愛
愛
少女と過去論
人は誰でも過去に少女を持っている
善い少女ではなく悪い少女だそのために現世で七転八倒する
そのためにノイローゼになる
少女は悪魔だ
優しさを持っていない
人の心を平気で傷つける
従って
魂に傷を持って生まれてくるのだ
気づいたときには
もう遅い
安岡憙弘
人を愛さないと人は一体どうなるのか。私はそのように考えた。人はいつだって決まって人を愛そうとして挫折し人はいつだって決まって人を愛するのが嫌になる。
上に書いたのは私である。私はいつだって決まって人は自分勝手で残酷だと考えたのだった。人は自分の罪の意識に翻弄されて生きる。私はいつだって決まって罪の意識にほんろうされてきた。人は罪がおそろしくてならない。人は何かこわいことが自分の身に振りかかるのではないかとおそろしくてならない。私はいつだってバカなことを考えては自分で自分の首を締める。私はいつだって神や仏にふり回される。私はもうそんな生き方は凝りごりだ。私は太宰が人間失格の主人公に言わせたように風や無や空になりたい。
明子にはボーイフレンドというものがいたことがない。明子はいつだってボーイフレンドにあまり興味がなかった。だから明子はいつだって犬のポチや文鳥のタキやハムスターの友次郎が唯一の友達だった。明子は今日の風は少し湿っぽいとか今日は春の息吹が混じってるなとかそういうことの分かる女の子だった。明子はいつだって他の男の子や女の子といるよりは独りで遊んでいる方が優しい気持ちになれた。明子はいつだって男の子に対して恋愛感情を持ったことがなかった。
「明子、お前はどうして男が嫌いなんだよ。オレと付き合ってくれたっていいだろ。お前はそんなことをしていれば絶対に嫁に行き遅れるぞ。お前のことを思って言ってやってるんだぞ。お前も一度人を好きになってみろ。人を好きになるのが人間ってもんだ。人間は男と女としかいない。お前がもし男を好きになれないなら世の中に好きになるものなんて一つもないんだ。わかるか、明子。人を好きになって初めて人間になれるんだ。わかるか。人が嫌いな人間なんて人間とは言えない。わかるよな。明子。だからオレと付き合ってくれ。」
明子は明子はいつもこのような脅し文句に近い口説かれ方をもう幾度も経験して来た。
明子は増々(ますます)男というものが嫌になってきた。
明子は今日もデパートの受付嬢の仕事を終えていつものローカル線に乗り幼稚園の前のフェンスの前を急ぎ足で歩いた。園児らの大はしゃぎの歓声がいつもの様に明子のBGMとなっていた。明子は幼稚園を通って散髪屋の前に立っている赤と青と白の円筒形のネオンっぽいものの前で疲れを休める為に立ち止まってハンドバッグからピンク色のレースのハンカチを出して額の汗を拭った。
ここの散髪屋は男性客しか扱っていないので明子は客として中に入ったことはなかった。しかし男性用の床屋というのは中は一体どうなっているのだろうと明子はこの時汗を拭きながらふと思った。
散髪屋というのは明子のいつも行く美容室とは違ってカミソリを使えると聞く。カミソリは少しおそろしい気もするが明子はプロならきっと上手にヒゲを剃ってくれるにちがいないと思った。
明子が更に家路を歩いていると向こうの方に大きな一台のトラックが駐車しているのが点滅灯によってわかった。どうやら引っ越し業者のトラックが家財道具を運んでいるものらしかった。明子はトラックが動き出すまで待っていようと思ってしばらく業者が出し入れするのを見ていた。すると門から子供が一人走り出て来て明子の後ろにまるでこわい母から逃げるようにスカートを握り閉めて隠れた。
明子はじっとして事の成り行きを少し待った。しかし母親らしい人物はいくら待っても家から出て来る様子はなかった。明子はこの子供は一体何故自分に甘えているのかと思った。しかし子どもはまたパッと明子から手を離して家の中に駆け込んでしまった。明子はなんだったのかという思いに駆られて引っ越し業者の車を追い越し先を急いだ。明子は何か煮え切らない気持ちを抱えていた。愛とは一体何であるのか明子にはよくわからなかった。




