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プロローグ②

 ここは異世界アルフェリア。


 ファンタジー世界だけあって、そこそこ死にやすい、らしい。

 とは言え、ぶっちゃけると俺はそんなに焦ってはいない。

 異世界に転移した時点で、女神さまとのやり取りを疑う余地が無いからだ。


 ――そう、俺、日比野ヒカルは「勇者」である。

 その事実が、そこはかとない安心感と高揚感を与えてくれるのだ。

 まぁ、異世界ヒャッハ―的なアレのせいで少々精神的なダメージを喰らってしまったが、まだこの世界に来てから10分程度だ。

 大したロスじゃないが、まだ体がちゃんと動くことしか確認できてないんだよな。


 とにかくシステムの違う世界に来て、現状をまだ把握してないのはまずい。

 ステータスを見る事にこだわっても先に進めないのだ。

 とにかく分かることから一つずつ確認しよう。

 トリップに際して女神さまにもらったものは確実に分かるんだから、それを確認していけばいいだけだ。


 さっそく装備の確認、すなわち【鑑定】を使う事にする。

 いくつかのスキルの中から自分で一つ選ばせてもらったものだから、持っているハズなのだ。

 まずは武器から試すのがいいだろうか。

 腰に下がっている剣を抜き、少々悩んでから【鑑定】と念じる。

声に出すのが恥ずかしかったわけじゃない。


 銅の剣:通常

 銅製の片手剣


 ……次。


 布の服:通常

 布製の服


 布の靴:通常

 布製の靴


 うん、微妙すぎる。効果も詳しい説明すら無いのは痛い。

 しかし、ようやくやることが上手くいったことに、ホッとする。

 ともかく、色々試してみる他ないだろう。

 そういえば、自分を鑑定したらステータスとか見れるんじゃないか?

 淡い期待を抱きながら、手を見つめ自分を意識し鑑定と念じる。

 浮かび上がった文字はある意味予想通りの惨いモノで。


 人族:通常

 勇者:Lv1


 これだけだ。情報が少なすぎる。名前すら出ないとか、ないわ~。

 【鑑定】は地雷スキルだったのか?

 しかも、やっぱりレベル1だし。

 しかし、俺はゲーマー。仕様にケチをつけても仕方がない事を知っている物分かりのいい男だ。

 ステータスが見れないのは仕方がない。せめて、使えるスキルが分かればいいんだけど――


 【火球】


 潔さが功を奏したのか、頭の中に浮かぶ文字。


「おおっ」


 意識を集中するだけで、なんとなく使い方まで分かる。

 文字通りの火の玉の魔法だ。

 これは使ってみるしかないだろう。

 俺は男の子なのだ。魔法に憧れるのは当然のこと。

 前世ではそんな年齢なんて過ぎていたかもしれないが、今は17才。なんの問題もない。

 もし、俺が女だったら、魔法少女になりたいのは当然だ、などと口走ってハズだ。


 テンションと鼻息の速度の上げつつも、手を前にかざし地面の広く空いたところを狙う。

 火の魔法だ。山火事になったら洒落にならない。

 はやる心と鼻息を抑えながら、


【火球】(ファイアボール)!!」


 スキル名を唱えると、耳に違和感を残し、手のひら大の火の玉が飛びだした。

 炎の尾を引き、地面に着弾すると、一瞬で大きく燃え上がる。

 地面には1メートル大の焦げ目がつき、プスプスと音をたてている。

 意外と威力あるかも……。

 しかし不思議な感覚だ。

 口では日本語で火球と唱えているのに、耳からはこちらの言葉でファイアボールと聞こえるのだ。

 この世界の魔法はこんな感じなんだろうか?


 とにかく、これは色々と検証する必要がある。

 異世界語に翻訳すれば、使ってみたいだけ、と言わなくも無い。

 新しいおもちゃを与えられた子供みたいだが、それすら否定しない。

 だって、魔法だもん。うらやましいだろ?


 続けて、心の中で【火球】と念じてみるが、何も起きない。

 なんとなく分かっていたが、無詠唱では発動しないようだ。


 今度は地面の焼け跡を横目で眺めつつ、できるだけ他の事を考える。

 調べたいのは魔法に集中する必要があるかどうか、だ。

 戦闘中に魔法を使うために足を止めれば、当然攻撃を喰らう。

 ということは、必然的に魔法はアウトレンジからだけの攻撃手段ということになってしまう。

 先ほどは魔法にかなり集中していた。

 もし、剣を振りながらでも使えるならば、オールレンジ対応可能な攻撃手段となる。

 戦闘スタイルに関わる大事な点だ。


 自分の気を逸らすために女神さまのことを思い浮かべゆっくり歩く。

 なるべく魔法は意識せずに口を開いた。


「女神さま、ホントにかわいかったよな~、【火球】(ファイアボール)!」


 同時に身体を半回転、ビシっと腕を突き出した。

 耳に入る「ファイアボール」という自分の声が成功を伝えてくる。

 違和感を耳に残しながら、遅れて火の玉が尾を引いて飛んだ。


 ひとりフェイント成功だ。

 これなら戦闘中でも問題無く使えるだろう。

 あらためて魔法SUGEEEと頬が緩みそうになるのを押さえ付ける。


 現状の確認はこれぐらいか。

 ニヤけてしまう顔を強引に引き締めた、恐らくは相当気持ち悪い顔の男が森で佇んでいる――じゃなくて。

 いや、確かに現状はそうなのだが、それは置いておこう。


 他に検証すべきことがあるだろうか? 

 女神様にもらったものは、鑑定とクラスと少しのチート。

 残りは若さと科学技術の規制ぐらいしか思い浮かばない。

 意外ともらったものが少ないのかもしれない、なんて贅沢なこと――。


「イヤぁあああああ」


「っ!」


 女性の叫び声が森を裂いた。

 思考は一瞬、即座に駆ける。

 声のした方向に必死で走る。


 ――そう、俺は勇者なのだ。

 助けを求める女性がいるなら救わねばならない。


 ニヤけそうになる顔をキリっと引き締めつつ走る。


 ――そう、ここは異世界。

 そして、今、俺はテンプレルートにしっかり乗っている。


 ――はじき出される答えは。

 誰でも分かるだろう。


 勇者が異世界に来て初めて出会う女性はどんな女性だ?

 ――簡単だ。超高確率で美少女だ。


 そして、その後ふたりはどうなる?

 ――間違いない。テンプレ通りのラブラブのはずっ!


 俺は心の中でフラグ来たぁあああああああああああっ! と、叫びながら疾走していた。


◆■◆


 予定調和、飛び出してきた黒髪の美少女。

 いや、なにより俺の眼を奪ったのは、ぷるんぷるんと揺れる。いや、正確ではなかった。失礼した。ぷるるんぷるるんと揺れる双丘。

 大きすぎず、それでいてしっかりとしたボリューム……。

 俺はおっぱいが大好きだ。いや、今はそれどころではない。

 できるだけかっこよく彼女の窮地を救うのが先決だ。


 彼女を追って森から飛び出した「敵」に即座に【鑑定】を使う。


 ワイルドドッグ:通常

 魔獣:Lv7


 犬が二頭。とはいってもドーベルマンぐらいの大きさはある。

 だが、俺は勇者だ。

 犬っころなんかに負けない。

 恋愛ルートにどっぷりつかっているのだ。

 負けるわけがない。


 二頭は俺を脅威とみなしたのか、俺の方に向かって来た。

 かるく横っ飛びしつつ【火球】を唱える。

 火の玉が左の犬の顔面を直撃し、炎が巻き上がる。

 苦しみのたうち回っている。

 我ながらかっこいい。


 しかし同時に、下腹付近にチクリと痛みが走る

 なんだ? と考える暇もなくもう一頭のワイルドドッグが距離を詰めてくる。

 少し拓けた場所に出たからか、――かなり早い。


 疾駆してくる犬コロに剣を袈裟がけに振りおろす。

 ヤツは軽く横に飛んで躱すと、そのまま鋭角に跳ねてきた。

 剣を振り切り、姿勢が前のめりになっていたのが幸いした。

 剣をついたまま、さらに身体を倒し、回避――しきれないッ!?

 牙が左肩をかすめた。


「痛ってええええええええええええ!!」


 痛い。マジで痛い、血が出てるしっ。

 そんなことなんてお構いなしに向かってくる犬に、慌てて剣を横薙ぎに振るう。犬は突進を一瞬止めてやりすごす。

 次の飛びかかりを何とか躱す。


 剣を振るたびに、躱される。

 なんとかまともには喰らっていないものの、かすり傷は増えてゆく。

 しかも、ひたすら剣を振る俺の息は上がっているのに、ワン公の動きは衰える様子も無い。

 また左腕を掠められた。


 冗談じゃない、当たんねぇ。

 当たったのは魔法だけだ。

 もう一度ファイアに賭けるしかない。


「いけっ! 火球!」


 言葉と同時に下腹にズキリと痛みが走る。

 頼みの魔法は――燃え上がらない。

 この痛みはMP切れなのか!?

 焦りで頭の芯が湯立つ感覚。

 真っ白になって停止した思考。


「ぐがっ!!」


 そんな動揺を見逃される訳も無く足に容赦ない噛みつきが入る。

 剣での振り下ろしは間に合わない――。


 ちょ、ヤバいやばいヤバい!! 

 足に力を込めると太ももに鋭い痛み。

 まともに避けれるのか? 

 もしかして――死ぬ? 



 こんなところで?




 心臓の鼓動が直接耳から聞こえる。口の中がネバつき、唾液を飲みきれない。

 不快な耳鳴りと鼓動の音がうるさい。

 悪寒のような吐き気が胸を圧迫してくるが、何をどうしたらいいのかすらわからない。

 目に映る剣の切っ先は細かく震えている。

 敵に剣を向けているのは、攻撃の意思ではなく、もはや惰性。



 ――声が、聞こえた。


「【ライトヒール】!」

 

「!!」


 俺の身体を包み込む柔らかい光。痛みが抜け傷が塞がっていく感覚。

 これは……回復魔法!?

 さっきの女の子かっ?

 希望の光に照らされて、脳内の歯車が急速に回り始める。

 まだ、――死にたくない!

 ワイルドドッグの突撃を、剣を振らずに回避して、乾いた喉から音を絞り出す。

 

「今のまだできるかっ?」


「多分、いけますっ!」


 上等だ。

 湯立った頭が急速に冷えてくる。

 焦るな。落ち着け、回復魔法がある。

 自分が勇者だと調子に乗っていた。

 初めての実戦、そして痛み。

 怖い。初めての実戦で冷静に立ち回るなんて俺には厳しい。

 だから、せめてゲームだと思えッ!

 俺に実戦経験なんてない。だけどゲームならできるはずだ。

 ゲームならどうする? どう動く?


 ――決断は早かった。

 やれなきゃ死ぬ。


 唸りを上げている犬と睨みあい、じりじりと牽制して距離を稼ぐ。

 そして、一気に体を反転させると、敵に背を向けて走る。


 ――生きる為に。



 後ろから襲われるのが危険だということぐらい知っている、つもりだった。

 いざその状況に身を置いて初めて分かる「見えない」という事の怖さ。

 身構えることも防ぐことも叶わない。

 ただ耳が拾う足音だけが確実に攻撃が来ることを身体に伝え、ギュっと心臓を冷たい手で締め付ける。


 ――だけど、逃げるわけじゃないっ!


 狙いは最初に火球を叩きこんだヤツだ。

 コイツが復活すれば、確実に生き残る目は無い。

 せめて背後からの致命傷だけは避ける為に首をすくめ、不格好に頭を突き出して足に力を込める。

 勢いをそのままに、よろよろと立ち上がろうとしている犬に剣を叩きつけた。

 さらに倒れたその首にもう一撃。派手な血飛沫が噴き上がる。


 これで残りは一匹――。


「ぐっ!!」


 遅れて走る肩口の衝撃。後ろの犬からの一撃。

 首と頭だけは狙われないようにしていたのが功を奏した。肩なら上々、痛みは覚悟の上だ。

 歯を食いしばり、体勢を立て直せば、即座に柔らかい光が体を癒す。


「回復切れたら、詰む! もっと大切に使えっ!」


「す、すみませんっ」


 説明してやる余裕なんて俺にはない。

 飛び込んでくる魔獣と何度も交錯する。小刻みに剣を振るい、突きを多用する。

 ダメージを恐れて遠くから大振りしてたんじゃ、当たるわけがなかった。

 恐怖を押さえギリギリまで引きつけてコンパクトに振り、当てにいく。

 上手く避け切れるわけなんかない。

 喰らってもいい、いや、むしろ喰らいながら。

 腕、脚、腹と血が滲む。


 実力が足りない以上、攻撃を喰らいながらでもコツコツ削るしかない。

 ゲームの様に、回復があるからこそ使える手。

 痛みは耐えろ。死ぬよりマシだ。

 今までのリアルじゃ、こんな戦い方はありえない。

 ひたすらぶつかり合う。


 そして――、何度目かの回復魔法の後、ようやく、ワイルドドッグは、力尽きた。




 とにかく、敵は倒した。

 地面にへたりこみ、大の字になる。空は青い。

 思うように力の入らない全身の気持ち悪さに、何故か、ははっと乾いた笑いが出た。

 思い出した様に震え始める手足。遅れて来た恐怖に引き攣った笑いが止まらなかった。


 正直ただの犬だと思って馬鹿にしていた。

 レベル7を嘗めていた。

 これがこの世界の日常なんだ。

 震える手を握り、また開く。それだけで、生きている、いや生き延びた実感が湧いてくる。

 荒い息と耳の奥でなる鼓動の音に混じる足音。


「あ、あの、助けて頂いてありがとうございました」


「もう、ちょっ、と、休ませ――っおぁっ!?」


 変な声が出た。

 見上げれば、そこには天使がいた――。

 胸元まである黒のストレートヘア、少し大きめの黒い瞳が俺を覗き込んでいる。

 心が震えた。


 ――めっちゃ、かわいいやんっ!

 さっきは反射で、揺れる物体の引力に目が引かれたんだった。

 改めて見ると思わず見とれてしまう程。

 やや気が強そうだが、賭け値なしの美少女だ。

 気づけば、身体の震えも恐怖も吹き飛んでいた。

 自分でも現金すぎて笑える。


「ぃ、いや。こ、こちらこそ助かった」


 別の緊張感でどもってしまったわけだが。

 しかし、助けたのも事実だが、どちらかというと助けられたという気持ちが強い。

 実際、俺だけじゃ死んでいた。


 立ちあがって頭を下げ、改めて少女を観察する。

 やはり、可愛い。さっきまでは俺が見上げていたが、今は見降ろす体勢。

 ローブで若干分かりにくいが、ぷるるん。

 見える手足は華奢だ。

 細身でぷるるん、とても、いい。

 テンプレ万歳。

 女神さまありがとう。


 いや、いかん。俺は恋愛ルートに乗っているハズだ。

 意識して顔をキリリと引き締める。

 意識しないと締まらない。


「すごいね。回復魔法を使えるんだ?」


「いえ、アタシも必死で……。なんとかしなきゃって思ったら、なんか頭に浮かんできて」


 どうやら、素人だったらしい。マジで運だけで生き残ったようだ。

 身長は俺の顎あたりまでしかないが、姿勢がいいのか実際より背が高く感じる。

 俺と違って自分に自信があるのだろうか、凛とした雰囲気が漂ってくる。

 清潔感のある可愛らしさ。そしてあろうことか、スリムでありながらも、立派なぷるるんの持ち主。

 巨乳と呼ぶには若干足りない。この微妙にもどかしく、それでいて絶妙に完成されたサイズ……。


 ごほん、思考がそれた。

 いや、まず思考よりも視線をそらさねばなるまい。

 初対面で胸を凝視とか……手遅れで無いことを祈る。


 ――俺のバカ。



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