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悪意

季節は流れ、先の暗殺未遂から1年の歳月が過ぎた。


 相変わらず、僕はレンニック村で木こりをしている。慣れたものでそこらの木こりより生産率は高い。村長から「覚えがいい」と褒められた。まったくうれしくはない、暗殺の糸口はまったく掴めていない。それどころか、頭の中で反響する言葉「ラクが人を殺したいわけじゃないでしょ」、ターゲットにそう悟られた。


 殺したい…………。


 不思議な言葉だ。僕にとって、人を殺すかどうかは任務によって決まるもの。それが当たり前だった。だから、殺したいとか、何かをしたいとかそういった感情は持ち合わせていない。僕には自分の意思を持つ感覚がない、人に対する感情も。


 これはおかしなことだろうか。


 記憶が地下奥底に潜る。潜っても、潜っても。思い起こされる映像は血の記憶。僕は親も知らない。物心ついた頃には既に剣を握り、人を斬る術を学んでいた。何も疑問も持たず、当たり前のように。今もただ、命令に従っている。ただ、それだけ…………。


 斧を振り下ろす。グサッという鈍い音が鳴った。丸太は綺麗に2つに割れず、斧は途中で止まった。


 薪割りを失敗したことに暫く呆然とし、後ろからの小さな来訪者に気づかなかった。自分の警戒心のなさに、驚きと反省をしながら。後ろを振り向く。


「ラク、何でも帝国軍が明日この村に来るらしいぞ」


 なっ…………。


 遂に、バレたか。なに、焦ることではない。村から脱出することは簡単。だが、そうなるとターゲットはどうする。まだ、殺すせる算段はついていない。こうなったら、一度共和国に帰り、状況を説明するか。


「アーリアを軍に引き入れるらしいぜ。何考えているんだろうな、あんな女をわざわざ、絶対に俺の方が強いのに――――――」


 子どもがふてくされながら口を尖がらせていた。腕白小僧で有名なガシュは軍に入って憎き共和国を倒すと口癖のようにいっていた。


 なんだと! 軍に…………。


 軍にスカウトさせた。ということはターゲットの『金色覇気』が漏れたということ。いや、考え方によっては当たり前か。共和国でさえ情報を掴んでいた。自国の帝国が知っていてもおかしくはない。敵兵から受ける弓も剣も、ターゲットからすれば、殺す気のある悪意になるだろう。攻撃は全て通じすに血しぶきが飛び交う。きっと、ターゲットの周りは血の海に豹変する。戦場を生業としているわけじゃないが、ターゲットのスキルが戦場で無双を振うことは容易に想像できる。そして、村を離れるということは暗殺が非常に困難になるということだ。


 赤煉瓦が森林に映えるひときは大きな屋根。村長宅には黒い軍服をした男数名が扉の前に直立の体制で待っていた。


 ギィっと扉が開く音。隙間から琥珀色の瞳が覗く。


「だから、お断りしたはずです。私は軍人なんかになりません」


 睨む軍人達の視線を躱し、頬を膨らました少女。


「アーリア、以前から勧誘しているとおりです。あなたの力が在れば共和国の息の根を止められる。帝国民として、侵略国家の共和国の暴挙を許すことなどできないでしょう。共に戦いましょう。帝国の明日を掴むのです!」


 握り拳を天に掲げ、力強い目つきでターゲットに訴える。後ろの兵が「さすが、ダイ大将!」「痺れます、ダイ大将」と声援を送っている。ターゲットの目の前に立つ男が軍のトップの1人。ダイ大将その人だろう。漂うオーラに武者震いが起こる、強者の証だ。


「お断りします」


 朝の挨拶のように軽くお辞儀をして、背を向けドアノブに手をやる。ターゲットが扉を閉めようとした。


 そのとき――――。


 耳朶に鈍い音が届いた。勢いよく閉められた扉に太く傷跡が残る右手が挟まった。


「お断りします、だと。ふざけているのか! あなたには力がある、憎き共和国を壊滅させる力が。いいか、これは義務だ。こんな田舎村だがここも帝国領内。今の生活は帝国の恩恵を受けた上での生活だ。なら、帝国の決定に順次する義務があなたにはある」


 骨の髄まで響き揺らす、覇気のある声。大きな声は森の外まで聞こえているでだろう。顔は真っ赤に染まり、目は尖ったかのように鋭い。


 あぁ、ダイ大将のいうとおりだ。


「それにあなたには心がないのか。今まで共和国にいったい何万人が殺されてきたか知っているのか。これからも何十万人が死んでいく。あなたに人を救いたいという意思はないのか!」


 ダイ大将の真っ当な言葉に。琥珀色の瞳は地に伏せた。ゆっくりとダイ大将がドアを開く。激怒した真っ赤な顔は元に戻り、今度は目尻に皺を寄せ優しさを滲ませる。


「いきなり軍に入れといわれ怖いでしょう。だが、我々もいきなり戦場に立てとはいっていない。まずはしっかりと訓練を積んで――――――」


「今まで戦争でなくなった人の数は何人ですか?」


 ダイ将軍の言葉を遮ったのは冷たい声だった。眉をピクリとあげ、顔を上げターゲットと目が合う。琥珀色の瞳は烈火のような炎を帯びていた。


「少なくとも、犠牲は30万を超え――――――」


「共和国の犠牲者も合わせてです」


 顔が険しくなった。鋭い眼光を浴びせながら口を開く。


「それはどういった意味だ。なぜ、侵略国家の犠牲者を数えねばならぬ」


「侵略国家? 関係ありません。2国の戦争でいったい何万人の人が犠牲になっているのですか。戦争なんて、ただの大量虐殺。私はそんな殺し合いに参加などしない」


 きっぱりとそう言い放った。琥珀色の瞳に宿る炎は強い意思を燃やしたまま、百戦錬磨である帝国大将と睨み合う。ダイ将軍の握り拳はブルブルと震えていた。


「貴様、正気か! 戦争が大量虐殺だと。我々は民を守るために命を賭けて戦っている。今の発言はその犠牲者全てを愚弄するものだ。この、非国民が!」


 獣の雄たけびのような声で、感情のまま言い放った。憤怒の余り息が乱れ、また、顔は赤面に戻る。


「なんといわれようと私の意思は変わりません。帝国にはきっと、別の道が。共和国と共に繁栄する道があるはずです。武力で抑えつけようとする帝国のやり方。私はよくないと思います。人の憎悪を理解していないのですから」


 真っ直ぐダイ将軍を見つめる。琥珀色の瞳に滾っていた炎は消え失せ、漆黒に染まる。


「今の発言は帝国を愚弄したと受け取ったぞ。帝都に帰ったた上層部に報告させてもらう」


 大声でそう怒鳴り付けターゲットに視線も合わせず、ドアノブから手を離して踵を返す。そのまま部下2人を引き連れ怒りを抑えながら帰っていった。


「どうして断った」


 家の影が揺れる。直立に真っすぐ伸びた影から人型が形成させ、やがて元の姿に戻る。


「ラク、いたの。変はところ見られちゃったね」


 少し照れながら、ターゲットははにかんだ。


「質問に答えろよ。どうして断った。軍に入れば、そのスキルと効果だ。死ぬことはほぼない。国からは英雄扱い。どっかの暗殺者から狙われる可能性だって少なくなるぞ」


 琥珀色の瞳が僕を捉える。ふふんと鼻で笑って一歩近づくと。白い歯を見せた。


「まだ、私を殺す気でいたの?」


 からかうようににやける。


「当たり前だ。お前は僕のターゲットだ」


「そっか~」


 気の抜けた返事。とても命を狙っていると宣告させた反応とは思えない。


「前に私、盗賊さん達を殺してしまったでしょ」


 ターゲットはまるで一生背負う咎を告白するように重く沈んだ口調だった。一方的に襲ってきた野盗。抵抗の末に殺してしまっても正当防衛。罪を背負うのは盗賊の方だ。


「お前は抗った。その結果だ。あの程度の実力で盗賊をしていたら遅かれ早かれ死ぬ。むしろ、伝説の『覇気』スキルで殺され幸運だな」


 ターゲットが何を後悔しているのか全くわからない。そういえば、あのとき泣いていた。自分が殺してしまった、盗賊達に。


「ねぇ、ラク。悪意ってなんだと思う?」


 神妙な面持ちでそう問いただした。


 また、わけのわからないことを。


「悪意? 相手を恨むこととかだろ」


「うんうん、違う」


 ターゲットは小さく首を振った。


「悪意ってね、人を信じられないこと。この人は何をいっても無駄。この人は私とは違う。この人は考えが違うから相容れないってようにね。そんな感情、みんな持っている。だから、どうしても人を会うと『金色覇気』が発動してしまう。このスキルは悪意を感じると同時に、私に伝染もするの」


 悪意の伝染、人の感情の伝染。果たしてそれはどれほど心に負担が掛かるのだろう。


「だから私は人を信じていきたい。いろんな、悪意を感じてきた私だからね。誰でも信じていきたい。あなたのことも。人を信じられず殺してしまう戦争なんてまっぴらごめん」


 悪意は人を信じないこと――――――。


「ラクは私を殺せない。刃には悪意が籠り『覇気』が弾く。でも、ラクがいくら殺そうとしても、ラクは傷つかない。そこに悪意はないから」


 そうか、だから僕は盗賊達のように血しぶきを吹かずに済んだ。


「恨まないのか……………」


「何を?」


「悪意をもたらす人を」


 ターゲットの顔が曇っていく。下唇を噛んだあと、小さく口を開いた。


「小さい頃はそうだったよ。みんな何かしら悪意があったからとっても苦しかった。でも、あるとき気が付いたの。そうだ。この悪意にスキルに立ち向かわなくとって、だから、私から人を信じることにしたの。そしたらね、少しずつ周りの悪意もなくなってきた。本当だよ!」


 ターゲットはにこやかな顔をしていた。


 抗うのか、自らのスキルに運命に。


 そうか、だからターゲットは、アーリアは――――。


 視線を合わせた。和やかな目で心を包まれる。


「理想論だとは思わないのか?」


 現実を突きつけてやろう、世の中そんなに甘くない。


「わかっている、でも、信じたいの。人を」


 琥珀色の瞳は一切の淀みがない。この世のなによりも美しい光だった。


「ラクも人を信じてみない?」


「無理だ。僕はそんな人間ではない」


「じゃあ、私も信じられない」


 ニコッとアーリアが笑った。胸に刺さる違和感。でも、どこか心地いい。


「アーリアなら――――――」


 言葉は自然と口にした。ぱぁっと笑顔が弾ける。両手を掴みソプラノの声が聞こえた。


「うん、まず私を信じて、そしたらきっと他の人も信じられるようになるから!」


 なぜ、アーリアなら信じられるといったのか、今でも理由はよく覚えていない。でも、僕の人としての人生はアーリアのために始まった。


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