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願い

「一緒です……………。私も…………、村を救うために試練に参加しました」


 胸の奥から絞り出した声。震えを残し、しかし、しっかりと耳に届く。


「私の村は疫病に侵されています。帝国には何度も助けを乞いました。でも…………。救いの手はなかった。だから、自分達でどうにかしないと――――――」


 視線は地へ、ぽたぽたと涙が溢れる。ぎゅっと唇を噛みしめていた。


 帝国は世界中でも指折りの文化水準を誇る。医療分野に関しても他国の付随を許さないが。その技術は戦争に集約される。戦で負傷した兵を即座に復帰できるように、一秒でも長く剣を振うように。兵士を再び殺す兵器と化すために使われる。病院などの施設は都市部に集中し、僻地には医療が届いていない。ひとたび、村医者に治せない病気が流行り村が滅んだ事例は幾つもある。


「もう、君しか残っていないのか――――――」


 白い仮面から冷たい声がした。確信を付いた言葉に場の空気が凍る。


「はい……………。疫病に侵されていないのは。そういう私も、寝込むまで数日。病は確実にこの身体を蝕んでいます。でも、私はまだまし、村の人達に比べたら」


 リーファは弱々しく返事をする。溢れた涙はさらに、勢いを増す。しばらく、誰も口を開かず、リーファの涙が枯れるま静寂が続く。


「次は、わしがいよう」


 停滞した空気を察してか、フーラが口を開いた。


「わしの願いは不老不死じゃ」


 驚きの声が各所で漏れた。これまで年長者として議論を引っ張ってくれたフーラ。長年を生きた、彼の願いはみな気になっていただろう。


 それが不老不死? 絵空事、とてもご老人の願いとも思えない。


「ほぉほぉほぉ。身を切り裂くような話のあとですまんのぉ。命を賭けた女神の試練の願いが、自らの欲望を満たすものじゃあ。ああ、心配などいらんぞ。余命が迫っているなど、そんなドラマチックな展開はない。ただ、わしは生きたい、生きて、生きて。世界が変わっても、人が消えていっても。ただ、生にしがみ尽きたのじゃ」


「くだらないね~」


 パーミルがあっけらかんと否定した。笑みを耐えさずに。


「死まで、時間があるから人生には価値があるの、お爺ちゃん!」


 軽くバカにされたフーラだが怒るようすもなく、温和な笑みを浮かべる。


「辛辣ですな~。では、パーミルの願いとは?」


「そんなこと決まっているじゃん!」


 ウインクをし、ペロッと舌を出す。妖艶に笑った。


「この世界一の美貌を死ぬまで持つことよ!」


「はぁ?」


 何いっているんだこの人?


 周囲を見ると、他の資格者も鳩が豆鉄砲を食ったよう顔を浮かべ硬直する。


「アーちゃん、リーちゃん、女の子だったらいつまでも綺麗でいたい気持ちはわかるよね」


 突然、話を振られたアーリアとリーファは顔を合わせる。


「いや、気持ちは…………」


「わかりますけど…………」


 困惑しながら、言いたいことを胸の中にしまった。


 女神の試練を受けるようなことじゃない。試練に失敗したら死ぬんだそ。


「まだまだ、若いね。女にとって、いつまでも綺麗にいること。それ以上の幸せなんてないの」


 そう言い切って、またウインクをした。


 価値観の違いなのか。綺麗な容姿をしているけど。昔何かあったのか――――――。


「それじゃあ、俺の話をしましょうか。商売人の願いなんてただ一つです。お金持ちになりたい。自分の商会を世界一の商会にするためです」


 狡猾な声で己の欲望を話す。瞳は強く輝き、焦がれる欲だと理解できる。


 まぁ、お金は納得できる。命を賭けて金を稼ぐなら、軍人や冒険者もある意味そうだ。商人なら欲も強いだろう。商会の経営が芳しくなく一発逆転のチャンスとも考えられる。


「俺はいわないぞ。どうして、たまたま集まった奴らで、自らの願いを話しなければならない」


 ビガラはムスッとした顔で周囲を睨みつける。資格者が自らの願いをいうことに反感を覚えているような表情。やるなら勝手にやってみろと言わんばかりだ。


 願いを話したくないだけか? それとも、いえない願いなのか? 


 それぞれの思いが交錯するなか、ジーリスが静かに口を開いた。


「それならそれで、別に強制しているわけではないでしょう。ラクさん?」


「あぁ、いいたい人だけでいい」


 ジークスの静かな問いかけに頷きながら返答する。


「なら、今度は私がいいます。願い、それは――――――共和国の滅亡」


 共和国の滅亡、有史以来から続く世界でも有数の大国の滅亡。それは長年、隣国とした争っている帝国の悲願でもある。


「本気か! 共和国の滅亡って! そんなことが可能なのか!」


 ヒサトは目をパチパチさせ、疑問を投げかける。


 ヒサトが疑問に思うことも無理はない。お金持ちになりたいっていう願いなら宝石を山のように与えればばいい。疫病から救いたいという願いなら、特効薬を渡せばいい。不老不死なら死なないスキルを授ければいい。女神の力、人の常識を超えた異能を持つとさせているが、共和国を滅ぼせるのか疑問になる。何を持って滅んだと断定するのか曖昧なところ。それに――――――。


「例え女神様でもそんなことができるのでしょうか?」


 リーファが口にした。女神といえど共和国の滅亡は何千万人の運命を壊す行為。天界で人を導くとされている天界の主がそんなことをするのか。


「私は叶うと思っています。で、なければこの場にいない。そうでしょう」


「あなたは女神の試練を受ける資格があります」と確かにいわれた。言い換えればその願いは叶えられる願いなのか。


「まぁ、いいよ。最後は俺か…………。俺の願いは――――――強くなること」


 視線を下げながら話す。強くなること。男なら誰しもが一度は憧れる願いだ。ましてや、ヒサトは現役の帝国軍人。喉から手が出る程のほしいものだろう。


「それで、堕天使に唆されザーリスを殺したのか。本当に屑だな」


 ビガラから罵倒を浴びせられ、悔しそうに目を逸らす。自業自得だけど、ビガラにだけはいわれたくないだろう。お前は奴隷商だろ。


「本当に、ごめんなさい」


 頭を下げ今日何度目かわからない謝罪の言葉を述べる。


「終わったことは仕方がない。それより、みんなそれぞれちゃんとした願いじゃの」


「お爺ちゃんの不老不死が一番変だよ~」


 フーラとリーファが互いに笑い合う。徐々に空気が柔らかく、資格者通しの会話も活発になる。命を賭けてまで叶えたい願い。互いにそれを知った仲。


「ラク、アーリア、わしもそなたたちに聞きたいことがある」


 フーラの目尻は垂れ下がり、温和な声だ。


「何ですか?」


「第1フェイズのとき、そなたらでそこそこやっておったな。もう、そろそろいいじゃろ、白状しても」


 ニヤリと笑みを溢した。


 流石は、風の軍師。ここぞっという場面で突いてくる。資格者達が纏まりつつある。こんな空気では言わなくてはならない。


 他のジークスや、ビガラを除く、きょとんとした視線が刺さる。もう、アーリアが怪しまれるのは嫌だ。


「わかりましたよ、フーラさん。皆さんにもお話します。僕達は第1フェイズに情報交換を行いました」


「情報交換?」


 リーファが首を傾げた。


「あぁ、1石発動し。互いに1石復元する。そうすればノーリスクで秘宝を発動させることができる。明らかに、ルールが明確ではなかったから試練に関しての情報が欲しかった。僕が得た情報は、資格者の中で堕天使の知り合いはいないということ。つまり、協力者とはこの試練で接触したこととなる」


「私が掴んだ情報は、秘宝の数は発動で偽装できないということです。発動で秘宝の数を増減できないし、光っている秘宝の数は絶対ということです。安心して推理材料にできます」


 僕達の説明が終わると、資格者達は各々頷いた。これで、堕天使にも情報を与えてしまった。だが、他の資格者達にも情報を得たことになる。これが吉と出るか、凶とでるか。


 それよりも、これで――――――。


 疑うべき人物も浮上した。でも、この状態からどうやって資格者を減らす?


 資格者達はそれぞれ談笑していた。1人、輪からはみ出しているのはビガラ。つまらなそうな顔を浮かべ、卑下した視線で資格者達を見る。


「『虹雲』まで残り1分です」


 女神のアナウンスが聞こえても話は尽きない。ここまでの反動が出たのか笑みを溢す資格者達。堕天使の目論見だったヒサトが見破られ、皆殺しの計画は頓挫した。さらに、秘宝の使用が制限され怪しい動きもできない。協力者とも繋がれない。もはや、堕天使には何もできない。そんな安堵な表情。資格者の勝利、それはもう必然であるかのように。


「――――3、2、1、『虹雲』発動。第5フェイズ開始です」


 虹色の光が浴びせられる。感覚はない、けれど景色が様変わりする。


 始まって、しまったか……………。悪い予感がする。僕の作戦は、なんら堕天使達の動きを抑制していないから。


第5フェイズの行動は第4フェイズと全く同じ。これで、前回と同じく堕天使側の動きをセーブできる。だが、なぜだ。ヒサトの指摘通り、なぜ堕天使側は何も動かない。堕天使は3回までなら自由に行動できるはずだ。


 秘宝の動きはなかったこれは確実だ。発動によって秘宝の数を操作はできない。浮かぶ、秘宝の数は絶対的だ。なら、本当に何もしていない――――?


 眉間に皺を寄せる。何かが引っかかるが、それが何なのかわからない。ただ、暗殺者時代に身に付けた感覚が告げる。堕天使は、剣を納めてなどいないと。


 虹の光に包まれ、またあの場所に戻る。嫌な感覚を残したままで。


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