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記憶の改竄

「第4フェイズ終了です。これより、試練の場に戻ります」


 女神の精美な声、虹色の光が身体を包み込む。


 確実に堕天使に近づいている。今回で一気に迫ってその首を取る。


 パンっと頬を思いっきり叩き、気合を入れる。堕天使、好き勝手できるのもここまでだ。


 光が収まった。時間の経過を感じさせられる。女神の水晶の周りには黄色と紫色の花が咲いていた。まだ、色取りどりの蕾が残っている。特に、赤い花はもうすぐ咲きそうだ。試練が終わった頃には満開になっているのか。それまで、生き残らないと。視線を周囲に、資格者達の姿を確認する。


「よかった。みんないる」


 安堵の声を漏らし、次に秘宝の数を確認する。僕の秘宝の数は9石。他の資格者の石は復元したアーリア以外、前回と変わっていない。


 白い輝き、僕の秘宝は6石。第3フェイズからプラス1石。


 黄金色に輝くアーリアの秘宝。輝きは8石、第3フェイズから1石プラス。


 桃色のリーファの秘宝、輝きは6石。第3フェイズから増減はなし。


 赤の輝き、ヒサトの秘宝。輝きは6石、第3フェイズから増減はなし。 


 青い輝き、パーミルの秘宝は11石。第3フェイズから増減なし。


 黄緑色の輝き、フーラの秘宝は8石。第3フェイズから増減なし。


 紫色の輝き、ビガラの秘宝は6石。第3フェイズから増減はなし。


 銀色の輝き、ジークスの秘宝は7石。第3フェイズから増減はなし。


 緑色の輝き、モーテルの秘宝は11石。第3フェイズから増減なし。


 第4フェイズ終了時の秘宝はこのようになっていた。


 左腕に人肌を感じた。


「やったね! ラク、作戦が大成功だよ!」


 アーリアが僕の腕を組み嬉しそうにはしゃぐ。今にも鼻歌を歌いそうだ。


「あぁ、堕天使の動きを完全に止められたみたいだ」


 そう答えるとうんうんとにやけながら相槌を打つ。


「ふむ、うまくいった。堕天使も今回は何もできなかったみたいじゃ」


 フーラも上機嫌。他の資格者も概ね同じ調子。秘宝の減少していない。つまりは堕天使が何もできなかったってことだ。


「でも、どうして秘宝が1石も減っていないのでしょうか? 発動で2石、復元で2石。残り1回は秘宝を破壊できたはずですよね?」


 モーテルが不思議といった顔で腕を組む。


「たった1石。秘宝が減っても意味がないからだろ。そうだろヒサト」


 ビガラの嘲笑う目。突然の指名に竦み上がる。


「ち…………違う。俺は堕天使じゃない。今回は作戦通り4石秘宝を使って最後は俺を救ってくれたラクさんの秘宝を復元した」


 必死で弁明するヒサトにビガラは興味なさそうに言い返す。


「まぁ、そんなことはどうでもいい。この作戦をずっと続ければ俺達は試練突破。俺達は願いが叶う」


「そして、私はさらに、10億万ルスのボーナス! ビガちゃん大好き!」


 モーテルの隣にいたパーミルが飛び跳ねる。


「その願いについてなんだけど……………」


 語尾が小さくなってしまった。資格者達の注目が一斉に僕に集まる。でも、視線は柔らかい。一時期のような疑いの眼差しなど一遍の欠片もなかった。


 炎龍を倒し、ザーリス殺しの犯人を見つけ、秘宝の減少を防ぐ策を講じた。もう、資格者の中で僕を疑う人は誰もいない。そんな顔付きばかりだ。


 これなら、今の僕ならこの提案をしても大丈夫だろう。


「みんな、女神様に何を叶えて貰うの?」


 全員の瞳が止まった。表情が凍り。静寂が包み込む。冷たい風が頬を切り、『虹雲』の外だろうか、虫の鳴き声が聞こえてくる。


 命を賭ける女神の試練、それを受ける人達は並々ならぬ理由がある。とても、初対面の相手に話ずらいだろう。でも、これは必要だ。


「話したくない人がほとんと思う。でも、聞きたい。みんながどうして女神の試練を受けたのか? そうしたら、きっと誰かの秘宝を砕くなんて気持ちはなくなる。このまま、みんなが協力し合って、試練を突破できる。そう僕は信じているから」


 少し、沈黙が続く。ゆっくりと口を開いたのはアーリアだ。


「恥ずかしいよね、でも、ラクのいう通り必要なことだと思う。まずは、私達から話すね」


「私達?」


 アーリアの言葉に、リーファが口を開く。


「うん、僕達の願いは一緒、村の復興――――――。あの夜、共和国に全てを壊された」


「共和国にだと!」


 ジークスが驚きの声を上げた。村は帝国領地、そこに共和国の不法侵入があれば戦争の火種となる。


「うん、そんなに難しいことじゃないよ。僕のような暗殺者に取ったら」


 暗殺者――――。その言葉に皆の顔が引きつる。


「僕も易々と帝国に侵入できた。王を殺した後、村に雪崩れ込んだ。最初は、ちょっと休憩しようと思っていたけど――――――」


 チラッとアーリアに目を配る。アーリアもにこっと笑みを返す。


「アーちゃんに惚れちゃった?」


 パーミルが茶目っ気たっぷりに言葉を返す。


「惚れる? さぁ、わからない。ただ、気が付いたら村に住むようになっていた」


 自分を殺そうとしている人を見の前にして、笑っている彼女を見て、僕の胸に何かが生じた。


「でも、それが悲劇の始まりだった――――――。いや、当然予期しなければならなかった」


 今でも思い返す後悔。あの国が、僕を放っておくはずがなかった。


「共和国は一向に帰還しない僕の調査を始め僕が生きていることを掴んしまった。総勢、40人程度の小さな村。そこに20人もの刺客が放たれた」


 もう、思い出したくない記憶。月明かりが暗闇を微かに照らす。


 この村に初めて来たときのような静けさが包まれる夜だった。アーリアの父親から、小さな家と木こりの仕事を与えられた他に密かに村の警備も行っていた。結局、違和感に村長は気付いたいた。気付いた上で村に住むことを許してくれた。王殺しということは村の人々には伝えずに、旅人が村に住み付いたということに。正体を知っているのはアーリアとその親、村長だけだった。


 いつものように、村を一回りしたあと。家路に付く。平和ボケ、すっかり温室の中にいたため、影の気配に気づくのが遅すぎた。


 悲鳴が断続的に轟いた。村の住宅街からだ。『影使い』を使用しても3分は掛かる。同じ、虫唾の穴にいたからわかる。一流の暗殺者にとって1分あれば死体の山が築ける。


 身体が勝手に動いた。地を蹴り、息をするのも忘れ走り出す。脳裏に描くのは村の人達の顔。木こりの仕事を厳しくも教えてくれた髭の生えたおじいさん。食堂で舌がとろけるようなアップルパイを焼いてくれるおばあさん。道端で笛を演奏する口下手なお兄さん。元気いっぱいに鬼ごっこをする子供達。それを見ながら、頬を緩めるアーリア。そんな光景が鮮明に浮かんだ。


「アーリア、無事でいろよ!」


 住宅街に着いたころ、景色はすでに灼熱に染まり。目の前には火の海が広がっていた。


 森の木で建てられた家は焼かれ、村全体に広がる。煉瓦造りの家も粉々に壊され跡形もない。村人が阿鼻叫喚で呻く。その中で光る。銀の一閃。洗練された剣の軌道が走る。斬られたのはまだ子ども。痛みを訴える暇もなく。血を垂らしながら倒れた。


 あれは…………ガシュ。


 真っ赤に染まる剣を振い血を落とす。黒いローブで包まれたその顔はどんな顔をしているのかもわからない。黒いローブの数は20を超え、1人1人が無差別殺人を繰り返していた。


 あいつらは共和国の暗殺者達――――――。


 一瞬にして全てを悟った。この火事は、殺人は、たった僕1人を殺すためにやっていること。村の人達は関係ない――――――。


「きゃぁぁぁぁああああ!」


 甲高い悲鳴に意識が戻る。アーリアだ!


 瞬間的に影に潜った。


 一瞬ともいえない時間で、暗殺者達に迫る。肉を斬られる感覚もなく、鈍い音が断続的に続く。仲間が刺されたと認識したときには既に自分も刺されている。アーリアを囲んで10数人いた暗殺者は抵抗をする前に刺し殺した。


「アーリア無事だったか!」


 アーリアの琥珀色の瞳は真っ赤に。涙袋も腫れていた。


「うん、でも、村が…………」


 男の叫び声が聞こえた。聞き馴染みのある声、レンニック村の村長でありアーリアの父親の声だ。耳を突く断末魔が聞こえたのは大きな赤煉瓦の家。火炎がおびただしいほど燃え上がっている。


「お父さん!」


 涙を流し、アーリアが駆け出す。


「やめろ! アーリアまで巻き込まれるぞ!」


 家に駆けだしそうなアーリアの手を掴み彼女の行動を止める。琥珀色の瞳が怒りを覚えながら僕を睨む。


「僕はアーリアには死んでほしくない。唯一、信じられる人だから」


 アーリアの瞳が真っ直ぐに僕を見つめる。ゆっくりと手を解く。ほどなくして、アーリアは泣きながら崩れた。一晩中、ずっと村のみんなと父親と、村自体の死を拒絶しながら。



「でもね! ラクがそれを察知して村のみんなを避難させたの。しかも、刺客も全員倒してね。でも、そのせいで村はもう滅茶苦茶。とても暮らせる状態じゃなくなって、村から出る人がたくさん。このままじゃあ村がなくなっちゃう。だから、私達は村の復興を女神様にお願いしにきたの!」


 真剣に語る彼女の眼差しに資格者達が聞き入れる。


 本当のことと思っているだろうな。いや、確かにアーリアは本当に僕が村の人達を避難させて、犠牲者が出なかったと思っている。


 でも、それはアーリアが創り出した偽の記憶、そして、アーリアは――――――。


「それが昨日、ナイスタイミングで『虹雲』が現れた、本当に奇跡です」


 目をキラキラさせて語るアーリア。


 丁度、1年。明日で村長の一回忌。アーリアはあの日の記憶を改竄し、ずっとあの夜の翌日を毎日過ごしている。


 進まない時間。記憶の牢獄。きっと、アーリアにとって本当の記憶は辛いものだろう。でも、明日を生きないとならない。そうアーリアならいったただろう。だから僕は女神の試練を受けなればならない。試練を突破し、アーリアの記憶を取り戻す。それが、アーリアから全てを貰ったのに、あの夜何にもできなかった僕のせめてもの罪滅ぼしだ。


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