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プロローグ

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、色鮮やかな色が目の前に広がる。冷たい風が吹いた、色は押し寄せ頬を切る。虹色の霧はこの世ではないような錯覚だ。これが女神様の力なのか。伝承通りこれなら本当にアーリアを救えるかもしれない。


 ラク、目を覚まして。


 アーリアの声だ。


 ラク、思い出して。


 それもよくわからないことを。


 ラク、私はもう――――。


 右手を見つめた、胸の内に渦巻く冷たい記憶。


 左手を見つめた、胸の内に広がる温かな記憶。


 ぎゅっと、左手を握り締めた。さっき抱きしめたばかりなのに、もうアーリアの温かさは消えてしまったらしい。アーリアのおかげだ、僕は明日を生きることができた。なら、今度は僕がアーリアを明日へ進むために尽くさなければならない。


 大丈夫だよ、アーリアは僕が救うなら。アーリアから何もかも貰った僕のせめてもの恩返し、アーリアの明日を取り戻すためならばこんな命惜しくはない。『女神の試練』など恐れるものじゃない。


 ラク、大丈夫?


 頭に染み込むアーリアの声。大丈夫だよ、僕は。


 視界を遮る七色の霧を突き進む。


 ラク、お願いだから、もう、私のことは――――。


 一体何を――――。村で祈っていてよ、アーリアは僕が救うから。


 瞬間、虹色の光が僕を包み込んだ。


 

 小さな村の奥、赤い煉瓦が目立つ大きな二階建ての住居。小さな人影が忍び寄る。


 暗闇に溶け込む、真っ黒なローブ。深く被ったフードから白髪が覗く。顔は幼く子どもそのもの。しかし、漂うオーラと懐に忍ばせた小型ナイフ。光を浴びたことのないような瞳は母に叱られ家出をしたガキではない。


 どうして、10年前の僕が――――。


 ここで、間違いない。


 頭に響く幼い己の声。今でも鮮明に覚えているアーリアとの出会い。


 小さな身体を活かし、しゃがみながら屋根を進む。壁付近まで足を止めた。ゆっくりと身体を起こし視線を窓の奥へと遣る。


 簡素な部屋。家具、本棚。ベッドなど必要最低限しかない。そのベッドには1人の少女。金髪のストレート、水色の寝間着。うつ伏せのため、顔は見えないが身体の大きさから年は同じぐらい。寝息を立て、熟睡をしている様子だ。


 いい夢見ているといいのかな――――――。これが最後の夢だよ。


 夜風が過ぎるような音。少女の寝息は直接耳に届く。


 音もなく部屋に侵入し、懐に隠し持った小型ナイフを取り出す。


 あの任務の後はこんな少女を殺す任務。でも、疑問も迷いもない。僕はただ、人を殺し続ければいい。それが僕に与えられたスキル、僕の運命。


 銀色のナイフに自分の顔が映る。寝起きのような、ご飯を食べているような、頬を緩めているような。自分でもどんな表情なのかわからない。


「さて、ここで選択です。貴方がこの時に戻れるなら、少女を殺しますか――――。記憶の景色が終わるまでに答えて下さい」


 女性の淡々とした声だった。どこまでも響き、神々しい雰囲気を帯びている。


 女神様なのか――――。


 景色が終わるまでにあの夜に戻れるなら。少女を殺しますか?


 そんなこと決まっている。僕は――――。ふと、胸の中がざわめきだした。


 再び、幼い自分が動く。


 小型ナイフを握り手慣れた動作、何十万と振るった軌道。刃物は首筋を目指す。


「あなたはそんな人じゃないよ」


 母親が子供を宥めるような軽やかな声。銀の刃物は少女の首筋を斬るかに思えたが、細い首筋から血が吹くことはなく、ピタリと止まった。


 こいつ!


 思わず狼狽する。慌ててナイフを引こうとするが逆に手を両手で掴まれた。抵抗するが振りほどく腕力はなく、右手が拘束されたまま。


必然的に少女と目が合った。


「えっ…………」


 金色の髪は近くで見ると艶やかに輝き、瞳は琥珀色。唇は薄い桃。小動物のような雰囲気を醸し出す少女。見た目はどこにでもいる幼い少女だ。だが、寝込みに部屋に侵入され、刃物突き付けられ、命を奪おうとした人間が目の前にいる。


 そんな状況にもかかわらず、少女は平然と刃物を防ぎ。笑って、喋った。


 異常だ。この女は――――。


 そう、僕は初めて自分以外に異常な人を見た。だから――――。


「うん、無表情よりは驚いた顔のほうがいいね。名前は?」


「ラク……です」


「私はアーリアっていいます」


 そういってまた、笑顔を見せた。


 なんだ…………。この女…………。


 小型ナイフは両手を擦り抜け、ベッドから落ちた。


「ねぇ、よかったら。この村に住まない。いいところだよ。ラクもきっと気に入る」


「はぁ? ふざけるな! 僕はお前を殺そうとしたぞ!」


「そうだろうね」


「これは仕事だ。お前はきっちりと始末する」


 一瞬の隙ができた。右手の拘束を素早く解き、床に落ちた小型ナイフを素早く拾い、今度はアーリアの心臓目掛け突き刺す。さっきのは何かの間違いだ。心臓を一突き、これで人は確実に死ぬ。


「じゃあ、この村から離れられないですね。一生、私は殺せないから――――」


 眩しさで目を瞑る。


 アーリアは金色のオーラは発生し、部屋を、村を、夜空を輝かした。

 

「記憶の景色はここで終わりです。さて、選択の時です。この時に戻れるなら、少女を殺しますか? そして、あなたの願いとは?」


 煙のように、目の前に広がった景色が消えた。アーリアとの出会いの夜。アーリアによって、人生が始まった夜。


 『女神の試練』、何が起きて不思議じゃないけどずいぶんと悪趣味だな。人の記憶を覗いて呼び戻す。で、質問を間違えれば資格を得られないのか…………。


「答えはもう、決まっている――――――。僕はあのときには戻らない。そして、願いはアーリアを救うことだ」


「なるほどそれが答えですか。では、貴方を――――――」


 視界が鮮明になっていく、虹色の霧が晴れ日差しが眩しい。前方に鬱蒼たる森が広がる。


「資格者と認定し、『女神の試練』を受けて貰います。森を抜けると合流時点。他の資格者も集まっています。試練の内容はそこでお話します。では、後ほど。あとあなたには忠告です。きっと、試験を受けたことを後悔するでしょう」


「後悔? どういうことだ? おい!」


 矢叫びのような声を荒げるが、女神の返答はない。


 後悔だと、ありえない。アーリアを救える可能性があるのに、そこから逃げて後悔なんかするはずがない。アーリアの来ない明日を取り戻す。そのために全てを賭ける。


 構わず、歩みを進めると森の中で開けた広場が見えた。


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