たこ焼き機は一家に一台、あたりまえ。
珍しく仕事がひと段落ついて係の皆でお昼を食べに外に出ようということになった。
もちろん係を空にするわけにいかへんから、愛妻弁当持ちの倉敷さんを置いて行こうってことになったんやけど、それやったら「上司が一緒だったら気が抜けないだろ?」と係長が残ると言いだした。
せっかく大阪のカレーを食べさせようと思ってたのに……。
協議の結果、弁当を買い出しに行くことになった。
うち一人でも行けるのに、佐々木さんが付いてきた。
「え~と、ロースカツ弁当にぃ、係長がざるそばと巻き寿司……」
「なぁ、安西」
「ん?」
署の近くのコンビニの弁当コーナーの前で、注文メモと棚の弁当を見比べていたら佐々木さんがパンとコーヒーを持って来た。
あ、ええな。
うちもロースカツ止めてサンドイッチとコーヒーにしよかな。
「安西は東條係長が好きなんか?」
「へ? な、な、な、な、なにいうてんの?」
「いや、何や色々世話しとんなぁと思って」
「え~、いややわ~。係長大阪暮らしもう長いのに、時々大ボケかますから関西の事教えてあげよ思て……」
「ふ~ん、ほんまにそれだけか?」
「それだけや……で」
めっちゃ挙動不審になってしもた。これが被疑者やったら絶対クロや、思うくらいに。
でもうちもうちの気持ちが分からへんし……。
★ ★ ★
係の部屋に小さいテレビがある。
選挙の時や地震の時など、テレビが何て言うてるか情報収集せなあかんこともあるから設置されている。
そのテレビがお昼の情報番組を放映しているのが映っていた。
そのテレビを見ながら係長が一言漏らした。
「大阪の人は一家に一台たこやき機があるって本当なのか?」
うちと佐々木さんと倉敷さんは互いに顔を見合わせる。
「俺んちはありますよ」
と、妻子持ちの倉敷さんは係長に答えた。
「うちも……実家にはありますけど、今の部屋にはありません」
「俺も一緒ですわ」
佐々木さんとうちもそれぞれ返事をした。
だって単身寮にたこやき機持ち込んでも……なぁ。
「係長、たこ焼きやりたいんですか?」
「ほんなら次の休みうちでやりますか?」
「お邪魔してええの? 奥さん嫌がらへん?」
「あ~、聞いてみなわからへんけど……」
「ちょっと待ってぇな、次の日曜って俺当直やん」
「佐々木さんの分配達したるわ」
「ええわ、焼きたてちゃうやん」
「うちらだけすんません~」
そういうわけで、倉敷さんちにお邪魔することになった次の日曜日。
係長と駅で待ち合わせして、倉敷さんちへ。
最近建てた倉敷さんの家は、新興住宅地の一角にあった。
アイボリーの外壁に大きな駐車場。奥さんの趣味なんか、庭にトマトやキュウリが成っている。
インターホンを押して迎えに出て来てくれた倉敷さんに手土産に持ってきたビールを一箱とシュークリームの箱を渡す。
「ようこそ、汚いうちやけど」
出迎えてくれた奥さんは、ほんわかした印象の笑顔の可愛い女性やった。
高校時代からの同級生で、全くの一般人って聞いてる。
「いやぁ~、めっちゃ綺麗なうち~、憧れるわぁ~」
「安西も結婚したらええやん」
「いやあ、その前に相手がいてへんから」
奥のリビングらしいドアの隙間から可愛い顔が三つ並んで見えた。
倉敷さんとこのお子さんや。
「こっちきて挨拶し。お父さんの会社の仲間やから」
倉敷さんがパパの顔で手招きすると、わらわらと出てきた。
「康太、俊太、健太です。歳は6歳、4歳、2歳やねん。こんにちはは?」
「「こんにちは~」」
いっちゃん小さい子も、ぺこりんと頭を下げてくれた。
これはどうもご丁寧に。
「おねえちゃんもおまわりさんなん?」
6歳って紹介された男の子が好奇心剥きだしのキラキラした瞳で聞いてきた。
「そうやで」
「はんにん、つかまえる?」
「めっちゃ捕まえるでっ!」
力瘤作ってみせたら6歳の子と4歳の子にぶら下がられて、ヨロッとふらついた。
★ ★ ★
「おれもやる!」
6歳の康太くんが一生懸命串を使ってたこ焼きをひっくり返す。
うちもすっかり懐かれた4歳児の俊太くんを膝に乗せながら、ホットプレートの上のたこ焼きをひっくり返す。返し始めたら時間勝負やから!!
ああ、係長、そんなゆっくりしてへんと、パッパとしやな!!
康太くんの方が上手いで。
「上手だね」
係長が康太くんに話しかけた。
「そやろ? 大阪の子はたこ焼きぐらい焼けなな~」
「な~」
得意そうな康太くんと俊太くん。
でも火傷せえへんか、ちょっとヒヤヒヤするわ~。
冷えたビール片手にソースとマヨネーズ、青のり、鰹節をかけたたこ焼き。
それと、倉敷さんの奥さんが用意してくれていた茹で枝豆を摘まみながら、たこ焼きパーティーが始まった。
鉄板からアツアツのたこ焼きを頬張って、アツアツ言いながらハフハフして、冷たいビール!!
奥さんも一緒に乾杯して喋ってみれば、実は同じ高校だという事が分かった。
年齢が違うから先生とか先輩とか知っている人に共通点はないけど、親近感を覚えるわ。
「安西さんは付き合ってる人いてへんの?」
「なかなか……難しいですねぇ」
「出会いはあるやんね?」
「そうですねぇ、周りは男ばっかりやし。でも……」
ビールを呑みながら倉敷さんと談笑している係長を見る。
ホップの苦みが舌の上に残った。
「ほんま、恋愛とかご無沙汰すぎて自分でもよう分からへんのです……」