初お泊りって、甘くないです。
今回のお話はちょっとオトナ向き(笑)
「係長、お待たせしました」
じゃんけんに負けてお昼ご飯の買い出しに行ったうちは、係長のデスクに和豚とんかつ弁当を置いた。佐々木さんはお好み焼弁当。
自分の分用に買ってきたのはアロエヨーグルトのみ。
もちろんそれだけじゃない。
デスクの下からランチボックスを取り出した。
昨日のお休みの日にとんかつを揚げてみた。男子の単身寮は知らないけど、女子の単身寮のキッチンは割りと充実している。まあ、共同だけどね。
そのとんかつで今日はカツサンドを作ってみた。
と言ってもキャベツの千切りとトンカツとトンカツソース挟んだだけやけど。
係長、お揃いですね。なんちゃって、よう言わんけど。
……と、係長がヘンな顔をしてとんかつ弁当のソースの袋を眺めている。
「係長どうしたんですか?」
「いや、とんかつソースなんだなぁ、と思って」
「え? そりゃとんかつにはとんかつソースでしょ? まさか、とんかつソース知らないんですか?」
「いや、知ってるよ。だけど、フライものには中濃ソースじゃない? お好み焼きなら分かるけど」
「いや、お好み焼きにはお好み焼きソース使いますけど」
っていうか、そこが問題なんじゃなくて!!
「係長、恥を忍んでお伺いしますけど、『中濃ソース』ってなんですか?」
生粋関西人の佐々木さんと倉敷さんもこちらを凝視し、係長の答えを待っている。
「ええ? 中濃ソース知らないの?」
……係長、ええリアクションしてるやん。その驚き方、グッジョブです。やけど、関東弁なんがなぁ……。
う~ん、と係長が腕を組んで考えだした。
どうしたんですか?
「説明……と言われても難しいな。そうだ安西さん、今日俺の家に来る? 冷蔵庫の中に入ってるから味見してみるといいよ」
#$&$#%&#…………!!
えーーーーーー? それ、どういう意味?
ええ~~~~~? ほんまに? ほんまにぃ?
いきなりの係長の爆弾発言にうちだけじゃなく、佐々木さんも倉敷さんも目を剥いて驚いていた。
★ ★ ★
んで、どうしてこうなってるんやろう。
つり革を持ちながら、地下鉄の窓に鏡のように映る自分にしかめっ面を送ってみる。
まあ、うちも結婚適齢期やし? 出会いは自分から作っていかなあかんよね。
係長は……係長はおっさんやけど、そんなにおっさんクサないし?
好きか嫌いか言われたら……好きやけど。
独身やし、警部補やから給料もええハズやし……。
係長、長男なんかなぁ。うちは次女やからお嫁にいくんはいいけど、うるさいお姑さんとかいるんやろうか。
結婚しても関西に住んでくれるんかなぁ。
いや、待って。掃除とかようできひんダメ男やったらどうしよ。うち意外と尽くすタイプやし? それはいいねんけど、仕事辞めろって言われたらどないしよ。
いや、そんなことより……。
ちろりと胸元から中を確認してみる。
うわ、しまった。全然勝負用違うし!! って、なに期待してるねん!
地下鉄の窓に映る係長を横目で見る。同じようにつり革を持って立っている……。
ドキン。
目が合ってしもた!!
え? いつからうちの事見てたん?
ちょっと待って、え? ホンマに?
「安西さん、次降りるよ?」
「あっ! はいぃっ!!」
背中をぴしっと伸ばして、場違いな大きな声で返事してしもた。
★ ★ ★
係長の家は、普通の1LDKのアパートやった。
スチールの玄関ドアを入ると、お風呂とトイレがあって、奥に部屋がある。
簡易キッチンと、ビール冷やすだけかいっ! って突っ込みたくなるような小さい冷蔵庫。作り付けのクローゼットと窓際にセミダブルくらいの大きなベッド。
……ベッド!
あかん、うちの方が変に意識してしまう。
ベッドの方、見やんとこ。
ソースの味見するって言っても、何も無くては食べられへん。来る途中のコンビニでコロッケでも買おうと寄ると、係長も夕飯にとビールや唐揚げ何かを買っていた。
部屋の中央に置かれたコタツテーブルに買ってきたコロッケを置く。
「好きなところに座っていて」
「あ……はぃ」
鞄を置いて、スーツの上着をハンガーにかけた後、ネクタイを片手で緩める係長。その所作の一つ一つにビクビク、ドキドキしてるんですけど、どうしたらいいんやろ。
コタツテーブルの邪魔にならなさそうな所に座る。
「あのっ! 唐揚げとかコロッケとか、皿に出しましょうか!!」
する事がなくて落ち着かなくてそう申し出てみた。
「殆ど外食なんだよね。皿が無くて」
「あ……そうですか」
係長がテーブルの上に缶ビールを2つと唐揚げ、枝豆とうちの買ってきたコロッケを並べた。小さい冷蔵庫からソースが出される。
……そうやったよね! そうそう!!
今日はソースの味見に来たんやった!!
「安西さんも付き合ってくれる?」
そういってビールの缶を手渡されたら飲まな失礼やんな?
「あ、すんません。ご馳走になります」
先ずは缶を開けて合わせるだけの乾杯をした。
では、早速。一口大にお箸で切ったコロッケに中濃ソースをかけてパクリ。
「……~~! ……?」
「どう?」
「う~ん、何か辛いのと、甘いのとごっちゃになってる感じ?」
「ソースってこういうものでしょ?」
「なんかウスターととんかつソースを混ぜたような……?」
係長もソースのかかったコロッケをバクリと齧りついた。一口で半分いきますか。相変わらず豪快な食べ方ですね。
「上手い事いうね」
いやっ! そのニコッはないわ!!
自分、歳考えて?
いや、係長に限って可愛く見えるウチもウチやけどなっ!!!
照れ隠しにグビグビ缶ビールを呷った。
思考が停止間際のような、ふわふわした気分になる。
テーブルに肩肘をついて面白そうに眺めている係長の顔が二重に見える。
あれれ……? これ、マズイんちゃう?
★ ★ ★
チュンチュンと雀の鳴き声が聴こえる。
ピピピ……と目覚ましのアラームが鳴った。
うう……ん、もうちょっと寝たい。寝たいけど……今日は何曜日やっけ?
あ~、今日は土曜か。今週の土曜は仕事やっけ……?
「今週は土曜休みの日曜出勤だよ」
あ、そうか。
どうもありがとうございます。……って!!!
係長の声で夢見心地の世界から一気に引き起こされた。
目を開ければ、係長はラフな服装でコタツテーブルの横でコーヒーを飲んでいた。
「えっと、昨日は……」
「安西さん潰れちゃったから泊って貰ったよ」
はへ??
思わずベッドの掛け布団を捲って中を確認する。
あ、服着てた。スーツが皺だらけだ。クリーニング出さなきゃ……。
「さすがに勝手に脱がす訳にはいかないでしょ?」
え~と、そうですね。
「安西さんもコーヒー飲む?」
「あ、頂きます」
いつの間に寝かされたのか。係長のベッドを下りて、寝ぐせがついていないか髪を撫でつける。服がシワシワなのがみっともなくて泣けてくる。
「インスタントで済まないね」
「いえいえ、ご迷惑をお掛けしました」
マグカップに口を寄せながら、係長がふっと笑った。
「安西さん、酒弱いんだから無理に飲んじゃだめだよ?」
え? それ、ウチのせいですか?
っていうか、係長はどこで寝てたんですか?
怖くて聞けへんけど、まさか一緒のベッドじゃないですよね?