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番外編~それから・前編~

 「あっ、朔!走っちゃだめっ」

母親の注意も聞かず、1人の小さな男の子が空港内を走る。可愛い足を一生懸命動かして、ある男性のところに向かってまっしぐらだ。

「朔~!」

「おとうさんっ」

その男性は男の子をひょいっと抱き上げて、嬉しそうに笑う。

そしてその後ろから追いかけてきた女性の姿を見つけて、笑みをより深くした。

「もうー!朔ってば、お父さん見つけたらすぐ走って行っちゃうんだから」

女性は唇を突きだして不機嫌そうにしながらも、抱き上げられている男の子の頭を優しく撫でた。

「ごめんなさーい…」

そんなやりとりを見ながら、男性はもう片方の手を女性の肩に回す。

「まあまあ。無事に着けてよかったよ。みんな楽しみに待ってるし、早く行こう。2人に会いたがってるよ」

「うん!おみやげいーっぱい買ってきちゃった」

「ああ、それでこんな大荷物なんだね…」

男性は女性の手からスーツケースと手荷物をとり、2人を促して歩き始めた。


 「おかえりなさい!凛さん!朔ちゃん!!」

母さんは家の門前で俺たちを待っていて、満面の笑みで凛と朔を迎えてくれる。1週間前、俺が一足先に帰ってきたときでも、こんなに歓迎してくれなかったのに。

「さあ、早く入って!お料理たくさん用意したの。皿池さんも中でお待ちよ」

「すいません、お義母さんに気を遣わせてしまって」

「何言ってるの、私が言い出したことじゃない。今日あなたたちに会えるのを、どれほど待ち望んでいたか」

そうか、息子よりも嫁と孫が大事なのかー。ま、嬉しいけどね。

 家のリビングに入ると、お義母さんお義父さんと、うちの父さんが迎えてくれた。朔が嬉しそうに走っていく。

「おじいちゃんおばあちゃん!」

「朔ちゃーん!久しぶりっ」

「よく来たね、朔ちゃん」

朔はおじいちゃんおばあちゃんたちに大人気。日本に帰ってくるといろいろ買ってくれるから、帰国するときにはいつも荷物がパンパンだ。

 俺と凛がドイツに渡って5年。新しい生活や仕事にもすっかり慣れ、第二の故郷とすら思うくらいに愛着を持っている。そんな俺たち夫婦は3年前、初めての子どもに恵まれ、すでに第2子も凛のお腹に宿っていたりする。今回は2人で休暇をとって、およそ1年ぶりの帰国だ。

「凛、体調は大丈夫?先月電話した時はずいぶん悪そうだったけど」

お義母さんと凛はよく電話で話している。凛が海外へ行くと聞いたとき、お義母さんはものすごく心配してたから、電話でちゃんと声を聞かないと不安なんだろう。ましてや、妊娠しているとなればなおのこと。

「うん。安定期に入ったし、すっかり元気だよ。食欲すごくて困ってるぐらいなんだから」

「それならよかった!体がしんどいときは無理しちゃだめだからね。近づいてきたら、日本に帰ってくるといいよ」

「そうだね。また考えとく」

朔が口の周りをべちょべちょにしながらハンバーグを食べるのを見て、凛が慌ててティッシュを手に取る。こういう光景って、すごくいいなあ。

凛は、日本で朔を出産した。でもそれは図ったわけではなくて、偶然。まだ予定日は1か月以上も先だから大丈夫だろう、と2人で帰国したとき、陣痛が始まったのだ。

無事に生まれてドイツに戻ったあと、向こうで通ってた病院の先生に朔を見せたら、当然のことながらすごく驚いてたっけ。

「2人とも、まだ帰国の目処はたたないのか?」

無口な父さんが、珍しく口を開いた。さっと注目が集まり、父さんは少し恥ずかしそうにワインをちびちびと飲んでいる。

「うんー。支社でもだんだん認められてきて、実は来年度昇進するかもしれないんだ。凛も部署を異動になるし、とりあえず近年中に戻ることはないと思う」

「それじゃあ、朔ちゃんは向こうの学校に?」

「そうなるかな。近くに日本人家族も住んでるし、朔はむこうに友達いっぱいいるから、無理に帰国するよりその方がいいんじゃないかなーって凛と話してたんだ」

隣に座る凛に目配せすると、凛も頷き返してくれた。彼女の膝の上の朔は、ジュースの入ったグラスを手にニコニコとしている。朔はお母さん子だ。

少し残念そうな顔をするお義母さんの背中を、お義父さんが優しく撫でている。やっぱり、孫の成長を近くで見守りたいと思ってくれているのだろう。

「お母さん。この先、ずっと向こうにいるっていうわけでもないんだし、そんなに落ち込まないで。またお休みとって帰って来るよ。あ、お母さんも向こうに遊びにおいでよ!」

凛がお義母さんを元気づけようと明るく話しかけながら、ワインの入ったグラスを手渡した。

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