酔ってませんよ(後編)
可愛い酔っ払いを引き連れ、俺はビアガーデンの反対側にあるベランダのようなところへ入った。ここなら、他の社員たちから死角になって見えないだろう。
凛をベンチに座らせ、俺もその隣に腰を下ろす。
「はい、お水」
「んー…、ありがとうございます…」
水の入ったグラスを差し出すと、凛は力の入らない手で受け取った。なんだかあぶなっかしくて、手で支えてあげる。
凛は消え入るような語尾とともに、おいしそうにごくごくと水を飲んだ。
「大丈夫?頭が痛かったり、吐き気はない?」
「ん…、だいじょうぶれす…。わたし、よってませんから。かちょう、もどっていいですよ?」
中の水が半分ぐらいになったグラスを両手でもち、潤んだ目でにこっと笑う凛。もう、それやばいって。
このとき、俺もお酒が入っていたせいか、少し大胆な行動に出てしまう。
「戻らないよ。ここにいる」
凛の肩を抱き寄せ、自分の肩に彼女の頭をもたせ掛けたのだ。
「しんどかったら、もたれていいから」
「ふふっ、かちょうってやさしいんですねー」
幸せそうに肩を揺らして笑う凛がすごく愛おしくて、俺は今すぐ正面から抱きしめたい衝動に駆られてしまった。
ああ、もう。こんな可愛い姿、絶対他の誰にも見せたくない…!
彼女の髪がほどけるように垂れて、ふわりといい香りがした。
「かちょう…」
「んー?」
「そばに、いてくださいね…?」
「え…っ!?」
彼女がぽつりとつぶやいた言葉に、俺は顔を赤くしながら内心焦りまくっていたが、
「お、俺でよければ、もちろん……」
そっと凛の顔を見ると、…眠ってしまっていた。小さな寝息が聞こえてくる。
「…ま、いっか」
俺は彼女を起こしてしまわないように、そのままの体勢で座っていた。
すると、影からなにやら声が聞こえてくる。
「声かけるのやめたほうがよくないか?なんかいい雰囲気だし」
「え、でも課長だって男だぞ?なにされるか…」
「あたし、課長にならなにされてもいい!」
覗かれてたのか…!
恥ずかしさのあまり俯いていたら、凛の肩が少し寒そうに震えるのを感じた。
「…誰か、俺のジャケット取ってきてくれないか」
しーん…という沈黙の少しあと、影から1人の社員が現われて、俺の紺色のジャケットを持ってきてくれた。
「ありがとう。彼女には何もしないから、席に戻って続けていいと伝えてくれるか」
「あっ、はい…すいません…」
彼はそそくさと戻っていった。
ジャケットを凛の肩にかけて、再び俺の肩に頭をもたせ掛ける。
…なんだろう、この幸福感。
俺の肩で安心して眠ってる凛を見て、心底この子が好きだと感じた。
絶対、この子を振り向かせよう。俺は、夜空を見ながらそう誓ったのだった。
「ゆうべはすいませんでした!!」
翌朝、出社してくる面々1人1人に対して謝る凛。けれど、みんな笑って答えていた。
「何を謝ってるの?皿池ちゃん超可愛かったよ!」
「そうだよ。何も気にしなくていいから、また飲みに行こうね」
男性社員だけではなく、女性社員も笑って受け止めている。
「俺らには謝らなくていいから、課長にお礼言っときなよ。介抱してくれたの課長だから」
「えっ…!?」
凛は結局、お開きの時間まで眠っていて、ビアガーデンからはさすがに女性社員にマンションまでの付き添いを頼んだ。俺は2人をタクシーに乗せ、見送ってから帰ったのだ。
「あの…。課長、ゆうべはすいませんでした!それから、介抱してくださったみたいで…、ご迷惑をおかけしました」
凛は俺に頭を下げ、申し訳なさそうな顔をした。
「ううん、とんでもない。皿池さんの新たな一面がわかったし、楽しかったよ。これに懲りずに、また飲み会参加してね」
俺は凛から話しかけてくれたことが嬉しくて、思いっきり笑顔で言った。
すると凛まではにかんだ笑顔になって、なんだか朝から得した気分になったのだった。
「あー!なににやけてるの?あの飲み会のこと思いだしてるんでしょー!」
「うん。凛との大切な思い出だから」
凛は「もおー」と唇を突き出しながらも、照れたように笑った。




