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殺意

「ふむ、その子が夜。森を彷徨ってこの村まで流れ着いたのか」


 なぜか、ターゲットは僕の正体を暴くことなく、偽りの情報を流し自分の父親だという。この村の村長に僕を会わせた。


 スタンドレスガラスから朝日が射す。皺が幾つも連なる顔に、開いているのかわからない細い目。白髪の薄い頭。父親ではなく、祖父ではなかろうか。50程の年齢差を感じさせる。


 木々が軋む音、腰掛けている今もに壊れそうな木材の椅子が年季の入った音を鳴らず。ギョロリとした卑しい視線が覗かせた。


「名はなんだい?」


 見た目と相反し、穏やかな声だった。


 どうする。ここでこの男を殺すか――――――。


 右手で懐に隠した小型ナイフの感触を確かめる。1秒もかからない。細く、血管が丸だしな首を斬り血が吹き枯れる。それで人は死ぬ。


 だが、その後は――――――。


 後ろの気配。強者のオーラはなく。むしろ、そこらの虫と変わらない。しかし、僕が初めて殺し損ねたターゲット。今、僕の運命はこの女が握っている。


 殺さないと。でも、どうやって。僕の暗殺術は通用しなかった。あのスキルの前では……。いや、必ずどこかに隙が生じるはずだ。


「ラク・ヤーリックといいます」


 ここは生き残らなければならない。


 対話術。ターゲットの情報は諜報部隊の任務。外見、場所、普段なにをしているのか。殺すことに必要な情報は全て受け取り仕事に向かう。それ以外の訓練は皆無。だが、聞いたことがある。人と話すときは笑ったほうがいいと。笑う、ということは目尻を寄せ、頬を上げ、口を開く表情のことだと教官から教わった。


 できるだけ、警戒されたくない。笑顔という表情をつくるんだ。


 笑ったと思われる顔をした。ターゲットの父親は眉を潜めると深いため息をつき。


「わかった。この村に住みことを許可しよう。子供にしては身体がしっかりとしているな。木こりの人員はいくらいても困らない。アーリア、さっそく仕事を教えてあげなさい。あと、この村のこともね」


 通じたのか、笑顔というものが…………。心の中で安堵の溜息を付く。とりあえず、村長を騙せた。さて、ここからどうするか。


「はぁーい、じゃあ、いこっか!」


 今後の展望に深けていたとき、元気な声が思考を邪魔する。


 ターゲットは僕の手を引っ張り、ドアノブを捻る。


「おぃ………………」


 戸惑う僕をよそに、ターゲットは笑顔で外出た。


 そよ風が髪を揺らすそれとまぶしい光。広がる青空。澄んだ空気。花々の香り。


「レンニック村にようこそ」


 また、ターゲットが笑った。たぶん、僕はこんなふうに笑えてなかったと思う。



 ターゲットは僕を連れ、歩いて10分ほど村の外れある小屋に向かっていた。


「で、僕をいつ帝国に突き出す」


 なびく金色の長髪がふわっと乱れた。


「うん? なんで帝国に?」


 ターゲットはきょとんとした顔で振り返った。本当に僕の発言に疑問を持っているかのように。


「なんでって、僕はお前を殺そうとしたんだぞ。昨日の夜は僕から逃げるためだろうが。お前のスキル? あのオーラで僕の攻撃は通用しない。こんな屈辱は初めてだ。どうして共和国がお前みたいな小娘を狙うのか不思議に思ったが解決したよ。お前は僕と同じで普通じゃない。そんなことはまあいい。任務は失敗だ。今はまだ共和国に戻れないし、僕を殺せばいい」


 吐き捨てるように言い切った。じっとターゲットの瞳を見る。琥珀色の瞳は一点の曇りもなく綺麗なままであった。


「うん? そんなつもりはないよ。ラクをどうにかする気なら寝込みを襲われたときに叫けぶでしょ」


 ターゲットは平気な顔でさぞ当たり前のことをいいのけた。


 確かにそうだ。なぜかターゲットは殺そうとした相手を見逃し、それどころか平然と話している。ほんと、この女はいったい……………。


「さぁ、無駄話はここまで働くよ」


 細く綺麗な手が木の戸に手を掛けた。がらんと木が軋む音。小屋の中から植物と土の匂いが香る。小屋の中には煌めく金属。斧やノコギリが30本はあるだろう。ターゲットは中に入り、比較的新しいノコギリを2本手に取った。


「これで木を切っていくの。簡単でしょ、暗殺に比べたら」


 ノコギリのギザギザの刃が目につく。切れ味はナイフとは比べ者にならないが。人の首を狩るのは木を切るより断然容易い。


 ターゲットが『覇気』持ちでなければ殺せた、『覇気』スキル、天界人が所有しているという覇気。なぜ、こんなスキルを持っているのか知らないけど、共和国が狙うのは分かる。


 そして、本当に何を考えているのかわからないけど、僕を生かし、村で生活するよう促されている。だったら、付き合ってやろう。任務継続だ。村に住みながらターゲットの命を頂く。『覇気』持ちであろうがチャンスはあるはずだ。僕は、王殺し。世界最強の暗殺者だ。


 ターゲットに続き小屋に入る。「はい」と笑みを浮かべながらノコギリを差し出す。僕は無言で受け取った。なるべく、殺意を押し殺して。



 真上の太陽が眩しい。頬を伝う汗を袖で拭いながら斧を大きく振りあがる。ナイフとは違ってずっしりと重量がある。思えば、暗殺の訓練では極端な筋力は必要なかった。与えられたスキルでは瞬時に懐に入り音速の一撃を加える、ただそれだけ。ターゲットをなぶり殺す腕っぷしなどいらなかった。けど、こんな斧さえ重く感じるか。


 ターゲットから他の木こりが働いているところを見学させられた。腕の太さは僕の2倍、「そのうちラクもあれぐらい太くなるよ。だからへこまないで」振り下ろすその腕を凝視していると横からターゲットがそう声を掛けてきた。僕は別に筋力の差など気にしていない。


「ラク、休憩。お昼ご飯だよ」


 振り下ろした斧。スサッと気持ちのいい音を響かる。木の破片を垂直に割り、綺麗に2つに割った。


「うん、だいぶさまになってきたね。綺麗な薪の完成だ」


 ターゲットが頷きを繰り返す。腕を腰に付け仁王立ちしているのが気に入らない。この村に潜入してから3か月が過ぎた。流石に、同じ仕事を朝日が昇ってから夕陽が落ちるまでひたすら繰り返していたらこの程度の技術は誰でも習得できる。なのにターゲットは幼児を褒めたたえるかのように褒めちぎる。目障りだ。しかも…………。


「さぁ、お手製のお弁当だよ」


 毎日のように昼食を持ってくる。「1人でその辺の果実を採取して食べる」と断ったが、「せっかく作ってきたのに、もったいない。食べないとあなたを帝国に突き出します」と笑顔で脅された。


 手に持った風呂敷を丸い机の上に広げ、蓋を開ける。白いパンと黄色い卵、また、白いパン。また、白いパン、桃色の肉。また白いパン。思わず、目が点になる。


 なんだこれは――――――?


「何? まさか、サンドイッチ嫌い?」


 下から覗き込むように顔を探る、琥珀色の瞳が心配そうに揺れた。


「サンドイッチというのか?」


「えっ! サンドイッチを知らない!」


 口から洩れた言葉にターゲットは大袈裟に大声で叫んだ。


「何を大袈裟な。食べ物の名前を1つ知らないくらいで人を非常識呼ばわりか」


「いや、サンドイッチ知らないって、けっこうあれだよ。今まで何を食べてきたの?」


 驚きと少しからかいが混じり、幾分声が高くなっていた。


 どうして、殺されそうになったときより今のほうが声質が乱れる。苛立ちが積りながら。


「砂パンと、緑チーズだ」


 ぶっきら棒にそういった。瞬間、ターゲットの吊り上がった頬が固まる。


「他には――――――」


 先ほどとは打って変わって、低く錆びたような声。砂パン、緑チーズともに戦時用に開発させた非常食、味は苦味しかない。


「それだけだ」


「どうして、共和国は帝国と比べても貧しい国じゃないよね」


「実情は軍事費に予算の大部分を占めている。帝国も同じだろうな。だが、暗殺部隊は軍の中で、最も金がない。理由は単純明快。成果を上げる可能性が低いからだ」


 実際に戦争を行う戦闘員ではない暗殺部隊。任務も他国の要人だが、まず、暗殺するまでに掛かる情報を集めるのに莫大な資金がいる。さらに、実際に暗殺計画に移すのはごく僅か。実行となると、僅かしかない。帝国王殺しの任務は部隊の中で別格だった僕なら可能ではないか。敗戦をした共和国にとっては奇策の一手であった。


「そうなの。じゃあ、きっとおいしいよ。パンだってレンニックで獲れた小麦を使っているからフワフワだよ」


 ぱっと顔を変えたターゲットはサンドイッチとなるものを手に取り、「あ~ん」といいながら口元に近づけてくる。


「………………」


 意味が分からず、暫し固まっていると。


「口を開けて」


 とりあえず、開けてみよう。


「うぅんむむむ、ゲホゲホ!」


 思いっきり口の中にサンドイッチとなるものを詰め込められた。


 まさか、僕を窒息死させる狙いが――――。


 舌から口全体へ広がる甘い香り。ゆっくりと咀嚼する。


「――――――おいしい」


「でしょ、パンを焼くのは村のシェフより腕が立つんだから」


 そういったターゲットはあの夜と同じ満面の笑みだった。


「遠征だから、ラクも付いてきてね。道を覚えていることが1つ、あと私のボディガードも兼ねて万が一盗賊に襲われちゃったらたいへんだ」


 上擦った声で笑みを見せるアーリア。記憶を巻き戻す。


「そうだったな」


 確か今日は昼から、村を出て近くのカッチノ街に遠出するようにと村長からいわれていた。「どうして僕が街などに」。できれば、人目に付きたくはないので断ろうとしたが、「嫌なら村から出なさい。村長命令です」と突っ張れられた。


 まったく、似た者親子だ。ターゲットに一番接近できるのはレンニック村。この村を離れることはできない。しぶしぶ、「わかった」と返事をした。


「じゃあ、出発!」


 意気揚々とステップをしながら村を駆けるターゲットの背を追いかけ、密かに思いを募らせる。考え方によってはチャンスかもしれない。村を離れ、監視の目が緩む。まだ、ターゲットの「覇気」を攻略する手段は得られていないが。何か要素を掴めるかもしれない。


 懐に常に忍ばせてある小型ナイフを右手で撫でる。3か月もの間、伏せた刃が牙を向くかもしれない。

鼓動が激しくなっていることに気づいた。僕は根っからの暗殺者だということを思い起さてくれる。


「べぇっ!」


 サンドイッチの甘味残る唾液を吐き捨てた。



「きゃっ!」


 ターゲットの甲高い声が森全体に響く。目の前の銀色の刃は2人の顔を写す。


 まさか、こんなに早くチャンスが転がってくるとは………………。


「さぁ、大人しく。金品を渡せ。田舎村からカッチノ街に出るんだ。それなりの有り金はあるはずだ。私達子供だから――――。なんて、言い訳は通らないぜ。恨むんだったら、お前らみたいなガキにお使いを頼んだ大人を恨みな」


 僕とターゲットを囲むように並ぶ身なりの汚い男、四人衆。体格が他よりも一回り大きく、無精ひげを蓄えた大男が荒っぽい声で威嚇する。


 村から歩くこと2時間。目的地、カッチノ街まで4時間掛かると聞いていたから、丁度半分のところだろう。約10分前、森の中から忍び足で後を付ける足音が聞こえてきた。数は4つ。忍び足で森を歩く時点で、こっそりと近づかなくてはならない人々。また、足音を残すお粗末な尾行。事前情報と照らし合わせると。


「盗賊か」


「あぁ、そうだガキ。俺達はここで何人も狩ってきた。もちろん、金だけでなく命もな。な~に、心配するな。きっちりと有り金全て渡せば無事に返してやるよ」


 げらげらと笑いながら、剣を振り回す。怖いだろう、といわんばかりに。


 さて、ここで処理するのは簡単だけど。折角だ、ここはターゲットを盗賊達と接触させて「覇気」の情報を得るか。


「ラク…………」


 袖を引っ張られながらターゲットが呟く。


 震えた声で――――――。


「どうして……」


 なぜ震えている。お前はこんな奴ら相手にならないほどの防衛術を持っている。本来、僕の護衛など必要ないんだ。なのにどうして泣いている。僕が殺そうと首に刃を向けたとき、お前は笑っていたじゃないか。


「お嬢ちゃん、泣くなら早く荷物をこっちに寄こしな。そうすれば怖い思いをしなくて済むぞ」


 一歩、一歩、盗賊達は足を進める。空に掲げられた銀色の刃。


「ガキども、これが最後の忠告だ」


「いやっ!」


 大男の威圧感に怯えたのか、ターゲットはその場で尻餅をついた。


 ギラギラとした視線がターゲットから僕に移動する。


「おい、ガキさっさと荷物を渡せ」


 じっと、大男の顔を見つめる目を開き敵意を放つ。チィっと舌打ちが聞こえた。


「お前らやっちまえ」


 予想通り激高し襲ってくれた。瞬時に『影使い』を発動し盗賊達の包囲網から離脱する。さぁ、これで『覇気』を外から見られる。存分に見せてもらおうか、天界人のスキルを。


 銀色の刃が四方から振り下ろされる。瞬間、眩い黄金色の光がターゲットから漏れ出した。


「「ぐわぁあああ!」」


 男達の悲鳴が共鳴し合う。


 何が起こった? 


 まだ、事態が飲み込めない。確実にターゲットを殺そうとした振り下ろされた4本の刃。ターゲットが放った黄金色の光。剣先が触れた瞬間。吹き出る血しぶき、男達は身体中から血を噴き出した。


「なんだこれ…………」


 呆気に取られながらターゲットを見ると、膝から崩れ落ち涙を溢していた。


「また…………、死んだ………………」


 なんだ、この女は。


 三日月が薄く照らす。白色の外壁は僅かな明かりを増幅させているようだ。カッチノ街にやっと辿り着いた。本来であれば、夕方頃にはついて、月が輝く時間帯には眠りについているはずだったが、先のトラブルで予定が狂ってしまった。


「レンニック村のアーリアです。こっちは連れのラク」


 アーリアが衛兵に通行許可書を見せながら説明を加える。腰に剣を携えた衛兵は気だるそうに、通行許可者を眺め欠伸をしながら「通っていいぞ」と促した。


「いこうか、ごめんね。随分と遅くなっちゃた」


 帝国の中でも有数の栄えた街。夜でも明かりが灯る酒場はあちこちで見られ愉快な談笑が外まで漏れる。本来なら店を回り、村に必要な備品を買うつもりだったが、さすがに店はやっていない。買い物を明日に持ち越し、真っすぐに村長の古くからの友人が経営している宿屋に泊まることにした。ただ、村と違って広い街なので歩いて15分は掛かる。


「盗賊達を殺した、あれはなんだ?」


 ターゲットの瞳が揺らいだ気がした。ずっと、気になっていた疑問を投げかける。金色の輝くオーラ。『金色覇気』、あの力の前では僕の暗殺術でさえ意味がない。攻撃を完全無効化する、究極の防衛術。そう解釈していたし、ずっと防衛術を破るすべを探していた。


 だけど――――――――。盗賊達を殺した力は間違いなく、覇気の攻撃だ。


「私のスキル、『金色覇気』は悪意を寄せ付けるだけじゃない。悪意を相手に返し、それ相応の罰を下すの」


 悪意を防ぐことで自らのダメージを消し、さらに、相手にカウンターを繰り出す。聞けば聞くほど恐ろしい、『覇気』のスキル。だけど、それでは――――。


「だったら、なぜ僕は死んでいない」


 あの夜、確かに首筋にナイフを当てた。首を刎ねよう全体重を掛けたがびくともせず、黄金の光に阻まれた。さらにその後、心臓を刺そうとした。だが、再び黄金の光に阻まれ、そのまま光は輝くを増し、気づけば朝になっていた。


「悪意にも色々あるよね。さっきの盗賊は私を殺そうとしたから、逆に死ぬことに…………。でも、ラクは私を殺す気がなかったから」


「はぁ?」


 全身の力が一気に抜けた。目尻を上げ、口をぽかんと開けてしまう。


 何をいっているこのターゲットは――――?


「殺そうと思ってなかったよね」


 じっくりと目を合わせる。琥珀色の瞳は冗談の類をいっているようには到底思えない。


「どういう意味だ?」


 素直に問う。僕は暗殺者で君はターゲット。僕が君を殺さないでいるはずなどないし、実際に殺そうとした。


「違うよ、私の首を刎ねようとしたけど、ラクは私を殺そうとしていない」


 ターゲットは小さく首を振った。


 全く意味がわからない。首を刎ねよううとナイフを刺した。これが殺す気がないはずがない。


「だって、ラク。私を殺そうと思っていないでしょ」


「だから、何を僕は暗殺者。人を殺すことが仕事だ」


 黙っていられなかった。さっきから、何を言いたい?


 焦り、苛立ち。僕は早くターゲットを殺さなければならない。


「じゃあ、もっと詳しくいうね。ラクのナイフは『金色覇気』に阻まれた。これは、『覇気』が私を傷つける刃物に反応したから。でも、そのあとの光の増幅は、『覇気』が罰を下した。気絶させることによってね。その程度の悪意。ラクは命令で殺そうとしているだけで、ラクが人を殺したいわけじゃないでしょ」


 少しはにかんでターゲットはこちらを向く。本当に、いっている意味がわからない。


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