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ナターシャは時間を気にして急いで歩いていた。
ジルヴィア国立中学校はヴァル島と呼ばれる小島にある。そこから都市がある陸に行くまでには海底を走っているエアボートに乗らなければならない。これが、所要三十分掛かるのだ。
図書館にいたナターシャは自身の持っている携帯端末にメールが来ていることに気付くのが遅れた。相手は同郷の幼なじみだ。メールが来てからすでに三十分は経っていた。そして書かれている待ち合わせ時間は五十分後だ。これは到着するのがぎりぎりか、遅刻するかのどちらかだった。
ナターシャが向かったのは現在位置から一番近い、校舎のすぐ外に設置されているエアボート乗り場だった。階段を駆け下りると、ちょうど一台のエアボートが出ようとしていた。
「乗ります!」
少し声を張り上げて走るスピードを上げ、ナターシャはエアボートに飛び乗った。
ドアは閉められ、少しずつ動き出した。
海底トンネルは断熱性のガラスでできており、海の景色を堪能することができる。海の生き物がトンネルの周りを泳ぎ、ゆっくり進むエアボートに合わせてついてきた。この海底トンネルはジルヴィア国立中央都市では名物の一つだ。休日には多くの学生たちが憩いを求めてやって来る。だから休日はいつもより少し賑やかだ。
エアボートを下りると、目の前にあるバスに乗り込んだ。これは目的地まで直通だ。なんとか時間までに間に合いそうで、ナターシャは奥の席にもたれ掛かるようにして座った。
ナターシャは滅多なことがない限り、学校の外に出ることがなかった。休日も自室にいるか、カフェテラスにいるかのどちらかが多い。今日もジルからのメールが来ていなければそのまま自室に帰っていたことだろう。
「アルデン広場前、アルデン広場前」
アナウンスの声にナターシャはバスから飛び降りた。
アルデン広場から横道に入った海岸沿いにあるカフェが待ち合わせ場所だ。歩いて十分は掛かるそこに、小走りで向かう。周りに気付かず走っていたナターシャは前方不注意だった。急に現れた人に対処できず、思いっきりぶつかりその場に尻餅をついた。
「ととっ、大丈夫か?」
「ってえ! 大丈夫だよ」
額を抑えながらナターシャは唸った。額は少し赤くなっていた。
「悪い。前ちゃんと見てなかった」
「ぼくも見てなかったからお互い様だ」
顔を上げたナターシャの目にはきらきらと光る金糸の髪が映る。