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緒荷神

緒荷神

作者: 讃嘆若人

「私の緒荷神(おなりがみ)は、と言われてもねぇ。」


「探さなければなりませんよ。奥さん以上に大切な存在です。」


「そんなこと言っても、世の中には緒荷神を見つける前に付き合っているカップルもいるじゃないか。」


「あれはふだしらな男女の関係なのです。貴方は由緒ある松花一族の跡取りなのですから、きちんとまず、緒荷神を見つけて、それから色恋のことは考えたらよいのです。」


「まぁ、心配しなくても私みたいな男は君たちが早くお見合い相手を見つけてくれないと結婚できないわけだけど。」


「自覚しているのなら早く見つけてください。私共は緒荷神も見つけていない放蕩息子に半身を紹介するほど甘くはありません。」


「俺が女性にモテないことは否定しないのかよ!」


「主君の耳に痛いことを言うのも私共の仕事ですから。」


 私は松花龍壱。この世界の貴族の家に産まれた19歳の青年だ。

 今話をしているのはこの家の家人(けにん)の長である(みね)(いつき)である。

 家人と言うのは貴族の家に代々使える隷属民だ。召使のようなものだが、奴隷ではない。


「もしも20歳にもなって緒荷神に出会えていなければ、貴方様は松花家始まって以来の放蕩息子として世間に知れ渡るでしょう。」


 奴隷でない証拠に、こんな生意気をことを言う奴もいる。まぁ、家人の長だけあってかなり年配だから私みたいな若造相手にはちょっと口調も生意気になるか。


「そうは言ってもだな、女性って好みでない男性のことはとことん見下したりストーカー扱いする人種じゃないか。」


「女性でも貴方様の秘書の家人である愛華(まなか)はきちんと務めを果たしていると思いますが。」


「あれはまだ子供じゃないか。」


「それは当たり前でしょう。貴方もまだ子供なんだから。大人に見られたければさっさと緒荷神を見つけてください。」


 さっきから何の話をしているかって?緒荷神の話だ。

 この世界では人間には大きく分けて三種類いる。

 貴族、良民、賤民(せんみん)だ。一見すると身分制度のようだが、違う。

 この三種類の人間は「別種」と言うと言い過ぎだが、生物学でいう「亜種」ぐらいに別の種族の人間なのだ。


 あんまり説明を長くしても退屈なだけだからちょっとここでは貴族と言う種族についてだけ説明しようか。

 まず、貴族は神通力が使える。生まれつきの能力にも左右されるが、一般に修行すればするほどこの力は強くなる。

 そして貴族は病死や戦死、事故死にならな限り250歳以上の寿命を持つ。さらに死んだ後も子孫の前に姿を現すことができる。

 幽霊みたいに特定の人間にしか見えない奴じゃないぞ。この世界にも心霊現象はあるが――私は幽霊など見たことがないが――わざわざ化けて出てこなくとも「廟」と言う場所に行けば子孫だと誰でもその霊と会って話ができる。

 そういう世界に居るから、霊界の存在は広く知られている。それで霊界の存在を前提に様々な慣習もある。

 緒荷神もその一つだ。


 とは言っても緒荷神と言うのは霊界の神様の事じゃない。生身の人間の女性だ。

 同じ貴族階級の女性の誰かが、私の緒荷神だという。緒荷神というのはどういう存在か知らないが、特別な存在らしい。

 緒荷神ともし出会うと「あ、この人だ!」とわかるのだという。向こうも「私はこの人の緒荷神なのか」と気付くらしい。

 だけど魂の伴侶とかそういうのではないらしい。緒荷神に恋愛感情を抱くことはあり得ない、とされているのだとか。


「それで緒荷神が誰かはどうやったらわかるの?」


「会えばわかります。」


「だから、どうやったら会えるの?」


「占いで大体誰かを目星つけることも出来ますが、外れることもあります。」


 なんじゃそりゃ!当てにならないじゃん!


「もういい!早く結婚したいというとまたまた緒荷神の話、もううんざりだ!こっちは早く神通力を身に着けないといけないのに、もう!」


「実は龍壱様――」


 なんかおっさん、失礼峯が耳元で何かをささやいてきた。


「なんだと!緒荷神に逢えると神通力が使いやすくなるだと!?どうしてそれを早く言わない!」


「・・・・いえ、社会常識なのでもうご存知かと。」


「知らんぞ?貴族のこの私が知らないのに何が社会常識だ!」


「緒荷神は兄鳧(えけり)の神通力を霊的に支える力を持っています。その代わり、兄鳧は緒荷神である女性を一生守らなければなりません。」


 兄鳧とは緒荷神と対になる男性のことだ。


「そんなことならさっさと緒荷神に逢いたくなるじゃないか。」


「言っておきますが、神通力は緒荷神の近くにいるときだけ使いやすくなるだけです。日頃の修行は必要なのは言うまでもありません。」


「わかった、わかった、とりあえず緒荷神を探してくるわ。」


「お供します。」


「いやいや、相棒の一角獣(ユニコーン)と一緒に行って来るから。」


 一角獣は獰猛で飼い主にしか懐かない。また人間並みの知能があり、人間と対等な関係を築こうとするのであるが、彼らと会話をできるのは神通力によって人間以外の種族とも会話する術を身に着けた貴族だけである。

 そうそう、貴族には人間以外の動物の言葉を理解する能力があるのだ!もっとも一般の動物は人間とは全く違う感性を持っているので、せいぜい「痛い」とか「嬉しい」ぐらいの単純な感情しか通じないが、一角獣のような高等な霊獣だと色々な会話ができるようになる。

 地道な努力が嫌いな私も一角獣と友達になれることが嬉しくて神通力の勉強に励んでいたのだ。家人は一角獣の言葉がわからないから、怒ると獰猛な一角獣と一緒にするわけにはいかない。

 ついでに言っておくと、我々貴族は動物の気持ちがある程度わかるから肉を食べたりはしない。


「ちょっと待ってください!一角獣を連れて行くのは(まず)いです!」


「どうしてだ?」


「いや、あの・・・・。」


「よくわからんが、俺の相棒なんだ。じゃあ行って来るぞ。」


 そう言って私は靴を履いて中庭に出た。


「ロン君!時間あるか?」


「なんでしょう、ご主人様。」


 空から一角獣がやってきた。彼は私の親友の一角獣のロンだ。


「ちょっと緒荷神を探したいから私を背中に乗せて適当に空を飛んでくれ。」


「わかりました。・・・・もっとも、色々保証はしませんけどね。」


「え?ちょっと待ってくれ!暴れるのはやめてくれよ!一角獣と戦いたくはない!」


 一角獣は主君と見做した人間には従順なことが多いが、それでも機嫌を損ねるとその角で一刺し、という事件も過去にあったらしい。


「何を心配しているのですか?私が主君に逆らうような不届き物の一角獣に見えましたか?」


「あ、君の忠誠心を疑って済まない。」


「ええ、私は主君以外の人間だと殺すかもしれませんけれど、主君を殺したりはしませんよ?」


「・・・・とりあえず行こうか。」


「では背中にお乗りください。」


 不吉なフラグは無視だ。


 ちなみにどうして羽根もない翼もない一角獣が空を飛べるのか、と言うと神通力があるからだ。

 さすがは霊獣・ユニコーンである。


「それで私の緒荷神はどんな人なんだ?」


「貴族っぽい人を探せばよいわけですね。」


「そうだ。あ、あそこに貴族っぽい女性がいるぞ?」


「・・・・あの人はちょっと気に食いません。」


「ん?そうなのか?よくわからんが、君に任せるよ。」


「任せてください。――あ!」


「おい、どうした?」


「ちょっとあそこの神社の人、貴族っぽいですよ?」


「ほう、そうなのか?」


「ええ、行きましょう!行きましょう!」


「君が自分から人間に会いたがるって珍しいこともあるもんだ。」


 そう言いながらその神社に向かってみると拝殿に一人の女性が参拝していたのだが、その後姿が輝いて見えた。


「あの人・・・・。」


「ええ、きっと貴族ですよ。」


 いや、そう言う問題ではない!

 全身である予感がする。


 やっと出会えた、と。


 この人こそが緒荷神だ、と。


 私は地面にゆっくりと着陸した相棒の背中から降りて、参拝中の女性の後姿を見つめていた。

 暫くするとその女性は祈り終わったようだ。すると――


「そこのお姉様~!」


 いきなり相棒が女性の方に向かって走り出す。


「え?」


 驚いた顔で女性は振り向くが、ロンを見るなり笑顔になる。


「わぁ、ユニコーン!」


 そういうなり女性もロンの方に向かって駆け寄り思い切り抱きしめた。

 その女性の笑顔はあまりにも可愛くて――前言撤回。この人、緒荷神とちゃうわ。

 ちょっと一目ぼれしちゃったわ。緒荷神には恋愛感情は抱かないはずだよね?こんなに可愛い人が私の緒荷神の訳ないよね?


「それにしてもユニコーンが懐くって・・・・。」


 そう言いながら私は女性と相棒の方に近づく。


「ふふふ、私はユニコーンによく懐かれるんだぁ~。」


「そうなんですか・・・・。」


 見たところこの女性は私よりも一つか二つ年上のようだ。不思議なこともある。

 ユニコーンは女の子には懐くらしいが、私の秘書の愛華はまだ16歳だがロンには嫌われている。

 この女性は容姿は可愛いけど、身なりからして大人のはずだ。16歳の子でも懐かないユニコーンがどうして懐くのだろうか?

 いや、もしかしたらこの女性は大人びた中学生ぐらいの子なのかもしれない。


「すみません、失礼ですがお嬢さんって中学生ですか?」


「え?中学生・・・・?」


 一瞬、固まった。え?怒らせちゃった?マジ?プライドの高い貴族の女性(レディー)を怒らせると面倒なんだけど!

 と、思ったら違った。


「キャハハッハハハハハハッハハ、そう?私、中学生に見えるの?ありがとう!」


 爆笑しながら女性はこちらの方を向いてくる。


「私はもう23歳だよ~。」


「ええええええええええええええええええええ!?」


「うん?貴方は?」


「19歳だけど・・・・。せいぜい1歳ぐらい年上か、それとも年下かと思っていた・・・・。」


「アハハ、そう?私って若く見えるの?嬉しいわ~・・・って!貴方は!」


「え?」


 女性がなぜかいきなり「会いたかった~」という顔をした。


「はじめまして!私、貴方の緒荷神よ!そうよね?」


「あ、いえ、なんとなくそんな予感はしましたけど・・・・。」


「やっぱり!?緒荷神と兄鳧(えけり)は初対面でお互いがわかるって、本当だったのね!」


「・・・・はい。」


 嬉しいはずの緒荷神との出会いは、哀しい失恋と同時にやってきた。








 女性の名前は鮎奈(あゆな)と言った。これから鮎奈さんと私は一生、緒荷神と兄鳧として仲良く過ごした。

 ところで、家に帰って父親に「鮎奈さんにはロンが懐いたのに愛華には懐かないのだけど、なんでなんだろう?」と言うと愛華が数日間謹慎処分になったけど、それはまた別の話。

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