フロックス③
フロックス視点の回です。
城の中庭には刈り込まれた樹木。
季節の花々が咲き乱れる花壇。
少し離れた場所には小さな噴水が見える。
咲き乱れる花々を見て彼女を思い出しいつまでも見ていられる気がする。
彼女はまだ城の中。
真面目な彼女の事だから護衛隊隊長に一生懸命狼の話をしている事だろう。
急に男女の声が聞こえた。
男の楽しそうに笑う声が聞こえる。
貴族の恋人たちが中庭に出て来たのか。
貴族に見つかると面倒だ離れようと思った時。
「私、異世界に来て着々と太っているんですから」
聞き覚えのある鈴のような声が聞こえた。
信じたくないが、彼女が男に抱かれていた。
自分以外の男が彼女を楽しそうに抱き上げているのを見て血が逆上した。
「カスミ様!!カスミ様に触るな!!」
彼女を取り返そうと闇雲に突っ込んでしまった。
男が彼女を抱えたまま消えた。
彼女が自分に伸ばした手を掴む事が出来なかった。
直ぐに『探索』で彼女の気配を探すが、城内では魔法が使えないことを思い出し焦って城門へ走った。
城門から出て『探索』で彼女の気配を探す。
掴めない、何故だ?。
「勇者ったら、『幕』で隠れたみたいね。」
金の巻き毛のエルフが声を掛けて来た。
「お前、カスミとかいう娘の奴隷なの?」
エルフが自分を蔑視した。
このエルフからしたらハーフエルフの自分に話しかけるのは恥辱な行為なのだ。
「はい。自分はカスミ様に仕える奴隷でございます。」
時間が惜しい。
が、このエルフの振舞からして高位の貴族だろう。
無下にして後でカスミ様に何かあってはいけない。
いつのまにかオレンジの髪の獣人騎士、プラチナブロンドのドワーフ戦士がいた。
「どうやって見つけるカレン?」
「・・あの娘の奴隷を使うわ。
奴隷は隷属契約で主の身の危機を感じるようになっているけれど、勇者の力が強すぎて感知力が遮断されているようね。
感知能力を上げるから跪きなさい。」
エルフの前に跪く。
「少し痛いけれど、お前の主のため耐えなさい。」
エルフが詠唱し指を自分の首後ろにある隷属印へ当てた。
「ぐっ!!」
激痛が頭に走ってきた瞬間、彼女と勇者がいるであろう場所、街道が脳裏に浮かんだ。
彼女が泣いている。
反射的に移動の詠唱をして跳んでいた。
「チッ!一人で行くんじゃないわよ。間抜け!」
エルフが怒りながら仲間と自分を追いかけて来る。
彼女が泣いている!
彼女の前で跪く男。
彼女に何をしてるんだ!
自分の持つ最高位の攻撃魔法を男へ放った。
彼女を後ろから抱きしめ、涙を拭う。
腕の中に彼女を取り戻せたと安堵したが、男が氷を割りながら立ち上がった。
自分に倒せる相手でないのが分かる。
彼女を背に隠し彼女と逃げる策を考えた。
彼女には2度と触れさせたくない。
男は男の仲間に囲まれヘラヘラ笑い出した。
場の緊張が解け、男は勇者だと知った。
彼女は目が腫れ酷く疲れた顔をしている。
早く帰宅して休ませたい。
彼女に帰宅を促し場を去ろうとした時に勇者が言った。
「あーーー!待って。カスミちゃん。
狼狩り片付いたら僕と結婚だからね!。
僕と結婚する約束、忘れちゃ駄目だよ。」
一瞬の沈黙の後、激しい爆音と共に
「死ね!この好色漢!」
「・・・するわけないでしょ!!」
彼女は大声で叫んだ後、気を失って倒れた。
勇者に仲間の女性たちが攻撃をかけた隙にその場から彼女を抱いて逃げた。
勇者のセリフを聞いて全身の血が逆上したが、彼女の身を守ることが1番大事だから。
▽▽▽
ヒャクニ宿に着いたのは夕暮れ時で気絶している彼女を見てヒャクニ夫妻が激怒した。
城で何があったと問い詰められたが、城から勇者に攫われ彼女が泣いていた状況を話した。
スカビオサ殿は勇者は女好きという噂を知っていて、彼女に手を出そうとしたのかと腹を立て、ジニア婦人は彼女の身を心配し泣いた。
自分は彼女に『記憶喪失』をかけたいとヒャクニ夫妻に言った。
神官時代に貴族や信者が悲しみや苦しみを忘れて生きていく為にかけていた魔術。
自分は『記憶喪失』が得意で心配はないから、彼女の心労を忘れさせたいと。
スカビオサ夫妻は少し考えたが自分に彼女を任せると言ってくれた。
彼女を寝室に運びベッドに寝かせて、ジニア婦人に彼女の支度を解いてもらった。
彼女の額に指を滑らせ『記憶喪失』をかける。
勇者に会った記憶が奥へ追いやられ、彼女の顔色が良くなり夫妻が安心して宿の仕事に戻った。
部屋に彼女と二人きりとなった。
彼女の上半身を起こし彼女を抱きしめた。
彼女の規則正しい呼吸と心音に安堵しするとともに彼女が勇者に攫われた時の恐怖を思った。
彼女の唇が乾いていた。
傍のコップの水を一口、自分の口に含み彼女の口に移す。
コクっと彼女ののどが鳴った。
もう一口、水を含み彼女の口に移した。
彼女の華奢な体を両腕で大事に抱え抱きしめる。
勇者になど絶対にやるものか。
どんな手を使ってでも自分は彼女を手放さない。
どんな手を使ってでも・・・。
どれくらい時が経ったかわからなかったがジニア婦人に階下から、食事に来るよう声を掛けられ、彼女の体を惜しみながらベッドへ寝かせて部屋を出た。
▽▽▽
勇者への対策を考えるも良い案は浮かばず、7日過ぎた。
勇者から彼女への迎えが来た。
対策は何も浮かばなかったがせめて彼女の近くに居たくて、強引に彼女に同行させてもらった。
中庭で彼女を待つ。
どうか出来るだけ早く自分の元に帰ってきて欲しい。
城の中に消えて行く彼女に祈った。
▽▽▽
彼女の姿が見えなくなってもずっと城中を見つめていると、勇者の仲間のエルフが正装した姿で従者を連れて、自分の方へ歩いて来た。
右手を胸に当て頭を下げる。
エルフは従者を下がらせ、自分を見ているようだ。
身分のある者から声を掛けてもらわなければ声を発せられない。
自分はずっと礼をしたまま待った。
「一応、礼儀はあるようね。顔を上げなさい。」
顔を上げた。
「・・・あの娘の所へ連れて行ってあげるわ。」
「ありがたいお言葉ですが、自分の身分では・・・。」
「私が招待します。
身分といえば、お前あの娘を勇者の嫁にしたい?」
心で叫ぶ。
彼女は自分のものだ。
たとえ勇者でも神でも渡す気はない。
しかし正直に口には出せない。
目の前の身分の高いエルフが何を考え自分に聞くのか真意がわからない。
エルフは手に持つ尺で口を隠し、上から見下ろすように言う。
「あの娘、勇者と結婚すれば勇者の嫁として国から爵位が貰えるわね。
そうなれば、あなたの奴隷として身分も今の一般人の奴隷ではなく侯爵の奴隷になるわ。
暮らしも今よりも裕福になる。」
彼女といるだけで幸福なのに爵位など興味が持てない。
自分は首を横に振り
「今のままで十分です。」
と答えた。
エルフは自分の表情を見て満足したようで、
「そう、わかったわ。付いて来て。」
と、彼女のいる部屋まで自分を一度も振り向かず歩いた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
心の広い貴女が優しくされますように!!
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頑張って完結まで行きたいと思っています。
よろしくお願いします。