2つの顔
朝起きると、腕の中に凛がいる…。あったかくていいにおい。それだけでもう、幸せな気分に浸れてしまう。
そういえば日本にいたころは、こんな幸せな朝を毎日迎えていたなあ…と、ぼんやりと思いながら凛の頬を撫でた。
すると彼女は眠ったまま嬉しそうな顔をして、俺のおなかに巻きつけた腕を少し強めた。かわいい。
日本にいるときは、俺が起きるころには凛はもうベッドにいなくて、朝食の用意をしてくれていることが多かった。しかし、時差や疲れのせいか、今朝はとてもよく眠っている。
こーんな無防備な顔をされてしまうと、俺がいる安心感のせいでもあるんだろうか…と自惚れてしまう。出勤時間まではまだ余裕があるし、もう少し寝ようかなあ…と思っていたら、部屋中に凄まじいチャイムの音(しかも連打)が鳴り響いた。
一気に意識が引き戻されてベッドの上で身を起こすと、隣にいる凛も目を覚ました。眠たそうに目を擦りながら、むにゃむにゃとした口調で俺におはようを言う。
「ん~…、だれ…?」
「誰だろう?まだ7時なのに…」
「え!?もう7時なの?ごめんなさい、私ぐっすり眠っちゃって…」
「ううん、すごい幸せな気分に浸ってたから、気にしないで。もう少し眠っててもいいよ。今日は朝ごはん、俺が作るね」
「私も手伝うよ。実は、スクランブルエッグの新しい味付け編み出したの!」
「ほんと?楽しみだなー」
なーんて、来客の存在を忘れてベッドで楽しく話してたら、無視するなと言わんばかりに再びチャイムが連打される。
「一体なんなんだろ。迷惑なやつだな…」
渋々、玄関に行ってドアを開けると、そこにはやっぱり…、
「おはようございます」
高そうなスーツを着て、髪をきっちりと整えた専務が立っていた。
「…朝から、何かご用ですか?」
「朝食をいただきに参りました」
「…?」
ぼーっとした頭で考えていたら、きのう凛と専務が交わしていた言葉を思い出した。
『凛さんは、朝食には普段何を召し上がるんですか?』
『えっ、朝食ですか?普通に、食パンをトーストしてサラダやスクランブルエッグを作るぐらいですね…。土日や時間があるときはサンドイッチやフレンチトーストを。あと、私はジャムを作るのが好きなので、パンやヨーグルトと一緒に食べています』
『へえー!それは良いですね。今度お伺いしようかな』
『ふふっ、朝からですか?』
『はい。僕は朝が苦手ですが、凛さんのおいしい朝食があればすっきり目覚められそうです』
凛は可でもなく不可でもないといったような曖昧な表情をしていたので、そこに付込んだのだろう…。あー、俺がしっかり断っておけばよかった!
着替えを済ませて寝室から出てきた凛も、まさか本当に来るなんてという顔で専務を見ていた。
専務を寝起きの凛に近寄らせたくなくて、凛に朝食の用意をお願いして、俺はリビングに専務を引き止めるべくソファを薦めた。
「何かお手伝いしましょうか」
「いいえ、結構ですよ。座っていてください」
驚いてはいたけれど、凛は嫌な顔ひとつしないで状況を受け入れている。さすがだなあ…。
フライパンで卵が焼ける香りの中、俺は朝から専務の相手をしなくてはいけない。
凛に聞こえないよう、お互い少し小声で話す。
「どういうつもりですか、こんな朝から」
「決まっているでしょう、2人きりの時間を邪魔するためです」
「そんなことしても、何も変わらないと思いますけど」
「僕と仲良くなって、僕のことをもっと知ってもらえれば、あなたの欠点も見えてくるでしょう」
「欠点?」
わざと不愉快そうに顔をゆがませると、笑っていた専務も姿勢を正した。
「失礼。僕と比べて、劣るところです」
…それでもじゅうぶん失礼だと思うけど。
「とにかく、もうここへ来るのはやめてください。またさっきみたいに朝から連打したら、警察呼びますよ」
「そういうことなら、合鍵をください。静かに入ってきます」
はあー。とため息をつき、俺は会社に行く準備を始めた。
プライベート(?)ではそんな迷惑行為ばかりを繰り返す専務だったが、仕事で発揮される手腕を目の当たりにして、俺は驚かざるを得なかった。
「いやあ、お噂通りの仕事ぶりですね、専務。大胆かつ的確なやり方だ」
黒川さんも専務のことは認めているらしい。ちょっとヤキモチ。
「ありがとうございます。みなさんの支えあっての功績ですよ。…そうだ。吉川さん、この取引先への訪問をお願いできますか。企画部のあなたが向いていそうなので」
「…はい」
一応は上司だから、理由なく背くわけにもいかないので書類を受け取った。
専務のことはあいかわらず気に入らない。でも、仕事に関しては…悔しいけど、俺はこの人のことを少し認め始めていた。




