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凛の想い

 その夜、毎日の凛とのスカイプ(こっちでは夜11時からの30分)の時間を前にして、俺は悩んでいた。あの話題を持ち出せば、確実に凛を責めることになるだろう。もちろんそんなことはしたくないけど、でも凛の口から事実を知りたい…。

そうこうしているうちに、パソコン画面がぱっと光る。

クリックすると、画面にパジャマ姿の凛が映し出された。愛らしい笑顔で手を振っている。日本ではまだ朝の6時頃だから、たまに眠そうにしていることもあるが、今日は大丈夫そうだ。

「おはよう、凛」

『大斗さんはお疲れ様!今日はどんな1日だった?』

専務に会ったことぐらいなら、おそらく大丈夫だろう。隠す必要もないし。

そう思って、なんでもないことのように切り出した。

「それが、今日オフィスに行ったらさ、専務がいたんだよ。急に来るからびっくりした」

俺の言葉を受けたとたん、凛の顔がこわばる。そんなに、後ろめたいことをしたのか…?

黙って凛の出方を伺っていると、彼女は泣きそうな顔になり、突如顔の前で手を合わせた。

『ごめんなさい!あのっ、わたし…、大斗さんに内緒にしてたことがあって。…あのね、1週間ぐらい前に専務と2人で出かけたことがあるの…。ちょうど家に1人でいて、寂しいなって思ってるときで…。それで、大斗さんのドイツでの話を聞かせてくれるって言われて、つい釣られた。でも、専務と一緒にいても大斗さんのことばっかり考えてて…、専務にも悪いことしちゃったよね。気をつけろって言われてたのに、本当にごめんなさい…』

「凛は何も謝る必要なんてないよ。そんなに謝らないで。寂しい思いをさせてるのは、俺のせいなんだから」

凛の大きな瞳から、涙がこぼれそうになった。すぐに手を伸ばして、拭ってあげたい衝動に駆られる。

いつもスカイプで話すときはすごく元気だから、こんなに寂しがってるなんて思いもしなかった。俺の見えないところで、相当無理していたのかもしれない。

『寂しいよ…っ、すごく、寂しい…。私もドイツに行っちゃおうかなあ…』

凛の言葉にピンとくるものがあった。7月から9月の間に、本社では全員が1週間の夏季休暇を申請できるのだ。

「そうだよ、おいでよ!もう7月なんだし、早めに夏季休暇取ってさ。俺、凛を連れて行ってあげたい場所とかお店とか、こっちでいっぱい見つけたんだよ」

『でも…、1人で帰ってきたとき、余計に寂しくならないかな』

凛が珍しく弱気なことを言っている。

彼女をこんな風にさせるほど、物理的距離という敵は手強いやつなのだと改めて思った。

「そんな風に考えるなんて、凛らしくないよ。こっちで一緒にゆっくり過ごして、リフレッシュするんだって思えばいいじゃん。そしたら、次に会えるときを楽しみに頑張れるだろ?」

『…うん…、そうだね。じゃあ、なるべく早めにとれるよう申請してくる』

「うん。楽しみにしてるよ。空港まで迎えに行くからね」

 考えてみれば、同じ『離れる』にしても、俺と凛の立場では全く意味合いが違う。

俺のほうは新しい世界に飛び込んで、休む間もないくらいたくさん刺激を受けているけど、凛にとっては、いつもの日常から俺だけがいなくなった状態なんだよな…。

同じ部屋、同じ電車、同じ会社。でも、俺だけがいない。それで寂しいと思わないほうがおかしい。やっぱり凛は、最初から寂しかったのかもしれない。それでも自分の感情を押し込めて、俺の背中を押してくれた。そんな凛を思うと、とてつもなく愛おしかった。

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