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プロローグ①

 俺は勇者、だ。


 この異世界に転移してきたばかり、である。


 ――ということで、まずは身体がちゃんと動くか試してみよう。

 手を握り、首を回し、足でブンブンと空を蹴ってみる。

 お腹もペタペタと触ってみるが、前世で少々たるんでいた腹が引き締まっているぐらいだ。

 何も問題は、ない。


 身体の動きが軽いのは勇者の補正か若返ったからか。

 腹のたるみが無くなったからではないだろう。

 思わず頬が緩んでしまったのは見なかったことにして欲しい。

 とにかく、自分の身体で間違いはない。

 俺はひとつ深呼吸して周りを見渡した。


 目に映る木々は、やはり地球では見かけないものだった。

 風に揺られて、整いすぎた三角形の葉が連なりカサカサと音を立てている。

 正直言って、とても気持ち悪い。

 植物の葉なのに無駄に直線が美しく、定規で書いたような三角形って。

 おまけに赤、緑、黄色と作り物めいた色合いがこれでもか、というほど異世界をアピールしているのだ。

 一応、女神さまグッジョブと心の中で呟いておこうか。

 森の中に転移したのも、ある意味テンプレなんだろうな。


 正直、「月が二つあるなんて!!」とか言って、異世界を確信するのが理想だったけど、もう分かっちゃった物は仕方がない。

 ちなみに第二位の「これが魔法なのかっ!?」も捨てがたかったけど。

 植物もありなのかもしれないが、「こんな植物は、地球にはないハズっ!?」とは叫ぶのは、なんか俺としてはちょっと違う。

 まぁ、タイミングもハズしてしまったから、今さらやる気にはならない。


 ――ダメだ。気分が高揚して思考がおかしな方向へ走ってしまう。


 冷静になれ。

 こういう時、テンプレやお約束を決して馬鹿にしてはダメだと俺は思う。

 なんといっても偉大なる先駆者の通った道なのだ。

 若干、中二病の気がある俺は、人と違った方法を取りたがる。

 間違った道を避ける意味でも、テンプレ通りの行動が必要なハズだ。

 そう今やるべき事は、状況の把握なのだ。


 またひとつ深く息を吸う。

 言い訳は……、これぐらいでいいだろうか。

 どうしても、やってみたいことがある。

 ファンタジー世界の定番だ。

 恥ずかしさを振り切るために、努めて大きな声を出す。

 ちょっと恥ずかしい……が。


「ステータス、オープンっ!!」


 そして――、なにも、起こらない。

 シーン……、である。

 思わずキョロキョロと周りに人がいないか確認してしまう。

 勇者というより小市民なのは分かっているから、突っ込みは要らない。


 ……ごほん、気を取り直していこう。

 ステータスを確認するのは王道なのだ。

 何より見てみたい。誰でも普通やってみたいだろ?


「ステータスカード、オープン?」


 自信なく小声で呟いたのが良かったのか。

 瞬間、強い風が吹き、ざわざわと森が鳴る。

 よし、と、小さくガッツポーズを決め、

 その体勢で停止すること数秒――。


 風が吹いた、だけ?

 うん、何も起きてはいない。


(ステータス見たかっただけなんだよぉぉおおおおおお)


 叫んでしまいたい! 転がってしまいたい!!

 心のままに叫んでゴロゴロと転がってしまえば、どれだけ気が紛れることか。

 だれも見てないじゃん? なんて甘い心の声は無視だ。

 でないと、ちょっと恥ずかしい思い出が『黒歴史』にランクアップしてしまう。

 俺は知っている、やつらのDOTダメージはものすごい。

 思い出す度に心の大切な何かをガリガリ削っていきやがるのだから。


 拳を握ってプルプル震えていたのは、たぶん黒歴史には入らない。

 俺は耐えきった。よくやったと褒めてやりたい。

 入らないったら、入らない。むしろ勝利の歴史だ。

 顔が熱いのは、異世界に来た興奮のせいだ。

 間違いない。


 忘れよう。うん、そうしよう。


 余計な事を考え過ぎた。

 確実なところから攻めてみよう。

 知っている事から確認していけばいいさ。


 そもそもここが異世界で「俺は勇者だ」なんて断言できるのには事情がある。

 そう、俺には死んだ記憶も、女神さまに会った記憶もあるのだから――。



◆■◆


 死んだ感想はあっけない物だった。


「ああ、痛い。死んだ、かな?」


 ――それだけだ。

 至極あっさり、俺の27年の人生は終わった。


 人生をやり直せると思い始めたところだった。

 引きこもりから抜け出せると思い始めた頃だった。

 人間不信も克服できそうだと感じ始めた頃、事故にあった。

 リスタートのつもりがジ・エンド――の、はずだった。



 気が付けばいつの間にか、すべてが白い部屋にいたのだ。

 いや、実際部屋ではなかったのかもしれない。

 そして目の前にいる不思議な白い存在。

 すべてがあやふやだった。


 目を凝らしても、はっきり像を結ばないその姿。

 なのに、女性の姿であり、とんでもなく美しいと感じる不可思議な存在。


 なんとなく理解できた。そう、これは神さま。

 視線を感じ、俺は恐る恐る声を掛ける。


「こんにちは?」


「はい、ヒビノ・ヒカルさん。こんにちはです~」


 意外とやわらかでほんわりした声。ちょっとあざとい感じだが耳に響く音は心地よい。

 癒し系の女神さまなんだろうか?


「あなたは残りの人生をやり直したいですか~?」


 人生のやり直し?

 唐突な言葉、俺が望んで果たせなかったこと。

 あまりにもさらっと来たもんだから、反応が遅れた事にただ焦ってしまう。

 とにかく必死で首を縦に振った。


「じゃあ、これが今日のお勧めなんで見てくださいね~」


 ……今日のお勧めって近場のランチか。

 案外、女神さま軽いのな。

 いや、軽いのは俺の人生か。

 くだらないことを考えた瞬間に頭の中に文字が浮かんだ。



 【世界名】

 アウフェリア


 【特徴】

 剣と魔法のファンタジー


 【システム】

 レベル制およびクラス(職種)制


 【難易度】

 中程度、ミッションなし


 【チート度】

 軽微


 【スキル】

 人族共通語会話

 補助スキルをひとつ選択可能

 その他技能はクラスによる


 【特記】

 ☆好きなクラスを選択可能☆!!

 魂を転移後、アルフェリアで肉体を再構築

 (ヒカルさんの場合、17歳です~)

 ※科学を不要に発展させないため

 科学技術の使用制限があります



 ……なんというか、アルバイトの情報誌みたいだな。

 ☆好きなクラスを選択可能☆!! ってのが、妙に力が入ってるし、売りなんだろうか?

 ヒカルさんの場合17歳、とかあるし……。

ふむ、異世界転生ではなく、異世界トリップに近いのか。10年若返るのは悪くない。

しかし――。


「えっと。なんで俺なんだ?」


 当然の疑問。引きこもり故にゲームやラノベの知識には自信はあるが、善行をつんだ覚えなんて全くない。

 もし何らかの理由があるならば、厄介事を押しつけられる公算が高い、ということだ。

 異世界転移して、今以上に苦しむハメになったら笑えない。大切な人生なのだ。

 相手が神さまだからといって、なんでも信じるなんてただの愚か者。

 相手になんらかの事情があるのなら、すべて疑ってかかるべきだ。

 もし、そうなら神さま相手でも、強気で最上級の条件を獲得するのが、今の最善手。

 敵はゆるふわ系、いけるハズだ。押せっ! 出来得る限りプッシュだ――。


「特に理由なんてありませんよ~。信用できないのでしたら、今、死んどきますか~?」


「いやいやいやっ。是非っ、人生やり直させてくださいっ! お願いしますっ!!」


 ひんやりした気配に、産まれて初めての土下座は華麗に決まった。我ながら速度といい、角度といい申し分ないDOGEZA。

 神速で方針チェンジや。うん、余計なことは考えるな。

 生き返れるのだ、多少のリスクがあっても無問題だ。くだらない勘繰りなんて不要でしょう。

 昔の偉い人も言っていた、命あっての物種だ、と。

 アハハ、俺の心が弱いわけじゃない。神さま相手に強気の交渉なんてバカのやることだ。


 即座に先程までの疑り深い思考を抹消する。

 少し考えればわかるじゃないか。

 この可愛らしくも可憐な声、優しげなゆるふわ系の口調。

 しかも人生の続きを与えてくれるのだ、どう考えても愛らしくも素晴らしい女神さまじゃないか!


「そんなに褒めたら恥ずかしいですよ~。それにこの物件はホントにお勧めなんですよぉ。難易度もそこそこで~、ミッションも無しなんて好条件は最近ないんですよ~?」


「えっと、難易度とミッション? ってナチュラルに心読めます?」


「え~、神ですし、読めますよ~。難易度というのはですねぇ……」


 あっさり俺をもう一度殺そうとした女神さまの言う事をまとめると、難易度は死に易さの目安であり、ミッションは転生の条件ということのようだ。

 普通のファンタジー世界の難易度が"中"に相当し、ミッション――魔王を倒せとか世界を救えとか――があるものが多いとのこと。

 当然、ミッションがあれば、表示の難易度より死に易い、と。

まあ、魔王を倒せなんて言われたら、死線をくぐることになるわな。

 このお勧め物件はミッション無し、すなわち自由に生きていい、ということらしい。


 ――あと聞いておきたいことは、チート度、か。


「はい。チート度軽微なら、頑張ったら人族で世界最高になれるかなぁ~? ぐらいですね~」


 ――世界最高? 違和感を感じる。世界最強じゃなくって?


「もちろん、戦闘職なら世界最強を目指せますよ~。世界最強の花屋さんとか意味ないですからぁ~」


 なるほど、スキルは――。


「人族共通語を話せるようになります~。追加できる補助スキル一覧は今から見せますから、一つだけ選んでください~」


 もはや、考えただけで返事が返ってくる。俺の相手をするのが嫌なんだろうか……。


「そんなことないですよぉ。ただ忙しいだけですよ~」


 【補助技能一覧】が頭に浮かんでくる。相当多い……。

 めぼしいのは、カリスマ、料理、語学マスタリー、鑑定、魔法知識、MP回復、SP回復、ぐらいだろうか? 貴族の作法なんてものまであった。

 しかし転移先は貴族がいて、MPやSPという存在があることが分かったのはツイている。


【魔法知識】は捨てがたいのだが、やはり【鑑定】が無難だろうか。

うん、ラノベなんかじゃ地味にだけど相当活躍しているからな。

主役にはなれないが、間違いなくワールドクラスの実力があるハズだ。


最後は――。


「クラスですね。戦士や魔導師、王族に英雄、なんでも選び放題ですっ!」


 女神さまの言葉に熱が入る。

 やはりこの物件の売りが「クラス自由選択」だからだろう。

 待ってましたっ! って感じがビンビン伝わってくる。星印がふたつも入ってたしな……。

 ってか、俺まだ「最後は――」しか考えてなかったんですけど……。確かに聞きたい答えとしては合っているけどさ。


 ここまで反応が早いと、なんとなく自分が工場のラインに乗せられて自動で仕分けられてる荷物にでもなった気分になるな。

 相手は神さまとはいえ可愛らしい女性だ。ゆるふわっとした良い雰囲気の女性との会話が、キャッチボールどころか壁打ちにすらなってないなんて、男としてはツライ。

 まあ、引きこもりの童貞なんて、女神さまが相手にするわけはないけど。これはコレで早くて良いんですけどねぇ。

 あ、あっちが早いわけじゃないぞ、たぶん……だけど。


 って、王族もクラスなのか? 

 …………。あれ、反応がない……。


「……王族もクラスなんでしょうか?」


「はい。そうですよ~」


 なんだろう、微笑まれている気がする。というか、によによ?


「今……、返事しなかったのって、もしかして……?」


「はい~。可愛らしくて、良い雰囲気のわたしとおしゃべりしたいようでしたので~」


「うわぁああああああああああっ!!!」


 ヤバい、色々ヤヴぁい!! 恥ずかしスグルっ! 心の中見られちゃった!

 完全なる善意(推定)なのが、余計に心を抉ってくる。

 壁打ちとか、DTとか、たぶんはやくナイとかっ! 女神さま相手に何考えてくれてんのよ、コイツはっ! 

 女性との会話で浮かれてるのかっ、死ねばいいのにっ。もう、消えてしまいたいっっ!!


「やっぱり……、死んどきますかぁ~?」


「っ! ぼ、僕はしにませんっ!!」


 あ、あかん……。余計なことを考えたらイカン、死に直結するとか何それ、怖い。

 俺が思考すると同時に回答が返ってくるのだ。

「消えたい」なんて考えて、即座に「回答」の代わりに「実行」が来れば、あっさり親切(推定)で逝かされてしまう。

 無駄な事は考えるな、頭を空っぽに……。

 と、とにかくクラスを考えよう。


 次の世界「アウフェリア」は難易度が"中"だ。おそらく地球は"低"ではないかと思われる。

 なら、死にたくないなら、できるだけ強そうなクラスを選ぶのが良いハズだ。

 ……女神さまがこくこく頷いている。どうやら推察は正しいようだ。


 なら、答えは簡単――。


「勇者、になれますか……?」


「はいっ。神に二言はありませんっ!」


 勇者、間違いなく強者だろう。しかもチート度軽微という保証付き。

 すこし安定志向すぎる気もするが、行き先はファンタジー世界。

 死の可能性が高いとなれば、無難な選択だろう。

 しかし、確認すべきこともある。


「勇者になったら、魔王が襲ってくるとか、戦う義務があるとかないですよね~?」


「はい~。ミッション無しなので、安心してください~」


 よっしゃっ! ノルマのない勇者……。こんなに美味しい職は無いんじゃないか?

 勇者――、心地よい響き。勇者と言えば、ハーレム。ハーレムと言えば勇者である。

 心が躍る。

 下手をすれば、他人の家のタンスを漁っても許されるかもしれないのだ。


「それは、多分犯罪ですよ~」


 ダメらしい。




「では~、最後に科学技術に関する制約ですが~。アルフェリアの水準を超える科学技術は使用できなくなりますが、記憶が消えるわけではないのでご安心ください~」


 これはよくある問題なのだろう。知識チートで無駄に文明を発展させたりするな、という事と理解した。女神さまの様子を見るに正しいようだ。


「では、魂を転移後、あちらで17歳の状態の肉体を再構築します~。クラスは勇者。補助スキルは【鑑定】で、設定しますね~」


「は、はい」


 新たな門出に、思わずゴクリと喉が鳴る。

 そっと目を閉じて、来るべき時を待つ。


「――あれ? おかしいです、ね」


「え?」


 ここまで来て、やっぱり生き返れませんとか……、ナイヨネ? 上げて落とすのが世の習いとはいえ。

 ふっかつのじゅもんがきえてしまいました、のレベルではない。人生の復活の呪文なのだ。俺は人生をやり直したい……。

 すがる思いで、神に祈る。


「あ。ちょっと忙しいんで、祈るの待ってくださいっ」


 目の前にイタ。しかも祈るの軽く拒否されたし。

 というか、女神さま、相当焦ってないか? ゆるふわ系独特の語尾の伸びがない。

 たったそれだけのことなのにとてつもない焦燥感。あざといなんて、ちょっとでも思った俺を殴り飛ばしたい。

 帰ってこい! 安定のゆるふわっ! 


 ……マジで大丈夫なんだろうか?


「大丈夫です。ちょっと、勇者というのが選択できないだけで……」


「勇者、ダメでしたか? ほ、他のクラスでもいいでしゅよ?」


 ホッとし過ぎて、噛んだ。

 が、復活さえできるなら問題無い。人生に代わりは無いが、クラスなら代わりがあるのだから、ささいな事だ。


「いえ。神に二言はありませんからっ。わたしが責任を持って勇者にしましたからっ!!」


「え。あ、はぃ」


 ふぬっと音がしそうな女神さまの勢いに押されてしまう。そんなに力入れなくてもいいのに。


「では~、新しい人生を楽しんでください~」


 ――あ、ゆるふわ帰って来た。


 そんなことを思ったのも一瞬。

 視界が渦を巻き、どこかに吸い込まれていくような感覚。




「頑張ってくださいね~」なんて聞こえた気が、した。



 こうして、俺はあっさり死んで、

 意外とあっさり異世界トリップしたのだ――。



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