プロローグ
勢いだった、後悔はしてない
俺は月見優守、社会人をしている。
歳は23、所謂アレだ、新入社員ってやつだ。
仕事は主にデスクワークなんだが…
「飽きたわ…」
まぁ、暇ではない、寧ろ逆でクソ忙しい。
終わらない仕事、無能な上司、飽きた仕事、無能な上司、仕事の疲労、無能な上司、と言う良い職場だ。
「聞こえているんだよ月見、減給されたいのか?」
「勘弁してくださいよ。言ってみただけですって」
「分かってるさ。だが私だから良かったものの、部長にでも聞こえていたら大目玉だったぞ?」
目の前に居る女性は有能な方の上司だ。
冗談が分かるし、飯は奢ってくれるし、無能な上司のしわ寄せをカバー出来るほどには仕事も出来る。
「まぁ良い、それより飯行くぞ」
「今回も、もちろん?」
「トコトンに図々しいやつだなお前は…」
「まあいい、奢ってやるよ」と言ってくれたのでホワイトボードの月見の名前に外回りのマグネットを付け、ルンルン気分でオフィスを出る。
「毎度毎度奢って貰っちゃって申しわけないですねぇ」
「よく言う、少しも思ってないクセに」
「でも感謝はしてますから、ありがとうございます」
軽い冗談を交わしながら会社に戻る。
その途中、なんか後ろが騒がしい、何気なく振り返って見ると…
なんか半狂乱の中年男性が刃物を持って突っ込んでくる。その後ろには苦悶の表情を浮かべる人たちがいた…
(何だ、撮影かなにかか?)
だが男性のあれが演技だとしたら相当だと思う。それに撮影だとしたら自分達に突っ込んでくる筈がない。
そんな非日常が迫ってくる。
その狂気と凶器の切っ先には、呆然と佇む女上司。
一瞬で優守の思考はフル回転する、これは危険だと警報がなりつつも身構える。
女上司の前に出て中腰で構えを取る。
「月見?」
「大丈夫ッスよ、俺これでも色んな格闘技、齧ってきてるんで」
突き出される刃物を避け、腕を掴み、脚を払い、思いっきり─
─投げる!
「ホイさ!」
男は綺麗な弧を描きながら地面とキスをする。僅かに呻き声をあげたがそんな事より帰りたい。
「じゃあもう帰りましょうか」
「あ、ああそうだな。」
そう言って帰路に着こうとするが、背中から腰にかけて衝撃が走る。まるで電流が流れた様に痺れ、火で炙られた様にジワリとくる痛さだ。
「あがッ──」
暑い、熱い、アツい!
「月見!?」
視界が反転する、踏ん張ろうと力を入れようとするが力が入らない。
「へへ、ざまあみろ」
目だけスライドさせると男が既に走り出していた。
「月見、血が…待ってろ今止血をする!」
頑張っている彼女を見て、能天気にこう思う。
「こんなにも綺麗だったんですね…千代さん」
「こんな時にまで、そんな事を…」
おっと、声に出ていたかぁ、恥ずかしいな。
「血が止まらない、止まらないよ」
「じゃあもう、死ぬんですかね。自分」
千代さんが小さな声で励ましてくれるけど、小さ過ぎて聞こえなくなってきた。大きな声で言ってくれないと分かんないよ。
「もういいよ…」
「そんな事言うな。諦めないでくれ」
「──だって、千代さんメイク崩れてますよ」
彼女の化粧は涙で落ち始めている。
「早く直さないと──あっ、なんか眠い」
「お前、お姉さんが居るんだろ!? こんな事で悲しませるものじゃない!」
そう、俺には唯一の肉親であり、親代わりの姉がいる。でももう旦那さんがいるし、お腹には赤ちゃんがいるって聞いてるから。
「きっと、大丈夫ッスよ。なん、とかなる…」
何か引っ張られてるみたいだな。もうお別れの時間なのかもしれない。運が良ければ病室の天井が拝めるかもれないけど。
「じゃあ、もう、逝くン…で、好きでしたよ。千代さん…」
遠のく意識、次生まれ変わるなら血が少し出ても死なない女でもいいかもしれない。冗談だけど。
最後に「馬鹿者が…」といつものやり取りが出来たのを確認して、俺は意識を手放す。
次回からが本番