点で秘宝の数は11石。堕天使と協力者、2人だけは秘宝を砕ききれないという資格者達の意向でしたが」
ジークスは不可思議にパーミルを見る。対してパーミルは可愛らしく、首を傾げて唇を尖らした。
「うん? だってさ。モーくんは唯一の仲間だったから。ビガラにも付いて、さっきは王子にも付いたい。私と一緒にね。堕天使が上手く紛れ込んでいるって考えもあると思うけど。堕天使が誰かの作戦に乗っかることってかなりリスキーだと思うの。あと、お金に対する価値観が近いところ。一種のシンパシー的な? とにかく、私はモーくんだけは生き残ってほしいし、秘宝もいっぱい所有してほしかった。だから、第6フェイズ時にモーくんの秘宝は2石復元させたからね」
なるほど。モーテルが一番、信頼できる資格者だった。だから、過剰でも秘宝を復元させた。でもそれは……………。
「いっていることの筋は通っていると思います。ですが、死んだモーテルの秘宝を復元させてもその証拠がない。あなたの2つの秘宝の使用は証明しようがないということです」
ジークスはパーミルの蒼い瞳を真っすぐに見つめ、力強く言い切った。
「う~ん、確かにそうだね~。これからは気を付けます。でも、今日の行動は決まっているでしょう」
そういって、妖艶な笑みをヒサトに移した。
「違う! 俺じゃない。信じてくれ! そうだ、ラクさん。もう一度いってくれ! 俺はもう堕天使側の人間じゃないって!」
ヒサトが駆け寄り、脚にしがみ付く。咽り喚き、帝国軍人の威厳など欠片もない。
「いや、違う。ヒサトじゃない………。はずだ…………。けど、わからない」
もう1人の協力者が出現した以上、ヒサトをどうしても疑ってしまう。
ヒサトの瞳が大きく開いた。次に大声で喚く。ヒサトをこれまで助けていたのは僕ぐらい。僕が庇いきれない状況。待っているのは、死のみ。絶望の淵に立たされたヒサトだが、そこから生還する術はもうない。
けど、何か引っかかる………………。
「うむ。今回の『虹雲』はヒサトの秘宝を砕くほかならないだろう。しかし、まだ堕天使と協力者が1人ずつ潜んでいることになる。そいつらを見つけなくてはのぉ。わしら資格者達は追い込まれてしまう。次で協力者のヒサトを砕き尽くし、残るは6人、とはいかないだろう。堕天使も時間がない。前回と前々回のフェイズ積極的に2人の秘宝を砕き殺してきた。今回もヒサトを見殺しにしてまでも、誰かの秘宝をゼロにするとわしは読んでおる」
「そうなると残り5人。その内堕天使側が2人。非常に追い詰められていることになりますね」
ジークスの指摘に、それぞれ頷く。
「だからのぉ、今からの時間。堕天使と思われる人物を探していきたい。始めは何も情報がなかったが、今は何かしら見えるものが各々あるのではないのか?」
「ひぇっ!」
フーラは鋭い目で周囲を見渡す。突然、意見を求められ、獣のような目つきで睨まれリーファは背筋が真っ直ぐに、くるくると周囲を見渡す。
「フーラさん、その言い方だったら自分は誰か見当が付いている。そんな風に聞こえるのですが――――」
アーリアが恐る恐る言葉を投げかける。目線は僕に、考えていることは一緒。フーラもリーファを疑っているのではないのか。
「あぁ、そうじゃあ。発起人のわしからいよう。そして、決して気分が害さなくておくれ、これはただの爺の推測じゃ。わしが堕天使だと思っているのは――――――――」
協力者じゃない。堕天使候補を見つけているのか!
「ジークス王子じゃ」
空気は一瞬止まり、皆の視線がその美形な顔に集中した。王子はそれでも表情を一つ変えなかったが。
「それはなぜですか――――――?」
王子の声はこれまでの温和な声ではなく、怒りに満ちていた。
「今日、モーテルが死んだことじゃあ。前節の議論中、ジークス様はモーテル以外、次のフェイズで死ぬかもしれないといっておった。これはモーテルに秘宝を復元させないため。堕天使側の3人が連携を取って破壊できる秘宝の数は最大15石、11石所有のモーテルに5回、誰かが復元されていれば確実にモーテルは生きていた」
凍り付く空気の中、フーラは気にする素振りなく淡々と話す。
「たったそれだけですか。第6フェイズ前の策は、とにかくこれ以上犠牲者を出さないために、秘策的安全圏にいたモーテルさん、パーミルさん以外の秘宝を復元に当てた方が、生き残る可能性が高いと思っての発言です。それは他の皆さんも思っていた。違いますか? 反対する者がいましたか?」
ジークスの演説に一同押し黙る。確かに、モーテルが死んだ以上、フーラのいっていることも理解できるが、ジークスの主張も充分に頷ける。
「なら、ジークス王子。次のフェイズはヒサトの秘宝を壊せますな」
猜疑心に満ち合われた目でジークスを睨む。
「あぁ、もちろんだ。というより次の第7フェイズ。それ以外の選択を取るのか?」
「それは、同意じゃなぁ…………」
しばし2人は互いの目を睨み合ったまま、無言になる。重い空気が試練の間を包み込む。本格的に資格者同士の疑い合い、疑心暗鬼が始まった。
「ねぇ、まず本当にヒサトは堕天使の仲間なの?」
静寂を破ったのはアーリアだ。重苦しい空気をものともせずはっきりとした口調で言葉を続けた。
「モーテルさんの秘宝を全て殺してしまったら、また、疑いの目がヒサトさんに集中するのは目に見えているでしょう」
アーリア、それはヒサトを一庇っているかのように映る。アーリアの疑問は最もだ。でも、その場合もっと大きな疑惑を解決しなければならない。
「では、アーリアさん。どうして、モーテルさんの秘宝が消滅したのでしょう。まさか、堕天使側が4人もいて、終わらそうとすればいつでも終わらせるのに資格者達を弄んでいると。それともあなたが堕天使ですか?」
ジークスが疑いの目でアーリアに詰め寄っていく。アーリアの顔は戸惑いながらも高速で首を振る。必死過ぎて、逆に疑いが増すほどに。
「やめてください。王子。アーリアは堕天使でも、その仲間でもないです」
ジークスの視線がアーリアから、僕に移った。
「それはどういった理由で?」
目を細め、澄ましたオーラを放つ。
「僕はアーリアを小さい頃から知っています。彼女はそんな人じゃない」
きっぱりと断言する。言葉自体は何ら論理性がない。なら、2人が堕天使と協力者で口裏を合われていれば説明が付く。今、誰が堕天使か、協力者かを探っている場面でそう言い切るのは返って怪しまれる。
でも、アーリアはほっとけない。
「そうですか。わかりました。私は…………ラクさんとアーリアさんは堕天使と協力者ではないと思います。もし、堕天使と協力者なら、自ら接点を自白するでしょうか、余りにも怪し過ぎます。それに、ラクさんの今までの行動は資格者側の行動です。もし、ラクさんがいなければ今頃全滅していたかもしれません」
ふぅっと胸を撫でおろすアーリア。僕に振り向き、「よかったね」と笑みを浮かべる。
あくまで、ジークスは僕とアーリアは堕天使側ではないと判断するのか…………。
「ジークス王子。僕達を信用してくれたあなたを信頼して、1つ意見をしたい」
「何ですか、自由に発言していいですよ。ここは肩書など関係ない。みんな、横一線の資格者なのですから。堕天使を覗いてね」
柔らかな笑みでジークスが答える。
「ヒサトがもう、堕天使の協力者ではない可能性もある」
その発言に、ジークスだけでなく、他の資格者も眉を潜める。
「ラク兄貴! 一生着いていきます!」
ヒサトだけは目を輝かせ、こっちを見る。
「いや、最悪を想定している。ヒサトが堕天使側から離れ、まだ、堕天使側が3人だったとき、次の第7フェイズでヒサトの秘宝を消滅させると。その時点で残り6人。その中に堕天使側が6人もいたら、戦況は不利になる」
「だから、それなら堕天使側ががまだ4人いたときに片付けられ――――――」
「もし、後から堕天使側に組み入ったとすれば、どうですか?」
その仮説にジークスは目を丸くしはっとする。
ヒサトが堕天使の協力者だと露呈した第3フェイズ。第2フェイズ以降に堕天使が資格者を協力者にすれば、ヒサトが離脱後。また、堕天使側の人数は3人となる。
「ちょっと、それはおかしいよ~。だって、ヒ―くんは騙された。あんな嘘にまだ騙されるバカ、ヒーくん以外にいないよ」
「それは――――――」
喉まで出そうになった言葉をギリギリで飲み込む。ちらっと、横目でアーリアに目線を遣る。コクリと頷いていた。今はいわない、2人の意思は同じ。
「ラク。今の発言は解せないな。資格者の中で新しい協力者がいるなど。みんな命を賭けて試練に望んでおる。それをみすみす逃して堕天使に味方をするなどありえない。ジークス王子、疑って悪かった。わしは、堕天使と協力者はラクか、アーリアだと考えが変わった」
フーラが険しい顔を浮かべ目線が鋭く光る。熱を帯びながら断言した。
「そうかな…………。ラクさんが堕天使か協力者なら、こんなこというかな。素直にヒサトさんに狙いを絞らせたほうがいい。それよりも、どうして急にフーラおじちゃんはみんなを疑いだして――――――」
「だから、時間がないといっておるじゃろう!」
リーファの反論をフーラが真っ赤な顔で怒号を飛ばした。リーファは生まれたての小鹿のようにブルブルと震えている。
「ちょっと、フーラさん。リーちゃんにその言い方はどうなの!」
見かねた、アーリアが手を取り、宥める。
「…………わしの言い方が悪かった。しかし、こちらから堕天使を見つけ出さなければならない。それほど追い込まれているのじゃ…………」
枯れた声、フーラの胸の内を示しているかのようであった。
「どうかな――――――」
ジークスだけはそんなフーラを辛辣な目で見守る。
「王子はまだ、わしを疑っておるのですか?」
王子の眼差しにも臆せず、鋭い眼光を飛ばす。
「えぇ、当然です」
ジークスはきっぱりとそう返答した。
「ねぇ、本当に喧嘩しているのかな?」
軽い声で、2人に目線を配るパーミル。フーラ、ジークスから、怒りの形相を浮かべられるが、気にしていないようすだ。
「どういう意味ですか?」
ジークスの低く怒りを抑えて声が響く。
「いや~さ。この中でヒーくんを除いて2人は堕天使側でしょ。それで私を除いて、ラクくんとアーちゃん、リーちゃん、ジークス王子、フーラおじさんの中で2人、その中だったら、ジークス王子とフーラおじさんかなって。ラクくんは炎龍を倒してくれたし、そのラクくんと同村っていうアーちゃんは信じていいと思う。で、リーちゃんみたいな可愛い女の子が堕天使のはずがないし、じゃあ、残ったのはジークス王子とフーラじいちゃん」
えへん、と胸を張るパーミル。
いや、リーファのところなど理由になってない――――――。でも、堕天使側ならそんなこといわないのか?
「ふざけているのか!」
再度、フーラの怒りが爆発した。
「やめよう。一旦、みんな冷静になったほうがいい」
フーラの顔は真っ赤、怒りの形相が見えていた。ここは間を取って頭を冷やすことが必要。フーラだけでじゃない。ジークスもパーミルも、この試練で誰かを疑うってことは、その人が自分を殺そうとしていると思うことだ。
「そうですね。残り時間は15分。もう、これ以上議論の発展はできません」
冷静な口調でジークスが提案した。
「なら、僕達は席を外させてもらう。これ以上、何か話すことはない」
他の資格者達の口をあんぐりと開けた表情や猜疑心をよそ眼に立ち上がり、アーリアに「行こう」と告げると。きょとんとした顔をして周りの顔色を伺いながらも軽く頷いて席を立った。そして、そのまま霧の立ち込める森の中に足を進める。
「ねぇ、ラク。どういうつもり、こんなことをすれば私達もっと疑われるよ。ただでさえ、フーラさんは私達を堕天使側かもしれないって思っているのに」
森林の脇道を歩む僕の背にぴったりとくっついて歩くアーリア。ふと振り向くと俯き不安そうな顔だ。突如の試練の間からの離脱。傍から見れば2人の怪しさは倍増する。でも、それを引き換えにしても作りたい状況がある。
「今、試練の間の空気は最悪。僕達が試練の間から抜け出したことにより、ここから離れる選択肢が生まれた。程なくしてバラバラに別れるよ」
「うん? それが何?」
目をパチパチとさせて僕を見つめるアーリアに芯の通った声で返す。
「リーファと会う。アーリア、君ならリーファを救える」




