ライバルは永遠に
「凛先輩、行かないでください…」
後輩の神崎さんが、大きな目をうさぎのように赤くして、花束の上から私を見る。
今日は私の本社勤務最後の日だ。
「…ごめんね。もう決めちゃったことだから」
「旦那さんが転勤なら、単身赴任すればいいじゃないですか!」
悲痛な叫び声をあげる神崎さんを、総務部長が横から「まあまあ」と宥める。
部長はとてもおっとりとした方で、総務部の和やかなムードは部長が作り上げているといっても過言ではないと思う。
「吉川さんはご主人についていくだけではなくて、自分のキャリアステップのためでもあるんだよ。応援してあげないと」
ぷーっと膨れる神崎さんを横目に、部長はにこにこしながら私のほうに向き直った。
「2年間、元気に頑張ってくれてありがとう。君なら、支社へ行ってもきっと大丈夫だ」
「ありがとうございます。お世話になりました…!」
総務部長に深く頭を下げると、まわりから拍手が沸き起こった。
「凛ちゃん。吉川のこと、しっかり支えてやってくれな」
声をかけてくれたのは、大斗さんの同期の人事課長・山下さんだ。私が総務部人事課に配属されてから何かと目をかけてくださって、特にお世話になった先輩だ。
「はい!山下課長も、本当にありがとうございました」
改めて総務部の人たちと顔を合わせると、心から感謝の気持ちが湧き上がってくる。全部伝えきれないのはもどかしいけれど。
「ほら。神崎さん、お花渡さないと」
女性社員から背中を押され、大きな花束を抱えた神崎さんが前に出てくる。
にこっと微笑みかけると、神崎さんはついに涙を溢れさせてしまった。
「わたしっ…、私もいつか絶対ドイツに行きます!」
「うん。待ってるからね」
花束を受け取りながら、肩をぽんぽんと撫でてあげる。
私なんかをこんなに慕ってくれて、本当にありがとう…。
「あ、そうだ。よかったら、これあげる」
そう言って、神崎さんに小さなオーナメントを渡す。私のデスクに飾ってあった、ノイシュバンシュタイン城だ。
「えっ、いいんですか?」
「いいよ。わたし、似たようなの持ってるから」
「ありがとうございます!先輩だと思って大切にします」
「ふふっ、ありがとう」
ドイツで見たあのオルゴールにそっくりなオーナメントを、偶然日本で見つけて思わず買ってしまったもの。けれど、もう私には必要ない。
大斗さんがこっそり帰国したとき、「おみやげがあるんだ」と言って出してきたのが、あのまさにオルゴールだったからだ。何重にも包装されていて、お城が姿を現すまでは10分ぐらいかかったっけ。あのオルゴールは、私の宝物だ。
「よし、じゃあそろそろ送別会に行こう!吉川さんは最後までつきあってもらうからね」
「は、はい…」
部長に笑顔で圧力をかけられる…。部長が来ると毎回、遅くまでカラオケから帰れないのだ。でも、最後ぐらいはつきあおう。
こうして、私は新天地へ向かうため、慣れ親しんだ本社に別れを告げたのだった。
「大丈夫?緊張してない?」
「かなり、してる…」
私のこわばった顔を見て、大斗さんが頭を撫でてくれる。
「きっと、凛ならうまくやれるよ。自信持って」
「うん…」
今日は、ドイツ支社出勤初日。
外国人もたくさんいるオフィスは初めてで、昨日からものすごく緊張している。
「俺も一緒だから。大丈夫」
そう言って大斗さんに手を優しく握られると、不思議と気持ちが落ち着いてくる…。
「うん。わたし、頑張るね」
「うん!」
大斗さんの手をそっと放し、オフィスへ入る。
そして、上司となる方のもとへ行くと、上司と共に、ある長身の男性が立っていた。そこにいたのは…、
「せ、専務…!?」
そう。なんと、あの本社専務だった。
「おはようございます、凛さん」
「あの、どうしてここに…?」
私が大きな声をあげたのを聞きつけ、大斗さんもやって来た。
「えっ、専務!?」
同じく、大斗さんもすごく驚いている。
例のS社とのプロジェクトが無事に終わってからは、専務と顔を合わすこともほとんどないと言っていた。
そんな私たちを満足そうに見て、専務は満を持して告げる。
「実はこの度、ドイツ支社の副社長も兼ねることになったんです。お2人とは、これからも末永いお付き合いになると思いますので、どうぞよろしくお願いします」
「「………」」
専務のそんな報告に、私たちは唖然として顔を見合わせ、大きな声で笑ったのだった。
~Fin~




