舞い降りたチャンス
「えっ…、しかし、あのプロジェクトはもうメンバーも発表されましたし、今は企画部で抱えている大きな案件もあります」
S社とのプロジェクトは、グループ全社をあげての大プロジェクト。メンバーは社内公募がかかったが、倍率がとにかく凄かったとの噂だ。俺の同期も何人か手を挙げ、面談を受けたはずだが、通ったという話は聞かない。
「ええ。あなたも知っての通り、プロジェクトはすでに動き始めていますが、メンバー構成に少し問題がありました。経験値は高いものの、比較的年齢層の高い社員で固まってしまったため、弊害が多いのです。そこで、若くてやり手のあなたにもぜひ手伝ってほしい。企画部で推進中のものに関しては、1・2課合同で行うよう取り計らいます」
どうして、そこまでして俺を?
大きなプロジェクトに携われるのはもちろん嬉しいけど、そこが引っかかる。
「そのプロジェクトの間、あなたにはドイツ支社に行って、現地スタッフとして働いてほしいのです」
「え!?それは、どのくらいの期間でしょうか?」
「それが、今回の件はわが社も初めての試みですので、正確な予測はできません。ですが、計画通りに進めば最短で2か月、長くて…1年」
1年!?
1年も離れて、大丈夫なんだろうか。企画部に席がなくなったりしないかな…。
それに、凛のことも心配だ。結婚したばかりなのに、1人で置いていくなんて。
「…少し、考えさせてください。家族と相談したいこともありますし」
「ここで決断してください。そうでないと、すぐ別の人に話が移りますよ」
「えっ…」
今回の海外プロジェクトには、業界中の注目が集まっている。凛ともその話で盛り上がったことがあるくらいだ。責任も重い仕事だけど、でもその分、今までの仕事とは比べ物にならないくらいにやりがいもスケールも大きいだろう。
それに、そこで成果を上げれば間違いなく昇進につながる。
「…電話を1本、かけさせてください」
「まあ、そのくらいならいいでしょう。手短にお願いしますよ」
専務が頷くのを確認して、ジャケットのポケットからすぐスマホを取り出す。掛ける先はもちろん、凛だ。
幸い、凛はすぐに出てくれた。
『はい、もしもし。どうしたの?』
「うん、ちょっと相談したいことがあって。突然なんだけど、実は海外プロジェクトのメンバーに加わらないかって話があって…」
『えー!すごい!いいなあ』
やっぱり凛も仕事をしているから、大きな仕事というのには憧れがあるのだろう。
『それで、何を悩んでるの?たしか大斗さん、ドイツ語も話せるんだったよね』
「うん、だいたいはね。実は、参加するとしたら現地スタッフになるんだ。短くて2か月、長くて…1年は向こうにいることになるって」
『あ、そうなんだー。せっかくなんだし、行っておいでよ。こんなチャンス、もう二度とないかもしれないよ?』
意外にあっさりしている。もっと寂しがってくれると思ったんだけどな…。
少し悲しい。
「…そうなんだよね。でも、もし1年いるとしたら、いろいろ心配だなって」
『そんな弱気になるなんて、大斗さんらしくないよ?それに、成果を上げればきっと昇進につながるだろうし!うちのことだって、何も心配しなくていいからね。なかなか帰って来ないからって、離婚届置いて出て行ったりなんてしないし』
茶化したような言い方なのに、俺が心配してることを的確に突いていて驚く。
ずっと一緒にいると、やっぱり考え方が似てくるんだろうか。
「…ほんとに?」
『うん!毎日でも電話しようよ。国際電話だから、通話料高そうだけど』
「約束だよ?普通の電話じゃなくて、スカイプでね」
『ふふっ。うん、約束』
「ありがとう。凛のおかげで決心ついたよ」
また夜にね、と言って電話を切る。
スマホをポケットにしまって、常務と専務のほうへ向きなおった。
「奥様ですか?ずいぶん仲が良さそうですね」
電話の内容を聞いていたのか、専務がにこにこして話しかけてくる。爽やかだけど、どことなく嫌味のある笑みだ。
「妻も応援してくれるようなので、ぜひ参加させていただきたいと思います」
「そうですか、それはよかった。現地での健闘を祈りますよ」
「はい。尽力します」
何か裏がある。初めから疑っていたけれど、それが確信に変わった。
この人がどういうつもりで、俺をドイツに飛ばしたのかはわからない。それでも俺はただ、大きな仕事に胸が高鳴るのを感じていた。




