1話:無知の恐怖
いい感じにカオスになった・・・かな?
とある城で赤子の産声が響く、その声の持ち主はその時に産まれい出たいや、顕現したのだ。
彼女は普通の境遇ではない。
──彼女は、魔王の子である。──
「おぉ、おお! 産まれたか!」
「ええ、元気な女の子ですよ」
この城の城主にして、魔王のクロウセンス・デ・ファルメイルは待ちわびていた。
息子はもう居たのだが娘も欲しかった。理想は一姫二太郎である。
「エレナ、ご苦労だったな」
「ええ、アナタ…」
妻であるエレナは疲れているのだろう、クロウセンスが知っている姿よりぐったりしている。
「しっかりと休んでくれ、この娘もきっとその方が喜ぶ」
「ありがとう、それで名前は決まったの?」
「あぁ、名前は、ティナだ」
「ティナ…ティナ・ド・ファルメイル…」
「いい名前ね」と優しく囁くと廊下から足音が木霊する。
「お父様!、産まれたんですか!?」
「そうだ、これでお前も兄だな」
まだ年幾ばくかも経っていない少年が重厚な扉をこじ開けて入って来た。
「名前はティナだ」
「ティナ、俺達の妹」
「おめでとう。ライフォード」
ライフォードがティナの顔を伺っている頃、もう一人部屋に入って来る。
「ライフォード。廊下を走るな。怪我でもしたらどうする」
「ヘインズ兄さん産まれたよ、俺達の妹だ」
「良かった。無事に産まれたんだな」
息子二人が娘の顔を覗くと泣き出す。
「おっと、びっくりさせてしまったか」
クロウセンスはあやしながら息子二人にこう告げる。顔は父親として慈愛に満ちている。
「私達の娘だからな、きっと危なっかしいだろう」
「そうね、きっとそうでしょう」
「だからその時は、お前達がこの娘を守れ」
息子二人が勢い良く首を縦に振る。その勢いに父親としての喜びを得たクロウセンスは破顔した。母のエレナも頼れる息子達に安心感を得て、クロウセンスと似た笑を浮かべている。
こうして見ると普通の親子だが─
─魔王一家である。
────────────────────────
「お嬢様、座学の時間ですよ」
「嫌よ、私座学嫌い」
ドレスを身に纏った少女とその教育係でだろうメイドが中庭で言い争いを繰り広げている。
だが特別なイベントではない。ほぼ毎日の様にこの小競り合いは起こる。
「何故です?、お嬢様は成績が優秀でいらっしゃるはずですが」
「そんな事は関係ないの、出来る出来ないの問題ではなくて、やりたくないの」
「ですが…」
「嫌なものは嫌なのぉ!」
やはり今日も只では折れてくれない。
「ティナ、シャルを困らせてはいけないよ」
「ヘインズ兄様! でも座学なんて必要ないわ」
手を拱いていると、長男のヘインズが助け舟を出してくれた。
と思ったのだが─
「分かる、分かるぜティナ。俺も座学なんて大嫌いだからな」
「ライフォード兄様! そうよね、座学は嫌よね。」
次男であるライフォードが、お嬢様の方に助けを出してしまった。彼も座学に関しては問題児であった。
「ライフォード、お前少しティナに甘すぎはしないか? そうやって甘やかすからティナだって座学を放り出そうとするんだ」
「兄さん、でもよぉ。嫌なことを無理にやらせるのもよくないと思うぜ?」
「だからそれが甘いんだ、ティナを思うなら一般的な教育は受けさせるべきなんだよ。それにお前は別段成績が良くないんだからそんな事が言えるんじゃないのか?」
グサッとと痛いところを突かれたライフォードは言葉に詰まる。事実胸を抑えて呻いているのだからライフォードの精神的ダメージはおして測れるだろう。
「ヘインズ兄様。わかったわ、わかったから、それ以上ライフォード兄様を責めないであげて」
「そうだね、少し言い過ぎたかもしれないな。すまないライフォード」
これが毎回の恒例行事になっている。
◇◆◇
私は結局座学を受けてしまっている。
ライフォード兄様にあれ以上迷惑は掛けられないし、怒っているヘインズ兄様は見たくないから。
「であるからして、魔王、人間、神の三竦みが──」
けれど、本当に暇である。
こんな物は、簡単なつまらないお遊びだ。答えが決まっているクイズでしかない。本を読んでいた方が余っ程有意義に思えてくる程に私は暇なのである。
ティナはゆっくり微睡に浸ってゆく。
『月見! 月見!』
「千代、さん?」
バッと態勢を起こす。夢だったようだ。
「お嬢様〜」
教育係のシャルが青筋を立てている。
「居眠りは厳禁だと何度言えば分かってもらえるんですか!?」
「ごめん、シャルでも」
「でもでは御座いません。お嬢様はいつもいつも───」
こうなったシャルは長い、反省の顔だけして嵐が過ぎ去るのを待とう。
それより月見? 誰だろうか…でも私を呼んでいたような気がする。
─私(俺)は誰?
ひたすらに自問自答を繰り返し、様々な記憶が振り返られる。蓋を開ければ滂沱の如く記憶の波が押し寄せてきた。
(知らない、私こんな記憶知らないよ)
「お嬢様大丈夫ですか? 顔色が優れない様子。本当は体調が悪いのでは…」
どうやら顔に出ていたようである。シャルが覗き込む形で問いかけている。体調が悪く見える私に説教をしていたかも知れないという不安が押し寄せて来ているのだろう。目尻が下がっている。
「大丈夫だ、です…」
「もう座学も終わりの時間ですし、横になられてはいかがでしょう」
「そう…ね。そうさせてもらうわ」
自分の声に抑揚が無くなった気がしたが、気の所為だろうと自分の部屋に戻ろうとする。
「ティナ。シャルから聞いた、体調が悪いんだって?」
「ヘインズ兄様…大丈夫よ。これくらい休めば直ぐに良くなるもの」
「ティナは変な所で頑固だから不安なんだよ」
「そんな事は、無いとは言えないけれど」
過去に風邪を引いていたのを我慢して悪化させた前科を持っている私は真っ向から否定が出来ない。
「部屋まで送って行くよ。倒れたら目も当てられないからね」
「ヘインズ兄様は時々、意地悪だわ」
「ハハ、知ってるよ」
他愛ない談笑をしながら部屋まで送って貰った。
ヘインズ兄様がさりげなく私の手を持っていてくれたおかげでふらつく事無く部屋まで来れた。
「じゃあ苦しかったら遠慮なく言うんだよ?」
「分かってます。もう、兄様方は時々お父様たちより過保護です」
「家族の中では誰よりもティナを大事に思っているつもりさ」
言うことは言ったとばかりに笑顔のヘインズ兄様。最後までニコニコとしていました。
「この記憶、死の記憶。俺は死んだ? でも私は生きている」
さっきの自問自答を繰り返し試行する。
何度も吟味されたそれは、更なる記憶を呼び起こし、一つの存在を構成してゆく。
「俺は月見優守。死んだ筈の存在…」
思い出した、思い出してしまった。
姿見を見ると巻角が前に包み込むように生え、ピンクの髪は綺麗に手入れされているのか絹のようにサラサラしている。大きなリボンは少女らしさを強く演出させていた。
服は黒とピンクのドレスで、ゴスロリに近いかもしれない。目は金に輝き瞳が細くこちらを覗いている。
「面影もあったものじゃない」
なんてベタな異世界転生だろう。物語に書き起すならばそう誰もが思うだろう。
だが当の本人は実の所…
「俺可愛くね? 美少女やんけ」
喜んで状況を受け入れている。
女物の服ならば姉に着せられていたし、二種類の味があるならばどちらも楽しみたい性格なのでそれほど強いショックもない、が。
「魔王の娘はどうなんだろうか?」
気付いたら人間辞めていたとかは幾ら何でも許容範囲外だ。俺でなければ絶叫している。
「とりま、お父様には打ち明けておくか」
疑問が解消されたことで体調は良くなった。
だがしかし、ここで大きな試練が待ち受けていた。
「ベットがフカフカ過ぎて、出る気がしねぇ…」
ベットはいつもメイドたちが手入れしているのでとても気持ちがいい。なのでこんな気持ちを起こさせるのは普通の事。俺に罪は無いのです。
「一眠りしても罰は当たらないよな」
このダメ人間と思った君。
─その通りだよ。
次回こそは反抗期してみせる。