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坂を下りきると演習場があり、そこを通り過ぎた先に開けた場所がある。中央には噴水があり、生徒の憩いの場の一つだ。そこから三方向に分かれた道の真ん中を突き進むと、藤色の花びらが舞う小径があり、そこをまっすぐ進むと校舎のエントランスが見えてくる。
円状の校舎に入った二人はそれぞれの教室に向かって歩いていく。ジルはちらちらと背後を気にしながら歩き、わずかにジルの視線を感じていたナターシャは肩を落としながら教室に向かった。
ジルと別れたナターシャが教室に入ると、一斉に視線がその人に向かった。制服でもないナターシャはいい意味でも悪い意味でもよく目立つ。居心地の悪さを感じながらも席に着いたナターシャは机の中から教科書とノートを取り出した。
「ナターシャ・ヴェイン、きみがいるなんて天変地異の前触れかな? 社長出勤なのもいいところだな」
顔を上げると、にやにやと人の悪い笑みを浮かべる男子生徒がいた。肩より短めに切り揃えられている榛色の髪に、同色の瞳、頭には獣耳、尻にはしなりのある尻尾が生えている。きっちりと第一ボタンまで閉めている首元はどうにも窮屈そうだ。
「ぼくだって授業に出ることはあるけど。なんせ単位足りないと即退学だし。いちいち絡んでくるなよ、アレン・スクーズ」
面倒そうに言うナターシャとは対照的で、ナターシャの右斜め前に座り、獣耳と尻尾を生やしているアレン・スクーズは顔を真っ赤に染め上げて唇を噛みしめた。
「大体きみは先ほどの授業も出ていなかっただろう! エンヴィ先輩に迷惑を掛けているんじゃないのか?」
「ぼくがジルに迷惑を掛けようが、おまえに関係ないだろ。それともなんだ? 自分の麗しの先輩に心労を掛けるなって? 大丈夫、ジルは喜んでぼくの面倒を見てるから」
ジル・エリック・エンヴィはその容姿もさることながら、頭脳明晰でもあるせいか校外に多くのファンがいる。アレンはその一人で何かとナターシャを目の敵にしている。唯一ジルをあごで使える存在だからだろう。
「これだから両性体は――」
「両性体だから何だよ? 獣人族の男は心が狭いのかな?」
「そんなことあるわけないだろう! 我ら獣人族の男は勇猛果敢、広大な心を持つと言われているんだ。狭い、なんてことあるわけないだろう」