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プロローグ④


「へ?」


「お前、何者だ?」


「なんの、冗談、ですか?」


「答えろ」


 俺の首元に突き付けられたバカでかい剣。

 そんな状態でまともに会話できるスキルなんて俺にはない。

 ついさっきアッサリ犬コロを三匹仕留めた強さ。

 しかも、表情がさっきの愛らしいクマさんでは無く、獰猛な野生の熊のそれだ。

 性質の悪い冗談なんかじゃないのは理解したくなくても分かってしまう。

 紛う事ない本気の殺気に、全身の細胞が「殺される!」と軋んだ悲鳴を上げている。

 難易度"中"ってこんなに恐ろしいのか? 

 すでに二度目の命の危機。

 何者と問われても、自己紹介以上に説明できる事なんてない。

 そんなことはこのおっさんも承知していたはずだ。


 ……いや、バカか俺は?


「待って下さい! なんで、こんなことするんですかっ!?」


 サザナミが叫ぶが、まともな返答なんてあるわけが無いんだ。

 自分たちが平和ボケした日本人である事に反吐が出そうだ。

 意識の切り替えが全く足りてなかった。

 この世界『アルフェリア』が日本みたいに安全なんて誰も言っていない。

 なんでこんな熊みたいな大男に油断したんだ? 


 ――どう見ても、山賊か何かじゃないか!


 恐らくこいつは今まで俺たちのレベルが分からず、手を出すかどうか決めかねていたんだろう。

 優しい振りをして油断を誘い、獲物を見定めていた訳だ。

 さっきの俺の戦闘を見て、カモだと判断し牙を剥いて来ただけ。

 こいつは慎重で、狡猾な――略奪者。


「説明が要るのか? 嬢ちゃんだって分かるだろ?」


「どういう……こと、ですか?」


「いいから、逃げるんだ!」


 せめてサザナミだけでも逃がそうと、震える喉を開く。

 彼女はまだここが日本じゃないってしっかり理解できていない。

 向こうみたいに対話で解決できるなんて、甘すぎる。

 ほんの少し視線をガドゥから外し――


「がっ!?」


 一瞬で目に見える景色が切り替わる。

 何が起きたのかは痛みと結果で理解できた。

 地面が見える、体が痛い。

 頭を鷲掴みにされ、引き倒された。

 とんでもない速さと力。

 うつ伏せに抑えつけられ、抵抗しようにも頭を押さえられただけでまともに動けない。


 二度目の人生はたったの二時間ほどで終わるのか……。

 そんなの嫌だッ! 

 必死で手足を振りまわす。

 惨めにジタバタしているだけかもしれないが、それでも――死にたくない!


「ぐはっ!」


 背中に膝を落とされ、肺から空気が漏れる。

 抵抗する意思が一瞬、溶けた。

 だが、まだ生きている。


 ……生きている? 

 ――おかしくないか?


 物盗りなら、すぐに殺してしまった方が楽なハズ。それだけのレベル差はある。


 殺すつもりが無い、のか? 


 そうだ、殺すつもりなら、さっき俺の首を撥ねれば簡単に済んだハズだ。


 なら、他に目的がある?


 背中をバンバンと叩かれ、擦られて思い当たる。


 ――身体の確認をされている? 


 ひょっとすると奴隷か何かとして売られるのか? 

 この世界に奴隷売買が存在する可能性は十二分にある。

 売り飛ばされるなら、すぐに死ぬことも無いし、もしかしたら逃げだせるチャンスがあるかもしれない。

 今は抵抗せず体力を温存して、大人しくしている方がいい。

 絶望的な恐怖の中で、ほんの僅かな希望を糧に思考を回す。

 しかし、すぐに死なないという推測が産んだ一息の余裕は一瞬で蒸発させられてしまう。


 「ひゅぇっ!?」


 予想外の出来事に、頭がついて行かない。

 信じられない行動。


 ちょっ! 

 俺のズボンがッ!

 一気にズリ下ろされた――

 それもパンツごとっ!?


 信じたくない現状。

 そう17才のぷりっケツ(男)が白日のもとに晒されたのだ!


「いやぁああああああああぁっ!!」


 誰の叫び声かなんて、突っ込みはいらない。

 だが、このおっさんはその程度で止まることなど無かった。

 あろうことか、俺のケツ(青い果実)を遠慮なくまさぐり始めたのだ。

 理解したくも無いのに理解してしまう。

 殺さなかったのは、そういう事だ。


 引き攣った喉がゴクリと音を鳴らす。

 普通の男なら間違いなくサザナミを選んだだろう。

 だが、よりにもよってこの森のクマさんはイケない趣味の持ち主だったのだ!

 俺を生かして捕らえたのは、自らの歪んだ欲望を吐き出す為。

 そう、お・た・の・し・み。

 背骨の中を氷の百足が這うような悪寒。

 体力を温存なんて場合じゃない、必死になってもがく、足掻く。

 しかし、背中を膝で押さえこまれ身動きは、取れない。

 両手も捕らえられ、頭の上で押さえ付けられてしまう。


「ひゃんっ! 耳っ、触らないでっ!!」


 確かに異世界の扉は潜ったが、そっちの扉はダメ、絶対。

 ミスターDTを背負ったまま、あちらの貞操を失うなんて異次元方向に男の道を踏み外し過ぎだ。

 俺の望んだのは異世界であって、ワタシの知らない世界じゃない。

 ノーモア新世界、BUT、うつ伏せでノーおパンツ。

 まな板の上の鯉ならぬお布団の上の白桃ちゃん。

 お持ち帰りではなく、この場でお召し上がりだ。


 こういう倒錯した方向に突き進んでしまうヤツのことを『勇者』などと呼ぶが、俺はそういう勇者になるためにこの世界に来たわけじゃない。

 いや、俺のクラスはそういう『勇者』だったのか!?


「女神さまっ! 違うって言ってっ!!」


「ぬ?」


 必死の抵抗と叫びに驚いたのか、少しだけ押さえつける力が緩む。

 小さなチャンスに全力を注ぎ込み暴れまくる。

 逃げる事は叶わないまでも、かろうじて右腕一本の自由を勝ち取った。

 光の速さでしっかりおケツ(とても大事)をガードする。


 大切なおケツ……。

 キミが僕にとってこんなに大切だったなんて、初めて知ったよ。

 もうこの手は絶対離さないッ!


 絶対抵抗、断固拒絶の揺らがぬ意思で。

 五本の指で痛いほどにお肉を掴み、その地形が変わる程の堅陣と化した俺のお尻の谷間。

 攻めるに難しと見たか、戸惑ったようなおっさんの低い声が降りてくる。


「お前……、人間なのか?」


「お、お、俺は至ってノーマルな人間だ! た、頼むから、俺じゃなくてそういう趣味の人間を探してくれっ!」


「……お前何を言ってる?」


「見逃してくれっ! 俺はおっさんと違って女しか愛せないんだッ!!」


「アホかっ! オレにそんな趣味はねえっ!」


「そんなこと信じられるかッ! この変態ヤロウっ!!」


「お前、詠唱なしで魔法を発動しやがったろーがっ!? オレが知る限り、そんなことができるのはエルフか魔族しかいねぇ。魔導器で隠してるのかとも思ったが、耳も普通、羽も尻尾も角もねえ。おまけに女神に祈るとか……訳がわかんねぇんだよッ!」


「は、へ?」


 ともかく女神さまっとか叫んだのがピンチを抜け出す鍵になったようだ。

 やはり神は偉大だ。しかし『人間』は詠唱なしで魔法を放ってはダメという事か。


「ヒ、ヒカルはちゃんと呪文の詠唱をしてましたっ!」


「……本当か?」


 サザナミさん、嘘はいけません。

 なんて絶対言わない。ナイスフォローだ。

 持つべきものは無条件で助けてくれる同郷の知り合い。

 地面で顔がこすれて痛いが必死でこくこく頷いた。

 おっさんは納得できないといった表情を浮かべていたが、チッと舌打ちをするとようやくゆっくりと立ち上がった――。


◆■◆


「……悪かったな、坊主」


「うっさい! 謝って済んだら警察なんていらねぇよっ! 死ね! 変態っ!」


 ようやく解けた戒めに、慌ててズボンとパンツを引き上げたのは言うまでも無い。

 すぐにでも警察を呼んでもらいたいがこの世界にはいないのだろうか?

 仕方が無いからとりあえず、ガドゥを蹴る。ひたすら蹴りまくる。

 さっき目に入った砂が取れるまで蹴り続けた。

 ……死ぬより怖かったけど、泣いてなんか無いんだからね!


「はぁっ、はぁっ」


「……坊主はもういいか? そっちの嬢ちゃんも確認しておきたいんだが?」


 平然と言い放つおっさん。

 俺が全力で蹴りを入れても全く効いてないのが腹立たしい。

 しかもサザナミに同じことをする、だと!?

 思わず蹴りが止まってしまった俺は、ダメなヤツかもしれない。


「あ、アタシは詠唱無しで魔法使えたりしませんからっ! まさかここで背中やおしりを出せっていうんですかっ!」


「いや、魔導器を使ってるかもしれんから、触って確認するのが一番いい」


「絶っ対、イヤですっ!」


「死ね! この変態っ!」


 余計な妄想をした自分をごまかす為に、ガシガシとガドゥの足を蹴りつける。


「あ~、うっとうしい。お前なんかに蹴られたところでなんともねぇよ。大体、坊主がはっきり詠唱しねぇから、オレも嬢ちゃんも見たくもねぇモン見るハメになったんだろーが」


「大体、おっさんが――」


「あ、アタシは見えてないからっ!」


 あれ? あ、必死すぎて混乱していたが、サザナミは逃げていなかった。

 ということは、あの場にいたということで。


 ……うん、見えてないに主語が無い訳でござる。

 「見たくもないモノ」で通じる程度にはナニかを見ちゃったわけですか、サザナミさん。

 ナニが見えて何が見えなかったのかは気になっちゃう所だけど、確実に「ナニか」は見られちゃったわけで……。


「もう、お嫁に、イケナイ……」


「み、見てないからっ!!」


 このままサザナミに貰ってもらうしかないんじゃなかろうか? 

 ジトっとサザナミを見つめると、真っ赤になって顔を背向けられた。

 そんな彼女も可愛らしい。




 だけど――、


 やっぱ、ナンカ見てんじゃん……。








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