酔ってませんよ(前編)
「ドイツの人って、昼間からお酒飲むんだね」
凛の視線の先には、テラス席でビールをあおる男性がいた。
「うん、平日でも飲んでる人いるよ。凛も頼む?」
「ううん。せっかくデートできるのに、酔っちゃったらもったいないよ」
「そうだね。でも、酔った凛ってめちゃくちゃ可愛いけどな」
凛はかなりお酒に弱い。会社の飲み会はきちんと参加するけど、飲むのはもっぱらアルコール度数の低いものかソフトドリンク。そして、酔った同僚たちを介抱するのが常だ(企画部のころは男性社員に近づけたくなくて、代わりに俺が請け負うことになってしまったのだけれど)。
「大斗さんって、私が酔ったの見たことあった?」
「うん。凛が企画部にいたころ…」
「あー!やめて、その話はしないでー!!」
凛が大慌てで、両手で俺の口をふさぐ。けれど、俺は面白がって喋り続けた。
「ひんはへひははーへんひひっはほひ…」
「やめてったらー!消したい過去なのに」
俺が口を閉じたら、ようやく手を離してくれた。
「なんで?いいじゃん、可愛かったんだから」
「あんなの、どこが可愛いの…?」
「どこがって…、守ってあげたくなる感じとか」
あの夜をきっかけに、企画部全員が凛をますます好きになったといっても過言ではない。ほかの男もあの凛を見ていたかと思うと悔しいけれど。
――今からおよそ2年前、俺と凛が付き合い始めるほんの少し前のこと。
飲み会好きの宮田という男性社員の呼びかけで、仕事帰りに企画部1課の面々でビアガーデンに行ったことがあった。
「たまには皿池ちゃんも飲まないと!やってらんないだろー?」
凛と同じテーブルに座っている神谷がやたらと凛にお酒を薦めている。
「私、雰囲気を楽しむだけで充分ですから!お酒すごく弱いんです」
「たまには酔ったっていいじゃん!明日は土曜日なんだし」
ほかの社員たちもそう言って、神谷は勝手に凛の分のビールを頼んだ。困った顔をする凛を見て、隣のテーブルにいた俺は助け舟をだそうとした…けれど、
「課長、実は聞いてほしいことがあるんです」
俺の真横に座っている、1つ下の後輩・高田が話しかけてきた。それを無碍にすることもできず、俺は凛を気にしつつも後輩の悩み相談に耳を傾けなければならなかった。
もちろん、好きな子の酔った姿に興味がないわけではなかったけど、こんなに男がいるところで、というのは話が違う。
「あれ、皿池ちゃんもう酔ってる?まだ半分しか飲んでないのに」
少し経ったころ、神谷のそんな言葉に反応して振り向くと…、
「いいえー?よってませんよー?」
やたらと語尾を伸ばす、泥酔凛ちゃんに変身してしまっていた。
顔をほんのり赤らめて、なんとも色っぽい表情。すでにまわりの男たちの視線を釘付けにしていた。
「いやいや、それは酔ってる人の言う言葉だからね。皿池ちゃんってそんなに酒弱かったんだなあ。2年も同じ課なのに知らなかったな」
特に誰も喋ってない間も、1人であははは、と楽しそうに笑う凛。なるほど、笑い上戸になるのか。酔っていても、彼女の笑顔はすごく可愛くて…。
「皿池ちゃん、大丈夫?」
「かみやせんぱいはー、なんでそんなにやさしいんですかー?」
…うん、話がかみ合ってない。それでも、凛に見つめられた神谷は顔を赤くしていた。
「なんでって、それは…」
まずい。このままだと神谷の公開告白が始まってしまう。
危険を察知した俺はすぐさま立ち上がり、
「皿池さん。ちょっと酔いを醒ましに行こう」
と言って、凛を攫ったのだった。




